第9話:新しい羽衣
僕の使う羽衣の改良が一足先に出来上がった。
技術部のアルタゴスという人霊が持ってきてくれた。今回の変更点をレクチャーしてくれるという。
『会話できる霊、まだいたのか?』 そう思っていると、ナニやら端末のようなものを取り出して、そこに表示をしてくれた。表示された文字は、見たこともないものだったのだけれど、ロクとシャルとの依代契約のおかげで内容は理解できた。
まずは完全防水であること。内部気圧も維持されていて、耐水圧も地球の海底程度は十分余裕があるとのこと。まあ、そうでないと地下六百キロメートルには行けないのだから、当然だろう。地球の海の一番深いところなんて、せいぜい十キロメートルくらいなのだから。
酸素の生成装置も付加してくれたらしい。これはありがたい。酸素ボンベもいらないし、時間制約も受けない。仕組みは大気中の水を磁力で電気分解しているとのことで、水素は排出、酸素のみ取り込める。もちろん海水からの分解もできるということだ。
また、圧力耐性の機能を活かして、下界では普通の人から僕の姿を見えにくくするようにできるらしい。詳しいことまではわからなかったが、羽衣の外膜にいくつか違う気圧の層を張り、磁場の変化で疑似空間を作り出す。仕組みは違うが、極めて簡単にわかりやすく言えば、蜃気楼がいくつも重なって僕が見えにくくなるらしい。
ここまででも十分な世紀の大発明である。アルタゴスはレクチャーを続ける。
「今回の改善点の一番の成果ですが、羽衣が破損しません」
「例えば、貫通や切断のような攻撃を受けたとき、急激な圧力変化に対してはその形状を柔軟に変化させることで損傷を免れる機能が付加できました」
「ただし、羽衣自体は傷つきませんが、中身(人間のような個体形状のものに限る)は羽衣の形状変化によって傷つく場合があります」
「つまり継宮さまが、腕を切断されるような攻撃を受けたときは、羽衣は破損しませんが、中では腕が切断されます」
「その際はできるだけ早く、キャスミーロークさまやシャルガナさまの治癒を受けてください」
アルタゴスはそう端末に表示させると、右手に羽衣、左手にナイフを持ち、実際に切れない、傷つかないというデモンストレーションをして見せた。アルタゴスは左利きらしい。
あとは使用してみて何かあればおっしゃってください、と戻っていった。
『一番の成果』について聞いた瞬間は、おいおいと思ってしまったのだが、よくよく考えてみると、なるほどよくできた機能だった。万が一羽衣自体が破損して、僕の体が高温高圧にさらされれば、その瞬間に僕は消滅してしまうのである。海の中であっても、破損した潜水艦のように圧壊してしまうだろう。内部で切断されている方がまだマシということである。
※ ※ ※
すぐにテストをすることになった。
ねこ父は、霊殿前広場に巨大な透明の箱を作り、そこに水を張る。ひとまず仮テストということで、規模は三百メートル四方の立方体だ。潜水艦の一般的な潜水深度程度である。
僕は羽衣を纏う。が、以前とは違って、指先・足先まできっちりと、宇宙服のように完全に包まれる格好になっていた。お手軽さは損なわれてしまったが、まあこれもすべて、ひ弱な人間に合わせた結果ということなのであろう。例のごとくシャルが前合わせ部分を接合してくれる。前回はポツポツとボタンを留めるようにしていたが、今回はファスナーのようにぴっちり接合してくれた。
先ずはロクと一緒に進水してみる。僕の中に入るのではなく、普通に後ろから脇を抱えて、僕を運ぶ。
「あれ? 史章、軽くなりました?」
「そうなのか? 自覚はないけれど、最近はヘトヘトになるまで特訓だからかな」
「じゃあ今日はごはんいっぱい食べないとですね。わたしが作って差し上げましょうか?」
「ええ? お前、作れるのか?」
「チャレンジです!」
「うーん、ちょっと不安だけれど、まあせっかくそう言ってくれるなら、楽しみにしているよ」
「ふふふ。お任せください」
まあ、ロクはなんだかんだで器用だから、なんとかなるだろう。何を作ろうとしているのかわからないけれど、それも楽しみにして待っておこう。
水中に入ると早々に、ひとまず水深三百メートルを試してみる。全く問題なく、潜水したときに鼓膜が圧迫されるようなことすら起きない。呼吸も普通で、外にいるときと変わらない。ただ、動きはやはり水圧のため、とても緩慢になってしまう。
「どうですか?」
「うん、圧迫もないし呼吸もできるし問題ないな。動きが遅くなってしまうことだけが難点かな」
「あれ? 蛇との戦いの時は動けてませんでしたっけ?」
「あの時はせいぜい水深五メートルから十メートルぐらいのもんだからな。今回はその三十倍から六十倍はあるわけだから、やっぱり重いよ」
「じゃあ、これならどうです?」
そう言うと、僕に向かってロクは左手をかざす。
もともと圧迫感はないのだけれど、その状況がなにも変化することなく、急に動けるようになる。
連続パンチの素振りをしてみるが、地上のそれと変わらないスピードで出来た。
「いいですね。じゃあ、端から端に移動してみてください」
よしきた!
と言わんばかりに泳いでみたが、正しくは、泳ぐような恰好をしてみたが、ちっとも進まなかった。
「あ、違います。普通にダッシュしてみてください」
なるほど!
と言わんばかりに走る……恰好をしてみたが、またまたちっとも進まなかった。
「うーん。うまくいきませんね」
「うん……、ダメだな。移動はシャルに任せるしかないみたいだ」
「今、史章の周り
そういうことか。水圧からの保護が二重になってるわけだ。潜水艦の中に潜水艦があるようなものである。しかし外側の潜水艦はスクリューがなく推進力を持たない。そりゃ、前に進むことはないってもんだ。
「それなら、なくていいかな。確かにその膜の中では動けるけど、僕が膜の中で攻撃したところであまり意味はないからな。それよりエネルギーの温存をした方がいいだろう」
「わかりました。では、シャルと一緒に…………、あ! その前に腕を切断してみていいですか?」
「おい! 恐ろしいことをサラっと言うな!!」
「ちゃんと治しますから。どんな感じでやられてしまうのか? どういう状態になって、治癒にどのくらいエネルギーを使うか? 確認しておきたいのです」
「いや、言ってることはわかるし、やった方がいいのもわかるけど……。痛そうだし……。」
「痛みもご経験されておいた方が良いかと思いますよ」
「なんで嬉しそうに言う」
「フフフ。そんなことありませんよ。
じゃあ、カウントダウンします。ゼロで行きますね。
ゴ……、ヨン……、サン……、」
まだ、覚悟が決まってないうちに始めやがった……。
これは、ゼロの前に来るパターンか? もう、来る覚悟だ!
僕はギュッと目を瞑って、歯を食いしばって備える。
「ニィ……、イチ……、」
来ない……ゼロだな!
「ゼロっ!」
更に力を込める!!
あれっ? 来ない?
一秒過ぎる……二秒過ぎる……三秒過ぎる……
ん?
目を開けてみる。
ロクは目の前にいて、手刀を繰り出した後の格好をしている。
ということは……理解が追いつく前に、僕は自分の右腕を見た。
「!?」
右腕は……ある。
もしかして……と左も見るが、左腕もある。
痛みはない。
「どうですか?」
「どうもなってないぞ」
「いえ、切断しましたよ」
「えっ?」
もう一度右腕を見る。
すると、肘から五センチメートルの辺りから、うっすらと血が滲んでいた。
あっ! と思うと同時に動かそうとしてしまう。
痛っ!!!!
激痛が走る。
思わず、右腕を抱えようと左手を持ってくると、
「そのままでっ!!」
とロクが叫ぶ。
すると、次の瞬間には痛みがなくなっていた。
血もそれ以上出なかったし、右腕を動かしても、いつもと変わらない感じである。
どうやらロクが治療をしてくれたようだった。
「史章、いったん出ましょうか」
※ ※ ※
外に出ると、ロクは羽衣の内側をチェックしている。
「今度は変なことしてないだろうな」
「んん? ……わたし、なにかしたことありましたっけ? ……」
チェックに忙しいらしく、僕の話が頭に入っていないらしい。
「お前、前回僕の骨密度を勝手に上げたろ!」
「ああ……、そういえば……、そんなこともありましたね。……」
「今回は何もしてないだろうな」
「はい、……普通に元に戻しただけです。……。でも、史章が動こうとするから……」
「そりゃ、腕が切られたら、支えるだろっ! 痛かったし……」
「うん、わかりました! これはとても親切に出来ていますね」
まったく僕の話は聞いていないようだ。
羽衣の仕組みは、理解できたらしい……。
「生地の内側にあらかじめ止血と痛みを緩和する薬、それと細胞の成長を促す培養材が施されています。なので、出血も少なかったですし、痛みも少なかったんだと思います」
「そうなのか? すごいな……」
「でも出血が少なかったのは、わたしが綺麗に切断したからというのが大きいですけどね」
「なんで切断したお前の方が、わたしのおかげって言うんだ!」
「ふふふ。本当のことですもの。
この作りであれば、貫通や切断は攻撃を受けてもいいですが、困るのは殴打による損壊ですね。貫通や切断の場合は治療の方も簡単なのですが、損壊の場合は治療にかなりのエネルギーを使います。貫通・切断が一とするならば、損壊の場合は五から十といった割合です。
史章、蛇のときに押しつぶされたでしょう? 全身の骨折に内臓破裂、神経の断裂もありました。あのときの治療は、貫通・切断が一とするなら五十ぐらいになります。なので殴打系・圧迫系の攻撃は、頑張って逃げ回って、避けてくださいね」
「あのときはそんなに大変だったのかよ」
「ええ、小学生にもなるってもんです」
「よくわかっていなかったとはいえ、それは、……すまなかった」
「大丈夫です。史章、あの時も死ぬ覚悟をしていましたものね。わたしも助かったのでチャラです。
あ、シャルもこのことは理解しておいてくださいね」
「わかりました。斬撃系の貫通や切断があった際は、わたしも仮修復しておいた方がいいですか?」
「余裕があるときはお願いするわ。そうしておいてもらえれば、敵の隙をついて攻撃ができますから」
「では、もしかしてですが、斬撃系の攻撃はあえて受ける、囮にする方がいいですかね」
「あー! それいいかもしれませんね♪」
「ちょっと待て! ちょっと待てっ!!
流れが、会話が、おかしくなってるぞ!!!!」
「あら、とてもいい作戦ですよ♪」
「はい、かなり有効な手段になるかもしれません。お任せください。わたしが上手に切られるように動きますから」
そのあと、ロクとシャルは、僕がどのようにやられるのがベストかを、真剣に話し合っていた。切断は四肢はよくて胴体はダメとか。貫通は頭と心臓はダメだが、他はまあいいかとか……。
で、その後の模擬戦でも、実験台にされた……。
それはもう、楽しそうに僕を切り刻んだり、突き刺したりした。
やっぱり、こいつらは悪霊だ!
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