第10話:食後は眠くなるでしょ、ふつう


 今日の訓練は終了ということになり、花畑の上、十五センチメートルでへばっていると、アルタゴスがやってきてねこ父に端末をみせる。ねこ父が頷くとアルタゴスはそそくさと戻っていった。



「みな、よいかのぅ。形代が明日には出来上がるそうじゃ。今日は食事をしながら話をするので、みな集まるようにのぅ」


「あら、じゃあ急がないといけませんね。シャル、今日はわたしが食事を作りますので、買い出しをお願いしてもいいですか?」


「はい、いいですよ」


「ありがとう、お願いするわ」



 どうやら本当に作るみたいだ。ロクは買ってきて欲しい食材をメモすると、それをシャルに渡した。

 手伝おうか? と聞いてみたが、一人でやるから風呂にでも入っておけと言うので、そうさせてもらうことにした。まあ、楽しみに待つとしよう。




 風呂から上がって、部屋に設置してもらった冷蔵庫からビールを取り出し、晩酌をしながらくつろいでいるとロクが「できましたよ」と思念で呼びかけてきた。食堂に向かっていくと、肉を焼いた香ばしい匂いが漂ってきた。


『うん、これは肉系だな。単純にステーキか? まさかハンバーグは作れないだろうし……焼き肉風野菜炒めとか?』


 などと想像しながら食堂に入ると、まさかの目玉焼きハンバーグだった。フライドポテトに、オニオンスライスの付け合わせ、以前行ったファミレスを模していた。その他には、ポテトサラダとカットサラダ、ごはんにコーンスープ、というフルラインナップだった。

 ハンバーグはレトルトも疑ったのだが、ちゃんと焼いた形跡もあったし、何よりも香りが焼いたそれだった。



「すごいじゃないか!」


「がんばりました!」


「レシピはどうしたんだ?」


「ふふふ。食べた後でお教えします」


「うん、じゃあ頂こうか! いただきます!!」



 これは、これは! とても美味しい! 正直びっくりだ!

 しかも、ハンバーグはちゃんと手作りの味だ。レストランのハンバーグのように肉汁ジュワというのではなく、しっかりがっちりしたもので、ザ・家庭ハンバーグというものだ。でもパサパサしてなくて、肉の食感は柔らかいという家庭ハンバーグとして最高の出来だった。ソースはケチャップベースにウスターソースを絡めて煮詰めたモノだろう。完璧だ。ごはん、三杯いけるぞ!


 思わずガッツキそうになるところをグッとこらえて箸を止め、周りを見渡す。シャルはカレーのときとは違って満面の笑顔で頬張っている。ロクは眉間にしわを寄せ、何が違ったのか原因を探すような顔をしていた。きっとロクはファミレスハンバーグを再現したかったのだろう。



「ロク! すごいぞ! すごく美味しいぞ! これは完璧な出来だ!」



 えっ!? という顔をしている。

 家庭ハンバーグを知らないのだから当然である。

 その辺りを指南しようと思った矢先、シャルの合いの手が入る。



「はい! 美味しいです。

 これも、なんだか知っている味のような気がします。

 ホント、……、ホントに美味しい……。うっ……」



 結局、シャルは、また泣いていた……。シャルはどうも、食事がツボにはまるようである。

 ところが、この絶品ハンバーグを作った当のロクは、困惑の極みの表情だった。



「いえ、これは、わたしが作りたかったハンバーグじゃないんです……。皆さんのお口に合ったようであれば、それはそれでよかったことなのですけれど、……これじゃないんです。うーん、なんで失敗したんだろう……。

 この次は、もっと美味しいものをご用意しますから、楽しみしていてくださいね」



 それを聞いて、家庭ハンバーグが何たるか、を話すのは止めにした。

 家庭ハンバーグを知らないってのは、おかしいと気づいてしまったのだ。シャルでさえ、知っているかもしれない味と言っているものを、知らないのだ。もしかすると、生前、食べたことがないのかもしれない。


 それと、こちらの方が僕としては重要だったのだけれど、ロクの向上心を大切にしてやりたい、と思ったのだ。あのファミレスのハンバーグの味を再現したかったのに出来なかった、という悔しさがちゃんと伝わってきた。別に僕の価値観のハンバーグが、最高である必要などないのだ。ロクは、僕が食べたことのないようなハンバーグを作り上げるかもしれない。そう考えると、ここで余計な口をはさむのは野暮というものである。



「これはこれで、素晴らしく美味しいぞ。でも、お前がそう言うなら、また次を楽しみにしているよ」


「はい♪」



 さて、ねこ父はというと、もう既に満足気に顔を洗っていた。

 どうやら今日は『かつお以外何も入っていない、にゃん伝説』という最近流行りの長ったらしい商品名の缶詰めを食べているらしかった。




     ※     ※     ※




 みんなが食べ終わったところで、作戦会議が始まった。

 食べ終わってからなのであれば、食後の集合でもよかった気がするのだが、まあカレーライスの一件が悪い方向に行かなかったのは良かったとしておくべきだろう。


 作戦会議には、シャルの部下、情報部と技術部も参加していた。

 技術部は昼間に会った人霊のアルタゴスだった。情報部は形がない霊である。もしかすると僕の目には見えないだけなのかもしれないが、僕には、やや黒っぽい煙り玉のようなものがフワフワと浮いているように見えた。びっくりなのは暗部、つまりシャルの部下だ。それの姿はイルカだった。魚霊である。今回の目的地が関門海峡ってこともあるんだろうか? と、そんなことを考えていると、ねこ父がコホンと軽く咳ばらいをして、皆の注目を集める。



「先も触れたのじゃが、形代が明日完成する。よって形代かたしろ天叢あまのむら雲剣くものつるぎの引き上げ及び回収の任を決行する。場所は山口県下関市みもすそ川町付近、関門海峡。日時は下界時刻の明後日、うしの刻。任に当たるは、武霊キャスミーローク、武霊シャルガナ、人間・継宮史章、以上とする。よいな」



 おい、丑の刻って何時だよ! と聞きたかったのだけれど、どうもそういう雰囲気ではない。あとでこっそり聞くとしよう。武霊って役職っぽいのも気になるしな。しかし、ねこ父の威厳には驚きだ。さすが王だ。



「では、まず暗部から、事前調査の報告をせよ」


「はっ! 暗部所属クーリエよりご報告申し上げます」



 もちろん、僕にはわからない言語でやり取りしている。

 アルタゴスが入室してきたときに、僕の目の前に端末を置いてくれていた。驚きなのは、昼間からバージョンアップされていたのだ。文字の表記も日本語にちゃんと変更されていたし、何よりびっくりなのは音声での読み上げ機能が追加されていた。当然日本語、しかも変なコンピューター音声じゃなくて、魚霊クーリエ本人の声とわかる音声で読み上げているのだ。霊子コンピューター侮るなかれ! である。

 クーリエの、精悍な青年のような声が、端末から続けて流れてくる。



「具体的な場所は、壇之浦古戦場から南へ三百メートル、東へ二百メートル、水深は十二メートルで、そこから更におよそ五メートル程度、下の地中にございます。尚、偵察時点で接触および掘り起しは行ってございませんので、ここからは気配の確認となります。形代・天叢あまのむら雲剣くものつるぎに入る霊柱は、安徳天皇本人と思われます。霊圧エネルギーが現人神のものと同一の波長にございました。周辺には下級地縛霊が極めて多く、これの鎮圧封印の役割をしている状況にございます。ただ、その霊圧エネルギーは非常に弱く、現時点でも補強が必要な状況にございました。以上がご報告となります」



 うーん。早くも問題点だらけだ。

 とはいえ勝手もわからないことだし、ロクとシャルにその辺りは任せた方が良さそうかな。と、ロクを見ると目を瞑って、うんうんと頷いている。これは、まるで話を聞いていない時のロクだ!

 まったく頼りにできないやつだ! と思って、シャルを見やると……。まったく同じ素振りをしていた。……。シャルの態度のそれは、真剣なものであってくれ!



「あいわかった。みな、何か質問はあるかの」



 シャル……、頼むぞ……。

 が、シャルは微動だにしない。もしかして、事前に聞いていて、もう対処ができているのか! そうだ、そうに違いない。

 やり過ごそうと、やり過ごしたいと、思っていたのだが、僕の中で不安がざわついている。やはり、気になることだけでも探っておこう……。



「あのー。少し、よろしいでしょうか」


「うむ。よいぞタカ、申せ」


「今回、形代・天叢雲剣から代替の形代に霊を移すことになっていますが、もしもその引っ越しがうまくいかなかった場合、周辺の下級地縛霊は、ロクがすべてやっつけることになりますか?」


「そのようになる場合もあるであろうな」


「では、その場合『下級地縛霊が極めて多い』とクーリエが言っていましたが、それはロクの一柱ひとはしらだけで掃討できる数と量ですか?」


「どうじゃ? クーリエ」


「はっ。わたくしめにはキャスミーロークさまの底力がわかりませぬゆえ、その質問にはお答えしかねます。ただ、わたくしでは到底対応できぬ数にございます」



 まあ、そらそうだ。僕だってボクシングの日本チャンピオンがどれだけ強いかわからないし、そのチャンピオンが一度に何人のヤンキーと喧嘩をして勝てるか、なんてわからないものな。



「うむ。イマイチ判然とせんのぅ。クーリエよ。そなたと同じ霊力の暗部が何体いれば、下級地縛霊を一掃できそうじゃ?」


「は? それは大変難しい仮定でございます。うーん……、五十……うーん、百体ほど頂きたく存じます。」


「なんじゃと! 百体じゃと!! ……。ロクじゃと……、ギリギリやもしれぬな」



 お、ギリギリいけるのか! なら、シャルもいるし、大丈夫かな。



「わかりました。ありがとうございます」



 さすがだな、ロク。そう合図でも送ろうとロクを見やると……、相変わらず目を瞑って、うんうんやっていた。お前、寝てないか? はぁ。これは余裕の表れと、そう信じることにしよう。

 あ! でも……。



「あ、すみません。あと一つだけ伺ってもよろしいですか?」


「申せ」


「はい。今現在、形代・天叢雲剣がある位置についてなのですが、その位置そのものが何かしら重要な意味を持っているということはありませんか? 極端な話をして申し訳ないのですが、例えば形代・天叢雲剣のある位置と同じ位置に代替形代を置かないと、今の鎮圧封印の役割を果たせなくなるとか、そのようなことです」


「クーリエ、どうじゃ?」


「はっ。形代・天叢雲剣の確認は、目視ではなく気配での確認で終えておりますゆえ、必ずとは言えませぬが、その置かれた位置による鎮圧封印というよりは、その地域全体を鎮圧封印という要素が強うございました。従いまして、数十メートル程度のズレが鎮圧封印に影響を与えることは限りなく低いものと存じます」


「それを聞いて安心しました。ありがとうございました」



 よし、それなら大丈夫そうだ。




 ねこ父が質問の有無を確認し、その後続けて、技術部のアルタゴスが代替形代についての説明をする。


 形状は天叢雲剣の刀身の切先側を基礎とし、手裏剣のように四方向に切先があるような、十字形。大きさとしては、ひとつの刀身が刃渡り二十センチメートルほどで、手裏剣を円状に見立てたとして、直径五十センチメートルほどの大きなものであった。中心部の直径十センチメートルの円部分には取っ手があり、そこを持って攻撃武器として使えそうにも見える。


 形状変更の理由は、『この形の方が、形代本来の霊力を効率よく発揮することができ、より封印効果を高めることができます』ということである。素材は、刀身の刃部分は鉄だが、それ以外はすべてカーボンファイバーらしい。金属探知機などに反応しないため掘り起こされにくく、また腐食にも強いということだ。目的は違うが、水質改善にも一役買うそうだ。『ただ、それを目的とする場合は、もっと大量に設置する必要があります』と冗談交じり述べていた。本体中央部には、ロクとシャルとの親和性と共鳴性が高くなる炭素素材のチップが入っていて、手元に呼び寄せたり、場合によっては中に入ることができるように設計したとのことだった。


 「それは、ロクが霊的エネルギーを注ぎ込んで、周辺の下級地縛霊を一掃するのに使ったりできるのか?」と聞くと、「それは面白いアイデアだ! 簡単に仕様変更できそうだから、機能を追加しておこう」と言っていた。技術部は本当に仕事ができる組織である。余談ではあるが、形状説明の際、僕がボソッと『さしずめ、形代草薙くさなぎ手裏剣しゅりけんといったところだな』と言ったことがきっかけで、それが正式名称となった。




 最後に情報部からだ。フワフワとしたけむり玉である。

 実際に聞こえたのは「ジ、ジジジ、ジジジ、ジ、ジジ……」というラジオのノイズのような音だったのだが、端末からは「よろしくお願いします」と小さな女の子の声がした。すこし驚いていると、右隣からなにやら視線を感じる。と、思念会話が飛び込んできた。



「ロリコン!」



 お前はさっきまで寝てただろうがっ!! コイツは僕にその言葉を投げつけるチャンスでも狙っているのだろうか。まったく……。



「ちょっと想定と違って、ビックリしただけだ!」


「心が動いている時点でアウトです。普通の人は反応するところではありません!」



 ということらしい。妙に説得力があって、僕は少しばかり自信がなくなってきたぞ。



「えっと、ウワハルです。情報部からは本任務の周辺地域の情報も踏まえて、行動計画について話します。

 まず、霊殿から任務地最寄の神社、赤間神宮に接続します。武霊の二柱はいつも通りで大丈夫なのですが、人間である継宮さんは認識がいると思ったので、技術部に協力してもらって、扉を設置しました。あ、羽衣はちゃんと着てください。そのまま通ったら消滅します。赤間神宮は任務拠点地になり、その旨は宮司に連絡済みです。任務拠点地にはエネルギーの補充と備品を準備できます。


 実行時刻ですが、下界の時間で夜中の二時です。これは一番人目につかない時間帯を考えてです。ただ、関門海峡というところは二十四時間、ひっきりなしに航行があるので、誤って船をひっくり返さないようくれぐれも注意してください。あと当然、丑三つ時で下級霊が元気になる時間ですから、そこもお忘れなく。


 現地の天候ですが、任務実行時刻は快晴の予報で障害にはなりません。月も弦月げんげつなので、可もなく不可もなくです。天候と月に関しては任務実行に問題なしです。


 関門海峡の海底ですが、機雷が山のようにあります。下界の世界大戦時のもので、千五百個ほど残ってるらしいので、継宮さんは触れないように注意してください。武霊の二柱も実体化しているときは注意です」



 ウワハルはここまで一気に言うと、少し間をおいた。



「あと、これは影響を及ぼすかどうかわからないですけど、頭に入れておいてほしいモノがあります。

 下界では『平家の一杯水いっぱいみず』という名前がついてますが、湧き水の出る祠がすぐ近くにあります。これがどのくらいの深さの地下水脈と繋がっているのか、調査が間に合いませんでした。どこかの霊だまりに繋がっていないとも限らないので、注意しておいてください。


 任務実行の所持携行品は、形代草薙手裏剣? でいいですか? それと、風呂敷大小各二つずつを準備してます。他にいるモノがあれば明日中に指示してもらったら間に合います。以上です」



 情報部からの情報は気になるものが多すぎて、ねこ父がいつものように質問確認をしたのだが、そのまま流してしまった。まあ、ロクとシャルに後で聞くとしよう。僕の手元にある、気になるリストは次のとおりである。




 暗部:クーリエ

 ・丑の刻 → 夜中二時

 ・海底から五メートル下にある。掘り起こす?

 ・安徳天皇の封印弱く補強必要 → 形代草薙手裏剣で効力アップ

 ・周辺の下級地縛霊多数 → ロクで一掃できそう

 ・形代天叢雲剣の位置は重要? → 気にしなくてよい


 技術部:アルタゴス

 ・形代草薙手裏剣、呼び寄せは、どの程度の距離までいける?

 ・  〃   、中に入るのは、どれくらいの距離から飛び込める?

 ・  〃   、霊圧エネルギー注入で攻撃ができる? → 仕様変更


 情報部:ウワハル

 ・赤間神宮に霊が入って大丈夫なの?

 ・ 〃  の補充備品の種類と数

 ・月はやっぱり満月がヤバいのか?

 ・湧き水の祠、もし霊だまりに繋がってたら?

 ・所持携行品は形代草薙手裏剣、風呂敷大小各二枚ずつ




 やれやれである。

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