04.なんとお労しいことか

 シモーニ公爵邸に知らせが届いたのは、夜会での騒動から数時間後のことだった。第一王子ヴァレンテの婚約者として、未来の王妃に必要な教育を施すため、ジェラルディーナは首都の屋敷に滞在していた。まだ立太子まで数ヶ月あるので、公爵夫妻も跡取りの弟も領地にいる。


 公爵令嬢であるジェラルディーナはお気に入りの侍女や執事を連れ、爵位に相応しい立派な屋敷で過ごした。昼間は王妃教育に追われ、ほぼ王宮にて過ごす彼女にとって、屋敷は心身を休める場所だった。その屋敷を預かる執事ランベルトは、届けられた報告に青ざめる。


 大切なお嬢様が、人前で辱められた。なぜ同行してお守りできなかったのか。執事という立場を理解しながらも、悔やまれる。幼い頃から見守ってきたお嬢様は、とてもお優しい方だった。この屋敷に住まう庭師や料理番、侍女に至るまで。大半の者は訳ありの過去を持っていた。


 犯罪者という意味ではない。夫の暴力に耐えかねて逃げた女性を匿い、侍女として雇った。捨て子を拾い、教育を施して庭師に取り立てる。冤罪をかけられた青年の嫌疑を晴らして、料理番として屋敷に置いた。すべては彼女の判断だ。


 公爵夫妻も善行を重ねて来られたが、それにも増してお嬢様の行いは素晴らしい。未来の王妃、国母となるべく己を律して来られた。美しく気高いお嬢様に非がある訳はない。第一王子は婚約者という恵まれた立場に溺れ、ドレスのひとつも贈らなかった。殿下と敬称するのも腹立たしい。


 本日のお嬢様の装いは、目を閉じるだけで思い出せる。柔らかな木漏れ日のような金髪が縁取る白い肌を、侍女達は透き通るほど磨き上げた。高貴な紫を宿す瞳は、王家の血を引く証だ。本日は旦那様が誕生日にプレゼントなさった、薄水色のスレンダーラインを纏っておられた。


 プリンセスタイプのふんわりしたスカートではなく、ウエストからしなやかに流れる絹がお嬢様の細さを際立たせる。幾重にも薄絹を重ねた柔らかなドレスは、胸元が大きく開くデザインだ。その部分をレースで覆い、肩から一分袖丈まで隠した。大人っぽく魅せても公爵家の品格に相応しいドレスには、蒼玉が見事な首飾りと耳飾りを添えて。


 未婚女性は指輪をしない習慣から、肘まで繊細なレースの手袋で包み、黄金の細いブレスレットを着けた。髪飾りも蒼玉で纏めている。ドレスは旦那様が、装飾品は奥様が選んだ逸品だった。第一王子は何も贈らなかったため、お嬢様はすべてを自らの持ち物で整えたのだ。なんとお労しいことか。


 誰からも愛されるお嬢様が、婚約者に蔑ろにされている事実は、つい数日前に手紙に認めて領地の旦那様と奥様へご報告した。今頃到着している頃か。そこに重ねて、婚約破棄となった第一王子の言動をご連絡するなど……さぞ嘆かれるであろう。


 辛いが知らせない選択肢はない。現時点で、第一王子は婚約者から外れた。お嬢様は心痛で倒れられ、王妃殿下に保護されているのだから。


「第二王子殿下の方が、お嬢様にはお似合いでしょうな」


 一つ年下になるが、第二王子のパトリツィオ様はお嬢様を大切にしてこられた。未来の義姉への親愛としては、いささか過剰なほどに。王妃殿下のご執着を考えても、お嬢様が王妃にならぬ未来はない。


 心の重さとは裏腹にすらすらと書き終えた報告書を、伝令用のフクロウに持たせた。夜目の利く彼らは意外にも長距離に耐える。中継地点となる分家の屋敷に届くのは、早ければ明日の午後だろうか。窓から放ったフクロウの影が夜闇に紛れるまで見送り、執事は扉を閉めた。


 さて、旦那様とお嬢様が不在の今、公爵家としての対応は執事の領分。他家からのご機嫌伺いも含め、きっちり処理させていただきましょうか。

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