第11話:返事の代わり


 ひとまず作戦会議は休憩に入る。

 ロクは「あーあ。本当にこういうのは疲れます」と大きく伸びをする。



「お前は何もしてないだろうが!」


「だって、わたしのすべきことは作戦の実行ですもの。考えるのはお父様や情報部の方々のお仕事です」



 と居直った。



「バカだなあ。『段取り八分、仕事二分』と言ってだなあ、作戦の段階できっちり詰め切っている方が、戦いでも勝つもんなんだぞ」


「あら、じゃあわたしは二割の価値しかないってことですか?」



 ぷうっと頬を膨らませる。

 だからその怒り方はやめろって。



「違う違う、そんなことは言ってないよ。

 お前の力がどんな霊にも代えられないことは、今は僕もよく認識しているし、今回の作戦もお前抜きでは成立しないと思う。だからこそお前がピンチに陥ったら、もうあとがなくなるんだよ。僕はお前を守ると言った以上、ピンチになんかさせたくないしな。

 僕はお前のことを考えて、どういう形がベストか? をいつも注意してはいるけど、やっぱりお前にしかわからない、抜けとか穴があるかもしれないだろ。だから、作戦はちゃんとイメージしてみて欲しいんだ。で、おかしいと思うところは指摘してくれ」


「まあ、わたしのことが好きなら素直にそう言ってくださっていいのですよ」



 誰もそんなことは言ってないぞ。




 作戦会議の後半は、具体的な作戦行動についてだった。


 形代・天叢雲剣を発見後、中にいる安徳天皇に形代草薙手裏剣へ引っ越してもらう。そして形代・天叢雲剣を霊殿に持ち帰る。計画は至ってシンプルだ。ただ事前調査から出てきた、懸念される問題について、それぞれの検討がなされた。



 一つ目は、現在形代の中にいるとされる安徳天皇の弱まった霊力をどう補強するか? である。

 これについては形代草薙手裏剣そのものが増幅機能を有しているものの、それをさらに調整し霊力を増幅させる、これまた炭素素材のチップを取り付けることになった。元々技術部にあるチップらしく、完成の遅れにつながることはないそうだ。

 それにしてもアルタゴスは本当に仕事ができる。それに技術部にとても興味が出てきた。関門海峡任務から帰ってきたら見学させてもらおう。


 二つ目は、関門海峡付近の大量の下級地縛霊について、放っておくか? 掃除をするか? が検討された。

 クーリエの話では、「源平の合戦で大量に発生したものが発端で、その地縛霊たちが引き寄せる形で、世界大戦でさらに数十倍の下級地縛霊が発生しました」ということだった。一掃するには数が多すぎるということで、今回は目立った数体だけ、それも作戦が滞りなく進んだ場合に限り昇華させるということに決まった。


 三つめは、井戸の調査について話し合われた。

 情報部のウワハルによると、現段階で祠としてまつっており悪質なものも感じられない、ということ。また、暗部のクーリエも見過ごしていたほどなので、今回の作戦には含まないということになった。ただ、ウワハルがどうしても気になるらしく、「シャルガナさまか、キャスミーロークさまに、ぜひ視認してきていただきたい」と言うので、シャルガナが作戦完了後に巡回することになった。



 以上の決定で作戦会議はお開きとなった。

 なんだかんだで三時間近くの長丁場だった。僕にとっては、新しく知ることも多く、久しぶりに頭をフル回転させていたので、終わった後で疲れがどっと出た。会社でもこんなに頭を使ったことなかったのに、よりによって霊界で一生懸命になっている自分を振り返って、思わず苦笑してしまった。


(疲れたときの、コーヒーとチョコレートでも摂り入れよう!)


 そう思って、もうすっかり僕好みに整ったキッチンでコーヒーを淹れる準備をしていると、ロクが「わたしも!」と言ってきた。隣にいるシャルガナも目を輝かせていたので、とりあえず全員分(クーリエとウワハルが飲めるかどうかはわからないのだけれど)淹れることにした。


『もしみんなが興味を持つようなら、エスプレッソマシンでも買って来よう!』



 コーヒーを淹れてテーブルに戻ると、周到にお茶請けが用意されていた。

 この幹部三柱、ねこ父とロクとシャルは、すっかり下界の、否、僕の生活スタイルを気に入ったようだ。ロクがシャルに注文して、ひとっ飛びして買ってきたものは、駅前にある専門店のシュークリームだった。これぞ当意即妙というヤツだ。次に霊界に来る人間がいるならば、人間界とあまりに変わり映えしないさまに、がっかりすること間違いないぞ!

 因みに、ねこ父は『にゃんちゃんの牛乳』に『ちゅるちゅるビッツ』が添えられていた。相変わらず興奮していた。人間はみな死ぬときに、ねこ用のおやつを手土産にするといい。僕からの現世に贈る唯一無二のアドバイスだ。


 例のごとく、反応の観察を楽しみにしながらコーヒーを飲んでいると、ロクが僕を紹介し始めた。

 『あ、バカ、なんてことを!』と思うが早いか、やはり「史章、自己紹介してください」となった。なんでお前は会議が終わってから元気になるんだ!



「みなさん、ご挨拶が遅れました。人間の継宮史章と言います。どうやら絶命する寸前だったところを、ロクに助けてもらい、依代をさせてもらっています。現在は、シャルの依代も……、あ、これは、僕の依代としての出来が悪いためなのですが、シャルの依代もさせてもらっています。今回の作戦でも、みなさんいろいろ、不出来な僕に基準を合わせてくださって、とても感謝しています。ありがとうございます。関門海峡任務、神器獲得大作戦、少しでもロクとシャルの手助けになれるよう頑張ってきますので、引き続きのご支援どうぞよろしくお願いします。タカと呼んでくださって大丈夫です」


「はい。ありがとうございましたぁー。パチパチパチーー。でわぁー、みなさん、気になりますよねぇー。なんでもオーケー、質問ターイムっ!!」



 おいっ! それだと、僕が観察される側になってしまうだろうがっ!!


 アルタゴスが手を挙げる。



「はい! アルタさん!」


 もちろん、端末を通しての会話になる。



「タカは、非常に面白い視点をお持ちのようですが、下界のどこの研究所に所属しているのですか?」


「研究員だったことなんて、生まれて一度もないよ。しがないサラリーマンだよ……、いや、この場合、だったが正しいか……。仕事内容は経理や労務の事務をやっていたんだよ」


「ほぅ。では、その機転と言いますか、奇抜な発想はどのようなご経験から生まれているのですか?」


「奇抜とは自分では思ってはないけれど、そうだなぁ、会社内でのいろいろな調整に揉まれたことが、少しは活きているのかなぁ」


「なるほど。ぜひ、うちの部署に入ってもらえませんか?」


「それは買い被りってもんです。けれど、ぜひ今度、技術部を見学してみたいとは思っていたんだ」


「おお、喜んで。お待ちしております」




「はい。では、次の方ぁー」


 イルカ霊クーリエの番らしい。



「わたしは人間のものを食べるのは初めてですが、このとても苦い、それでいて独特の香りをもつ飲み物はなんというのですか? あと、この甘くてとても美味しい食べ物はなんというのですか?」


「あれ? クーリエは食べれたのか! そっちの方が驚きだよ……。飲み物はコーヒー、食べ物はシュークリームというんだ。けれど、ホントは小魚とかの方が良かったんじゃないのか?」


「ああ、お気遣いありがとうございます。ですが、魚は任務のときに下界でちょくちょく戴いてますので、食べ慣れたモノなんです。人間の食べるモノの方が、初めてで、なんというか新鮮ですね」


「それは驚きだ。自分で獲って喰うのか?」


「え、あ、魚ですね。自分で獲って食べることもありますが、意外にお供え物も多いんですよ。魚供養とか大漁祈願とか、結構頻繁にあるんです」


「へえ、じゃあ今度、人間の食べ物は差し入れするからさぁ、いい魚が入ったときは持ってきてくれよ」


「わかりました」




「では、ウワハルさん、せっかくなので何か聞きたいことありませんか?」


「特にはありません!」



 あれ? なんか口調が怒ってるような……。

 黒っぽい煙り玉が、ほんのり赤みを帯びている。



「あら、ウワハルちゃーん。どーしたのかなぁー?」


「どーもこーもしませんっ! キャス姉をたぶらかす、愚かな人間などに聞きたいことなんかありませんっ!」



 はーん。今のでわかったぞ。

 ウワハルはロクのことが好きなんだな。

 で、僕がロクの依代になって、ずっと一緒にいるもんだから妬いてるんだ。



「あらぁー、ウワハルちゃん、そんなこと言ったらアズサくんに言いつけちゃうぞぉー。」


「あ、キャス姉、そんなこと言わないでくださいぃ!!」



 えっ? 彼氏がいるの?

 今度は煙り玉がピンクがかる。

 と思えば、また赤っぽくなり、



「じ、じゃあ、キャス姉をどうやってたぶらかしたんですかっ?」



 おいおい、誑かすって……。

 まあ、それでも小さい子だし、答えてやろうかと思ったとき、

 ロクがそのまま話した……。



「ウフフ。ウワハルちゃん、誑かしたのは、わたしの方よ♪」


「え? そうなの? やっぱりキャス姉すごーい。どうやってやるの? 今度アズサに試してみるー!」



 楽しそうで何よりである。



 明日一日、僕たちは休養を取り、エネルギーの補充に努めることになった。もうずいぶんと前のことのように感じていたが、ほんの数時間前、僕は体を切り刻まれたり、めった刺しにされていたのだ。

 久しぶりにゆっくり寝させてもらうことにした。




     ※     ※     ※




 翌日。


 もう昼だろうか? ここはあまり時間の概念がない。基本的に四六時中明るいのだ。

 眠るときは遮光幕、ちょうどカーテンのようなものを降ろして部屋を暗くしている。霊というのは夜に活動するのだから、どちらかというとずっと暗い方が合っているような気もするのだが、ねこ父によると『明るい方が敵襲が少ないからのぅ』と霊殿周りだけ、むしろ明るい状態を維持しているらしい。


 まあ、それはさておき、とにかく僕は目が覚めたわけだが、横向きになって寝ている僕の後ろに、どうやらロクが実体化しているらしい。ピタリと引っ付いてきているようなのだが、起こしてしまいそうなので、どうしたものかとしばらくそのままでいた。


 はじめのうちは、ロクの実体化は割といい加減なもので、もちろん肌の質感だとか表情だとかはバッチリできていたのだけれど、服の下は再現していないとか、呼吸なんて動きもうまくできていなかった。そもそも呼吸が必要ないのだから、当然と言えば当然である。

 それが最近はずいぶんと進歩してきていて、欠伸のあとの涙とか寝息だとか、頬の産毛一本一本まで、そういうものもより自然に再現できているのだ。もはや人間そのものと言える。そういうのを肌で実感してきていると、やはりこういう密着するようなシチュエーションというのは、僕としては少々困ることになるのである。


 『顔も見たいことだし……』と、もっともらしい理由を付け加えて、寝返りを打った。



「あら、もう少しこのままで居たかったですのに……」


「なんだよ、起きてたのか。まったく」


「どうでした? わたしの胸の感触?」


「どうって、その寝間着の下は再現してないんだろ」



 わざとこう言ってみたが、たぶん、いや間違いなく再現している。まったく油断も隙もあったもんじゃない。



「んまぁ! 知っているくせに!!」



 と、僕の左腕をしがみつくように掴んで、ギュッとしてくる。

 おい!



「わ、わかった。僕が悪かった」


「で、どうですか? もう少し柔らかくした方がいいですか?」



 僕は空いている右手でロクの頭を撫でてやる。



「さあ、起きるぞ!」



 そう言うと、ロクがしがみつく左腕をスッと抜いた。

 瞬間、ロクの残念そうな感情が伝わってくる。


 けれど、

 もう終わりだよと見せかけておいて、

 僕は、今度は両腕でしっかりとロクを抱きしめた。



「でも……、その前に……な」



 さらに力強く抱きしめる。

 ロクは驚いた様子を醸し出していたが、

 顔をうずめて、両腕をまわしてきた。


 お互いが強く、ギュッと抱きしめ合う。

 もう少し、もう少しだけ、このままで……。

 このまま時が止まればいいのに、

 と、そう思ってしまう。

 しばらく、お互いがじっとしていた。



「ズルいです……」



 僕の胸の中でロクがそう言ったので、

 僕は何も言わず、

 自分の頬をロクの頭の上に乗せて、

 返事の代わりにした。




 と、ここまでは、完全に僕のペースだったのだけれど、

 残念なことに、僕の間の悪いお腹が、グーっと鳴った。

 ロクは、「ククク」と笑うと、



「残念なお腹ですね。ご飯を食べましょう!」



 最高の笑顔で言った。

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