第5話:ねこのマーキング


「では、本題に入るぞ」



 そうだ。今の僕らには、難問だらけなのだ。



「わしらがおヌシらと霊虎の接触を確認したときには、もう既にロクが戦いを仕掛けておった。霊虎とはどのように接触してきたのじゃ?」


「霊虎は下界にある史章の住処で待ち構えておりました。わたくしたちは史章の住処に行ったわけではありませんが、その近くにおりまして、こちらが異変に気付いて意識をやったときに、それに呼応してこちらに空間移動してきました。史章が言うには、恐らく天叢あまのむら雲剣くものつるぎを奪おうとしていたのだろうということでした」


「なるほどのぅ。恐ろしく素早い手立てじゃの…………」



 まったくその通りである。昨日の明け方に関門海峡任務が終わって、その日の夕刻に砂鉄爆弾を投下。霊界はそれを、とてつもなく素早い対応で乗り切ったハズなのに、翌日である今日の昼過ぎ十六時頃には分身思念体と戦ったのである。もっとも今日遭遇したのは、プリンの買い出しという余興によるものではあるが、もしそれをしていなかったとしても、近いうちに間違いなく僕はアパートの自室に戻ろうとしていた。もはやこちらの動きを完全に予測できていて、先手先手を打たれているのである。



「タカよ、霊虎はなぜにおヌシの住処を知っておったのじゃと思う?」


「確かに……、そうですね…………」



 もう一度、自分自身の行動を振り返ってみる。



「あ、史章、あの時。砂鉄除去の道具を買い出しに行ったときに立ち寄りました。あの時、フフフ」



 ロクは両手を頬にやり、にんまりしている。僕が時空酔いでひどく憔悴してしまって、ロクに助けを求めたときのことでも思い返しているのだろう。まったく……。



「……、そうだな。あの時に尾行か何かされていても気づけなかっただろうな。霊殿を救うことで頭がいっぱいな上に、僕は酷く苦しんでいたし、お前は有頂天だったものな」


「はい、幸せでしたぁ♪」



 僕の嫌味はあっけなく吸収されてしまうように、ロクは心から幸せそうにそう言った……。お前は、さっきウワハルのことを思い出して涙していたんじゃなかったのか! まったく、やれやれである。



「うむ。では、おヌシらはマーキングされておるやもしれぬな。アルタゴス、確かチェックができたのぅ」


「はい、大王様。ですが、マーキングされたタイプにより、チェックから除去までの方法が変わって参ります」


「ふむぅ。霊虎の元はねこじゃ。つまりワシが使うものと同じと考えて、そこからあたってみよ」


「心得ました。今から始めますか?」


「うむ、会議をしながらでも問題はないか?」


「はい、大丈夫でございます」


「では、すぐに開始せよ」


「はっ」



 ねこ父は、どうやら僕らはマーキングされたというのだ。確かに、それであれば霊虎の次から次へと繰り出された攻撃も納得がいく。もしそうであれば、マーキングされたのは、やはり関門海峡任務ということになる。僕たちが天叢雲剣を獲得しようとする前に、霊虎は言仁たちと接敵していたというのだから、その後も狙い続けて敵情視察していたとしても何ら不思議はない。こっそりと分身思念体を送り込み、影を潜め、僕らが混乱したときなり油断したときなりにでも、マーキングを施したのであろう。ねこはマーキングが得意だしな。


 アルタゴスが何やら風呂敷のようなセンサーシートを五枚ほど持ってきた。ロクとシャル、そしてサルメにそれを被るように指示する。僕はというと羽衣を脱ぐように言われ、僕自身に一枚、そして脱いだ羽衣もセンサーシートに包んだ。アルタゴスが「始めます」というと、スキャニングされるようにゆっくりと上から下に緑やら赤やらの光線が次々と降りていった。アルタゴスは手元のノートパソコンサイズの霊子コンピューターで解析状況をチェックしていた。小一時間ぐらいかかるということで、そのまま会議を続けることとなった。




「では、敵拠点襲撃作戦についてじゃが、霊虎にここまで連続で攻撃を受けている状況であるからして、やはり反撃をせねばなるまい。予定通り進めるべきであると思うがどうじゃ?」



 みな、異存はない、という顔つきである。弔い合戦の意味合いも大きい。



「異存ないな。ではその際、霊虎との遭遇した場合の防御と攻撃についてじゃが、実際に戦ったおヌシらの状況判断を聞きたい」


「そうですね。まずこちらの攻撃についてですが、霊虎の防御網に対してまるで歯が立ちませんでした。中距離からの攻撃はすべて遮断され、近接での槍による一点集中攻撃でも時間を要し、その間に尾で薙ぎ払われる始末でした。あの防御網をどうにか突破できる術が必要です」



 珍しく、今回のロクは会議に積極的である。



「うむ。その辺りの戦闘の様子は見ておったぞ。確かにあの防御網は、我らが戦闘で張るものとは違っておったのぅ。どちらかというと霊界や霊殿に張り巡らせておる防御網に近いものであった。どうじゃ、アルタゴス。なにか妙案はないか?」


「そうですね……。防御網を押しつぶしてしまうほどの圧倒的な力か、防御網そのものを張らせないか……」


「あの、質問をしていいですか?」


「よいぞ、タカ。申せ」


「まず、霊虎の放った砂鉄爆弾ですが、一発目はこの霊界の防御網を突破してきたんですよね。これは、どういう方法だったのか? 逆に二発目以降は防御に成功しているわけですが、その違いは何であったのか? ということです」



 僕の疑問を聞いたアルタゴスが顔をあげ、目を輝かせる。



「いけるかもしれない! 大王様、いけます! タカさん、あなたは相変わらずいい視点をお持ちです!」



 アルタゴスはずいぶんと興奮してそう言ったのだけれど、僕は一体何のことを言っているのかわからない。それは、この場に居る全員が同じであった。



「どういうことじゃ、アルタゴス」


「はい、武器そのものをちゃんと成形してしまえばよかったのです。今のキャスミーロークさまやシャルガナさまの武器は、霊圧エネルギーで形を模したものに過ぎません。ぶつけているのはあくまでも霊圧エネルギーです。これはやはり、様々な時空層を幾重にも重ねた防御網の突破は難しくなります。ですが、天叢雲剣のように実物の武器を作り、それに羽衣生地を纏わせるんです。そうすれば、防御網は軽々と突破できます」


「なるほどのぅ。じゃが、それでは攻撃として機能するレベルのものにせねばなるまい」


「はい。そこは、それこそ天叢雲剣が参考になります。あの剣は霊圧エネルギーを流すことができます。つまり、槍や薙刀のような柄の長い武器で防御網を突破した上で、そこに霊圧エネルギーを流し、切先に集中させれば霊体本体への攻撃が可能になると考えられます」


「よしっ! それを早速進めよ!」


「わかしました。タカさん、研究のためにもう一度、天叢雲剣をお借りしてもよろしいですか?」


「ああ、大丈夫だ。いつでも呼び出せることもわかったし、問題ない。それに、僕の手元にあっても本当に宝の持ち腐れなんだ。ぜひ活かして、霊虎討伐に役立ててほしい」



 そう言うと、言仁が爆弾発言……。



「タカさん、リツネとの稽古はどうするんですか?」



 やっぱりしなきゃいけないよな……。まったく気が進まないのだけれど……。



「そうだな。まあ普段はレプリカの方でやろう。本物が必要な時は呼び出せばいいしな」


「その稽古じゃがのぅ。リツネには超音波攻撃の指南と、その回避の方法についても依頼しておる。ロクとシャルも習得するようにの。それと霊虎の動きについてはワシも自ら模擬戦に加わるつもりじゃ」


「わかりました。こちらこそよろしくお願いします」



 ロクとシャルは声をそろえる。それに応えるようにリツネが改めて挨拶をした。



「リツネと申します。大王様より改めて霊命を頂戴しました。霊とは申しましても、わたくしも帝(みかど)と同じく生霊いきりょうにございます。半端ものではございますが、何卒よろしくお願い申し上げます。キャスミーロークさま、シャルガナさま、そして継宮さまには、先日は大変失礼をいたしました。あの戦いは決して帝の命によるものではございません。わたくしども護衛の勝手な判断によるものです。天叢雲剣……」


教経のりつね!!」



 言仁がリツネの言葉を遮った。なんだ?



「もうよいのだ」


「ですが陛下。あの戦いは陛下の所為ではございませぬ!」


「教経、いやリツネ。朕は十分に満足しておる。合戦後、おヌシらと過ごした八百余年も、しこうして、今現在もである。じゃから、もうよいのだ。ありがとう」



 言仁の言葉を聞いて、リツネは目を閉じ、深呼吸をする。



「皆さま、大変失礼つかまつりました。霊虎の攻撃は我らも受けておりまする。微力ではございますが、皆さまのお役に立てればと存じます」


「あなたとの戦いは、わたしどもも苦しみました。その素晴らしい武人が味方で居てくださるのは、大変心強いことです。改めて歓迎しますとともに、ご教授をよろしくお願いします」



 ロクが、ちゃんと武霊のトップとして挨拶をした。なんだかすっかり普段のロクに慣れてしまったせいか、ちょっと驚いてしまった。が、それよりも何よりも僕が気になるのは言仁だ! 何かを隠すようにリツネの言葉を遮ったのだ。どうも気になる。ちゃんと問い質しておこうと思ったのだけれど、ねこ父が口を開き、話題は次に進んでしまった。



「リツネよ。ワシからもよろしく頼むぞ。それと、先ほどのタカの疑問に答えておらんかったのぅ。一発目が防御網をすり抜けてきたのは、恐らく風呂敷のようなもので爆弾を包んでおったのであろう。二発目以降については、霊界に運び込まれる鉄はすべて事前登録制にしたのじゃ。それ以外に鉄を感知した場合はすべて異空間へ弾き飛ばすように設定を変更しただけじゃ」


「戦闘時の防御網で、そういう設定をすることは可能か、ロク?」


「やったことありませんから、どうでしょうか」


「もしできれば、砂鉄攻撃も完全に無効化できるし、工夫次第では敵の霊圧エネルギーを削り取ることも可能になるんじゃないかと思ってな……」


「あの、たぶん、わたしできていると思います。鉄だけ防ぐことは、間違いなくできます」


「えっ? シャル、いつの間にそんなことができるようになったの?」


「いえ、救助活動しているときに防御網をフルに張り続けるのが疲れてしまうので、砂鉄が入り込まないようにだけすればいいかと思って……。たぶんロクやサルメもすぐにできるようになると思いますけど」



 シャル、でかしたぞ!



「それについては、ひとつ解決をみていますが、もし自身で砂鉄だけを異空間に飛ばせるような防御網を張れるのは有効な手段です」



 えっ? アルタゴスは何を言っているんだ?



「おお! もう新しい羽衣ができたのか。さすがアルタゴスじゃのぅ」


「はい。まだ全員分とまではいきませんが、キャスミーロークさま、シャルガナさま、サルメさま、お三方の分は出来上がっております。タカさんには、超音波攻撃を防ぐイヤープロテクターが完成していますよ」


「ええっ! パワーブランチから、まだ七時間ぐらいしか経ってないぞ。すごいな、アルタゴス!」


「いえ、そんなことはございません。新しい羽衣は砂鉄の侵入こそ防げますが、異空間に飛ばせるような機能を持ち合わせてはおりません。羽衣を纏っていれば、動けなくなるということはありませんが、それでも防ぐだけでは羽衣より外側での磁力のコントロールは難しくなります。ですから、異空間に飛ばせるような防御網はかなり有効なものになるのです。

 それに、まだ解決できていないこともたくさんあるのですよ」


「よし。では、新しい装備も使っていきながら、明朝より特訓に入るぞ。時間はないが、すべきことは山のようにあるでのぅ、各々がすべきことに全力で取り組んでくれ。ひとまず今日はゆっくり休んで明日以降に備えよ。では、皆ご苦労であった」



 ねこ父がそういうと、緊急の打合せは解散となった。確かにすべきことはたくさんある。何から手を付けていいのやら、一度整理が必要なぐらいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロク にゃんちぃ @nyanchii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ