第4話:双子の弟
ひとまずは、霊虎の撃退に成功した。霊虎本体の五分の一か、十分の一か、そんな相手にではあるけれど、ただ逃げる、ということにならずに済んだのは大きい。
それでもこの勝利を無条件に喜ぶことは、もちろん出来なかった。僕らは結局、アイツの防御を何ひとつ打ち崩すことができなかった。霊虎は、僕らの最初の攻撃を見て、僕が最弱だと判断し、
僕とロクとシャルは三分の二程度のエネルギーを消費していた。サルメに至っては四分の三以上の消費で、完全にへばっていた。ロクとシャルは、当然小学生だ。
「サルちゃん、霊殿に戻れるか?」
「ムリぃー! タカくん、中に入れてー♪」
「回復してやるから大丈夫だ」
どうせ僕はロクに引っ張られるだけである。自分のは五分の一ほど残して、それ以外すべてサルメの回復にしてやった。
「うーん。タカくんの回復エネルギーはいいねぇー。透き通ったエネルギーだねぇー。発言はひねくれてるのにねぇー」
「ひとこと多いぞ! ともあれだ。さっさと帰るぞ。もし今、もう一匹送られてきたら絶望だ」
「ええ、史章の言う通りです。すぐにここを立ちましょう!」
※ ※ ※
霊殿前広場に着いた途端、全員が大の字になってそこに寝そべった。寝そべったまま、みな無言だった。霊虎との戦いを終えて三分と経たずに移動してきたのだ。今それぞれが、ようやく戦いを
「あのー、スミマセン。プリン、どうしましょうか?」
「あれ? あ、お前が持っていてくれてたのか」
「はい。持たされてました……」
「ハハハ。そうか、ありがとな。悪いけど、それ、要冷蔵なんだわ。冷蔵庫に入れといてくれるか?」
「あ、わかりました」
「あ、ついでに飲み物持ってきてくれないか? もう動く元気も残ってないんだ」
「大丈夫ですよ。わたしはタカに守ってもらってましたから。コーヒーでいいですか?」
「うん、頼むよ。缶コーヒーでいいからな」
「わたしアイスティー!」「わたしも、何でもいいです」「ボクはー、んー、キャスミーと同じのー」
「えっ……、アイスティーですか…………」
「冷蔵庫にあるジュース、何でもいいぞ。アイスティーとかないからな。牛乳以外なら、何でもいいだろ」
「わかりました!」
女性陣は何か言いたげであったのだけれど、さすが言仁。要領を得たのであろう、何かを言われる前にそそくさとダイニングキッチンへ向かった。そうそう、それでいいんだ!
「それにしても……、史章が死にかけたりすることなく悪霊との対戦を終えられたのは、初めてですね。おめでとうございます」
「ホント、すごいですね。怪我ひとつなかったなんて、奇跡ですね」
「おい、なんでそんなとこから会話スタートなんだ!」
「へぇー、タカくん、いつも死んでんだぁー。アハハー」
「でも、今回は霊虎の
「今日の十倍の霊力で防御網を展開されたとしたら、成す術はありませんね」
「だよな……。お前たちには、超音波攻撃と砂鉄攻撃を習得してもらうしかないな」
「いえ、史章、それでは不足です。それらはすでに対策済みかもしれません。習得した上で、それらを封じられた時の策も練っておかないといけません」
今日の霊虎との戦いは、圧倒的で、決定的で、絶望的な力の差を見せつけられたのである。ロクの一言はそれを改めて思い起こさせるものであった。
皆が
どんよりとした重苦しい空気が漂っていたところに、言仁がタイミング悪く、いや今回に限っては、むしろ良いかもしれない、飲み物を運んできてくれた。気持ちを落ち着かせ、疲れを癒すには、本当にありがたかった。カフェインが脳内にじわりじわりと巡って、作用するのがわかる。そして、次第に覚醒していく。少しだけ回復できた。
「皆さん、大王様がダイニングキッチンに集まるようにと…………」
言仁が最後まで言い終える前に、僕たちは転送された。
※ ※ ※
「疲れていると思ってのぅ、運んでやったぞぃ。フォッ、フォッ、フォッ」
僕らは、地べたに座ったままの姿勢でダイニングキッチンにいた。テーブルにはねこ父のほかに、ねこ母とアルタゴスがいた。いつもの面々はなんということはないのだけれど、驚いたことに弓武士もいた。教経……リツネだったか。そして、もう一体。……僕は目を見張った。
「ウ、ウワハル……なのか…………」
あの黒い、ふわふわした
僕の手から、こぼれ落ちていった……、
救いたくて、救いたくて、救いたくて、
それでも救えなかった、
あのふわ綿の煙り玉が、目の前にいた。
唖然としたのだけれど、
それでも僕の鼓動は高鳴る。
ここは僕の常識を覆す霊界なのだ。
もしかして、何か僕の知らないこと、
僕の常識を超えることが起こって、
生き返ったんじゃないかと、
どうしたって考えてしまう。
そう、願ってしまう。
「タカさん、はじめまして。残念ですが、ボクはウワハルではありません」
ふわ綿の煙り玉は、会釈をするようにクリっとした目を瞑り、ゆっくりと目を開けると、端末を介さずに、更に言葉をつづけた。
「ウワハルの双子の弟になります、シタハルと申します。タカさんには、姉が生前お世話になりました。そして、最期の最期まで姉の命を救うべく死力を尽くしていただいたと、聞き及んでおります。心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました」
今度は、長く、深く目を瞑り、それはまるで深々と頭を下げているように思われた。
「そ、そうか……」
僕の心の中に無念さが広がる。やっぱり、そんな奇跡みたいなことは起こらなかった。残念な気持ちでいっぱいで、またあのこぼれ落ちる感触が思い起こされて、涙が出そうになったのだけれど、ふとシタハルに失礼であることに気付いた。気持ちを立て直すべく格闘していると、
「タカさん、キャス姉さん、失礼だなんてとんでもございません。そのようなお気持ちを抱いていただけること、ボクにとってはむしろ感謝の限りでございます。本当にありがとう……ございます……」
その言葉を聞いて、僕はロクの方を見る。ロクも同じ勘違いをしていたのだろう、
「ああ、シタハル、心配りをありがとう。継宮史章だ、よろしくな」
一連のやり取りの区切りがひと通りついたのを見て、ねこ父が口を開く。
「疲れておるところすまぬが、みな席についてくれ。それと、医療部に栄養剤を用意させておるでのぅ、飲んで疲れを取ってくれ」
僕らが席に着くと、それぞれに栄養剤のタブレットとコップに入った水が配られた。僕にだけは、ちゃんとオレンジ色のタブレットが目の前に置かれた。口に入れて飲み込むと、コーヒーの時のようなじわりじわりとした回復ではなく、瞬時に力が湧いてきた。ナムチの薬はどれもこれも本当によく効く。ロクがナムチに一目置くのが、今さらながらよくわかる。
「それでは打合せを始めるぞ。霊虎との戦いは、ワシとティルミンも見ておった。その様子を見て、先ずいくつかこちらで決定したことを伝える。
まず、関門海峡任務で戦ったリツネが我々に協力してくれることになった。おヌシらも戦いの最中に安徳帝から聞いておったが、霊虎との戦いを経験しておる故、情報を共有していくことになった。
次に、先ほども自己紹介をしておったが、シタハルが審判所の勤めから情報部へ異動することとなった。姉の敵討ちを直接的に関わりたいという、本人の強い要望に応えるものじゃ。
最後に、サルメは正式に審判所の勤めから、異動することとなった。これについては、ティルミンから話を聞いてくれ」
サルメ自身は大丈夫なんだろうか? と気になって、僕は顔を向けたのだけれど、どうやら本人はすでにそれを知っていたかのような素振りだった。と、ねこ母が、あの凛とした透き通るような声で話しはじめた。
「みな、分身思念体とはいえ霊虎の撃退、見事であり、ご苦労でした。しかし同時に、みなの現在の力では、到底霊虎本体を叩くことができぬことも、明瞭となりました。サルメには
サルメの協力は喉から手が出るほど欲しかったものではある。けれど、審判所は大丈夫なのだろうか? ウワハルの双子の弟であるシタハルも審判所からの異動だと言っていた。彼もまた、僕がウワハルと勘違いしていることを、僕の心の内を読み取って、自ら訂正をしてきた。しかも端末を経由することなく、直接会話ができる。きっと優秀なのであろうことは、容易に想像できる。
「ご心配には及びませんよ、史章。関門海峡での掃討で、霊員補充は十分に出来ているのですよ。それに……、審判所はこの霊殿があってのものです。霊界があってのものです。ですから、何よりもまず、霊虎討伐に全力を注がなくてはいけないのです」
ねこ母は、そう、僕の疑問に答えた。なるほど霊員補充ができていることは理解できた。霊界を守ることが最優先、それもわかることはわかる。でも、霊虎討伐は、きっとそれだけじゃないんだろう。ねこ父が、シタハルは姉の敵討ちをしたいのだと言った。霊虎討伐には、そういう想いがたくさん詰まっている。この霊界のあちこちに存在しているのだろう。霊虎討伐のチームに審判所随一の、ねこ母が愛娘とまでいうサルメを送り込むというのは、そういうことなんだと思った。
それならば、そう言えばいいものを…………。言わないのには、言えない理由でもあるのだろうか。やはり、この霊界において、感情の存在というのはご法度ということなのか? まあいい。僕にとっては、シタハルというウワハルの死に別れの弟がいること、そしてそのシタハルが姉の仇を討ちたいと願っていることを知っただけでも十分である。これは追善合戦なのだ! 必ず霊虎を討ってやる!
「あと、サルメが見聞きしたことはすべて、わたくしにも直接繋がるようになっています。思念会話すら必要としませんので、サルメと一緒のときは、わたくしと大王への連絡は不要ですよ」
なるほど。それで、ねこ父もねこ母も今回の状況を理解できているわけだ。大方の合点がいき、僕の心の中での疑問に対してまで丁寧に応えてくれたねこ母に、僕は目を合わせたあと、軽く一礼をした。
「では、本題に入るぞ」
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