02.王妃様の娘になりたかったの

 目覚めて、見慣れた自室の天蓋ではないことに驚きました。


「目が覚めたのね、よかったわ」


 王妃様の声でした。びっくりして揺れた肩を隠すように引き上げた上掛けで、口元まで覆います。それからゆっくり視線を巡らせると、王妃様は困ったようなお顔で微笑んでおられました。


「申し訳ございませ、ん……私はヴァレンテ様のお心を掴むことが出来ず……このような醜態を晒してしまいました」


 謝罪の声に涙が滲む。なんという失態でしょうか。婚約者の心が離れたことにも気づけず、あのような場で通知される事態を招いた。このような娘はもう、王家に必要とされません。


 優しくお美しい王妃様の義娘になれる日を楽しみにしておりましたが、それも叶わぬ夢となるのです。己の不甲斐なさが招いた結果が申し訳なく、顔を上げられませんでした。


 王太子殿下の母君は正妃ではなく、側妃でした。カルヴィ子爵家のご令嬢カルメーラ様は、行儀見習いで王宮に上がりお手付きになった方です。そのため後ろ盾に乏しく、王妃様のお産みになられた第二王子殿下を擁立する声が強くなりました。


 私は王妃となるべく教育された身、殿ことが決まっていたのです。これは兄弟間の争いを消そうと、国王陛下が決めたお話でした。その私を切り離された。ヴァレンテ様の立太子は見送られるかも知れません。そこまでの覚悟がおありになって、私を切り捨てたなら諦めもつくというもの。


 ひとつ深呼吸して表情を凍らせました。人前で泣くなど許されません。なのに……王妃様は私を抱き寄せて額に口付けを贈ってくださいました。


「私の可愛いルーナ、ようやくあなたが自由になってくれて……どれだけ嬉しいか」


「王妃、様?」


「ヴァレンテには勿体無いと常々思っていたのです。今は休んで。何も考えなくていいわ。あなたがいいようにして差し上げます。心配はいらないの」


 実のお母様のように、優しく接する王妃様に促され、私は目を閉じました。聞こえる柔らかな子守り唄が嬉しくて、気持ちを落ち着けて耳を澄ます。我が子を慈しむ親の気持ちを歌った旋律は耳に心地よく、ゆっくりと意識が眠りに溺れていくよう。


「何も心配しないでいいわ。私に任せてちょうだい」


「……はい」


 答えた声が少し小さく掠れていても、王妃様は穏やかな笑みでただ頷いただけ。ぽんぽんとリズムを取りながら胸元を叩く手に誘われ、そのまま眠りにつきました。再び聴こえる子守り唄が、傷ついた心を癒しながら沁みていく。


 ああ、私はこの美しい方の娘になりたかったのね。唐突にそう思いました。この方が自慢に思ってくださる、最高の娘に……だから頑張れたのだわ。


 私が娘になる未来は閉ざされたかも知れないけれど、いつか。王妃様に誇っていただける淑女として、ご恩をお返ししたい。受けた愛情は数えきれなくて、思い出が夢を過ぎる。


 ダンスのレッスンに付き合い、お茶会に招待していただき、とても大切にしていただいた。ダンスの靴が合わずに靴擦れを起こした時は、冷たい水に浸した布で拭ってくださったわ。侍女のような真似など、そう拒もうとした私に「させてちょうだい」と仰って。整えられた指先で冷やしてくださった。


 慈悲深い女神のような王妃様に近づきたかったのよ。ただ、それだけでしたのに。ごめんなさい、私が未熟で悲しい思いをさせてしまいました。夢の中で謝ると、王妃様は首を横に振って優しく微笑む。こんな時でさえ、お優しいのですね。

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