43.今度はあなたが選ぶ番です

 この状況の対処は習いましたわ。先にどうぞと促せばいいのです。深呼吸してカスト様が口を開かないのを確認し、私から声を掛けました。


「カスト様、よろしければお先にどうぞ」


「いえ。姫の方から」


 譲られてしまったら、もう一度促す。それでも話されないなら、先に用件を切り出す、のですよね。覚えたしきたりを頭の中に浮かべ、カスト様にもう一度「どうぞ」とお伝えしました。


 カスト様の表情が少し硬くなり、考えた後で私をしっかりと見つめて頷きます。


「わかりました。お先に失礼いたします」


 よかった。安心しながら続きを待つ私に届いたのは、都合のいい幻聴でした。


「ジェラルディーナ姫、あなたを愛しています。お父上に婚約したい旨の申し出をしました。受けていただけますか?」


 立ち上がり、距離を詰めて膝を突く。私に伸ばされた手を、驚いて見つめました。膝の上にあった指を優しく掴み、温めるように両手で包まれます。このような形で殿方に手を触れられるなんて……それもカスト様なのです。気持ちが昂りました。


「いま、あの……私と婚約と、聞こえましたわ。誤解してしまいます……ですから」


「誤解ではありません。私はジェラルディーナ様、あなたを愛しています。婚約し、結婚したいのです。騎士の身でなんと不遜なとお怒りでしたら、そう言ってください」


 婚約して結婚――私に課せられた義務と同じです。王家の第一王子と婚約し、結婚する義務がありました。今は破棄されていますが、いいのでしょうか。私は婚約を破棄される不出来な娘で、令嬢として何か不足しているかも知れません。


「私……きっと、ご迷惑を。だって……破棄されて、だから……でも……」


 婚約破棄されて、だから令嬢として傷物なのです。それでもあなたが望んでくれるなら。


「私はあなたを選びました。ジェラルディーナ姫、今度はあなたが選ぶ番です」


 微笑んだカスト様の姿が滲んで、鼻の奥がツンとして……まだ腫れの残る眦に染みました。タオルが手から落ちて、みっともない顔が晒されます。化粧もすべて落ちてしまったでしょう。慌てて隠そうとする手を阻むカスト様が、目を見開きました。


 見苦しくて申し訳ありません。謝る前に伸びた指先が私の眦に触れ、ゆっくりと頬に滑りました。


「この腫れは私のせいですか? だとしたら、申し訳ないとお詫びしたい。ただ……それ以上に嬉しい」


 嬉しい? 思わぬ言葉にこてりと首を傾げます。尋ねる仕草に、カスト様は失言したと口を手で覆いました。自由になった私の指は、離れた温もりを探すように握られて。


「失礼な発言をしました。ですが本心なので、訂正はいたしません」


 カスト様のしっかりしたお声に、私は驚いて顔を隠すのも忘れていました。じっと見つめ合い、小鳥の囀る声で我に返ります。俯いた私の頬や耳は熱くて、きっと真っ赤なのでしょうね。

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