第3話冒険者の男
午前0時。レイラルドは目を覚ました。と同時に勢いよく起き上がる。
いつものように部屋には明かりが点っており、サイドテーブルには紅茶が用意されているがそれに手を伸ばすことなくレイラルドはベッドから立ち上がる。勢いよく立ち上がった所為で立ち眩み、体がふらついたがそんな事を気にせずレイラルドは早足で部屋を出た。
身支度も整えず、パタパタと廊下を走る。家来達にはしたないと叱られるかもしれないが、そんな事は今は気にしてられない。
書斎に駆け込み、いつもの様に机の真ん中に鎮座する日記帳を開く。
《天歴1850年10月18日》と、昨日の日付の下に書かれた執事の文字を目で追う。
「冒険者・・・」
やはり、昨日見た男は冒険者だったらしい。
王孫であるレイラルドは王族だ。その屋敷の敷地内に不法侵入したとして地下牢に捕らえてあるという。
男の情報がその後に綴られている。冒険者ギルドにも照会しており、冒険者ギルド側から素行のいい中堅冒険者だった事で出来ることなら罪を軽くして欲しいと嘆願が来ているとの事だ。
執事からはレイラルドの判断に任せるとあった。
「呪い無効のスキル・・・」
レイラルドは男の個人情報を見て呟く。
スキルとは神から授かる祝福と呼ばれる技能だ。5歳の誕生日にそれを授けられる。
多くは一つであるが、二つ授かる者もそれなりにいる。三つとなると数万に一人であり、四つ以上は滅多に居ない。
その能力は多種多様で、当たりハズレが大きいと言われている。教会曰く、清く正しい者には良いスキルを授けられるとの事だが、どう考えても清く正しくない従弟が優良と呼ばれているスキルを授かっているのでレイラルドは教会の教えに懐疑的だ。
まぁ、それは置いとくとして、地下牢に捕らわれている冒険者の事だ。
呪い無効とは、己にかけられる呪いを無効し、呪いの影響も無効に出来るらしい。故に、この敷地内に掛けられた呪いの影響を受けずにレイラルドの前に姿を現せられたのだ。
男の名前はルゾイ。37歳。4級冒険者。剣士。独身。恋人なし。
ホールズ公爵領内の農村の出身で、五男であった為に畑を継げず13歳で村を出て領都の冒険者ギルドで登録。15歳の時にCランクパーティ『天空の頂』に加入。27歳の時パーティ(当時Aランク)の解散と共にソロとなり、国内を転々として拠点はなし。5日前に屋敷の近くの街であるレンラルに来たとの事だ。
冒険者は最下級の10級から最上級の1級まであり、4級はそれなりの冒険者で、大抵のギルド支部では上位に位置だろう。パーティランクもEランクからAランク、その上がSランクとなる為、Aランクパーティに所属していたのは大きい。
ギルドが嘆願を出す筈だ。
レイラルドは考える。
自分に任せる、と執事が判断したということ。
そして、街の憲兵に託さずにわざわざこの屋敷の地下牢に男を留め置いていること。
家来達が、レイラルドを害する者を地下牢であろうと屋敷にいさせる訳がない。
そもそもこの屋敷の敷地内には、害意、悪意を持つ者は入れない結界が張ってあるのだ。結界を通り抜けるスキルもあるかもしれないが、スキル鑑定のスキル持ちの家来が男を鑑定しており、男のスキルは『呪い無効』しかないらしい。
あの時、あの青い瞳は己を心配する色があった。
「・・・ルゥイ・・・」
ぽつりと、従者の青年の名を呼ぶ。
この場に居るかもわからない。
兄のような存在。
いつも、レイラルドの目覚めに合わせて紅茶を入れてくれる。そう言えば、今日飲んでいないと思い出す。
「ねぇ、ルゥイ・・・」
――はい、我が主
「僕、どうしたらいいのかな」
――主の思うままになされませ
ずっと傍らに在る青年が応えるが、その声がレイラルドに届くことはない。
しんと静まり返る書斎に、レイラルドは一つ溜め息を吐き出すと、のろのろと自室へ戻っていく。
――あの男に期待するのもどうかと思うが
――だが、我々ではレイラルド様を見守ることしか出来ない
――歯痒いものだな
従者と護衛は、まだ少年である主の小さな背中に付き従う。
レイラルドは部屋に戻るともう冷たくなってしまった紅茶を飲む。少し頭がスッキリする。
「・・・・・よし」
行動を開始する。
洗面と身嗜みを整えて、食事を摂る為に食堂へ下りる。
いつもより遅くなった為に食事もやや冷めてしまっていた。食べながら、男の食事はどうするか考える。
まだ真夜中だ。男も寝ているだろう。
朝方何か持っていくべきだろうか?
男の様子が気になる。
そわそわと落ち着かなくなる。
いつもより速めに食事を食べ、食器を流しに入れると、レイラルドは地下牢へ続く扉の前へ来た。
魔力を通して扉の鍵を開ける。この屋敷の鍵はレイラルドの魔力で全て開けられる様になっており、それ以外はそれぞれ登録している魔力でしか開かない。
地下への階段は暗く、レイラルドは明かりの魔道具を起動させる。
部屋や廊下よりも明かりの強さは弱く、少し薄暗い。レイラルドは、ゆっくりと階段を下りる。
階段を下りきると、鉄格子がはめられた扉があり、魔力を通して鍵を開く。
本来見張りが居る宿直室と、五つの牢屋がある。階段とは違い、明かりの魔道具が灯っている。と言ってもこちらもそこまで強い明かりではない。
地下牢には冒険者の男しか居ない筈だ。
階段を下りてる途中から気付いたが、静かな筈の牢屋は、何と言うか・・・うるさかった。
「ぐがぁー、ぐがぁー、ぐがぁー、」
規則正しい寝息というか、鼾が地下牢に響いている。
恐る恐る手前の牢屋を覗くと、簡素なベッドに横になっている男が腹を出して寝ていた。寝相が悪いようで、掛けられていただろう毛布が床に落ちている。
「鼾・・・僕も寝てるときこんななのかな・・・」
――違います!!!
レイラルドが少し不安そうに呟いた言葉に反応して従者の青年が否定するが、聞こえないのでレイラルドの不安は解消されなかった。
「んあ?」
ピクッと男が身体を揺らし、目を開ける。
ぼんやりした後、くぁーと大きな欠伸を一つしながら身体を伸ばす。
ポリポリと腹を掻きながら、のっそと上体を起こした。
牢屋の前のレイラルドの姿を見て、僅に目を見張ると、直ぐににかっと笑った。
「よう!王子様じゃねぇか!一人でこんなとこ来て怒られねぇか?」
随分軽いというか、馴れ馴れしいというか。
王の子とその子供の男子は臣籍降下しなければ『王子』とされ、現国王の第一王子の子供であるレイラルドもそう呼称されるのは間違いではないのだが、王宮にいた頃は『王孫殿下』や『王太子の御子様』と呼ばれていた為にあまり馴染みがない。
ただ、久しぶりに他人と相対する事に、酷く緊張した。
ーそして、高揚もした。
ふらっと歩きだしたレイラルドは、牢の錠を解除する。
「へ?!」
――若様?!
――主?!
驚いたのは牢の中の男、そして姿は見えないが見守っていた従者と護衛。
鉄格子越しで対話するものだと思っていたが、会話も何もなくいきなり牢の解錠した事に驚いたのだ。
呆然とする者達を置き去りに、レイラルドは牢屋を開けて中へと入る。
ベッドで上体を起こしたままの男の前まで来ると、男の頬を両手で掴んで、その顔を覗き込むようにして微笑む。
「私は、レイラルド・ジル・ファールディア・クライシスト。国王陛下の第一王子であった今は亡き王太子殿下の一子。王位継承権を持つ王族である。その棲み処たる屋敷の敷地内に許しもなく侵入した事、重罪になるは必至」
マジか、と男は呟く。顔色は特に変わらず、怯えなどもない。
どこか楽しそうに目を細めてレイラルドを見ている。
武器は取り上げられているが、拘束されては居ない。華奢といえる体格の少年一人どうする事も出来る。護衛も(居るのだが)居ないのだ。
ーまぁ、この少年を害して逃げても敷地内から出た瞬間に処されるだろうが。
ただ、この少年がどうするのか興味があった。
「だが、冒険者ギルドより処分軽減の嘆願されておる。よって、私の裁量によりそなたを」
自覚は無いがレイラルドは昔から人見知りである。それが数年他人と対面しなかったことによって悪化していた。
それにプラスして、久しぶりに他人と対せる喜びに変なテンションの上がり方をしていた。
つまり、である。
レイラルドはかなりテンパっていたのだ。
「私のペットとする!」
「は???」
――え???
――へ???
こうして、冒険者の男ことルゾイは王孫レイラルドのペットという名の居候となるのであった。
ぼっちな主と彼が起きているときは消える家来達とおっさん いまノチ @oujisyujinkou
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