第8話:ドッヂボールからの空中給油


 シャルとの特訓はその後順調に進み、三日目には、模擬戦ではロクの攻撃の七割くらいはかわせるようになっていた。

 かわすと言っても、とにかく移動はシャルに任せっきりで、僕はというと体をひねったり、ねじったり、それはまるでドッヂボールで逃げ回りながらボールを避けているような感じである。はじめの内はわりと楽な立ち位置であったのだが、僕の本当の役割は霊的エネルギーの供給である。これを同時並行で、つまりロクの攻撃を避けながら霊的エネルギーの供給を行うようになってからは、想像を絶するほど疲れるようになっていた。




     ※     ※     ※




 はじめはロクとシャルだけで戦闘訓練を行い、二柱が散々疲れ切った後で、僕の訓練が始まった。

 二柱を目の前に僕は集中して、自分の気を集める。気を集めるといっても、具体的に何かオーラのようなものが出ているわけでもなく、まあこんな感じかなぁとイメージをするだけで、僕自身には出来ているのかどうかはさっぱりなのだが、ねこ父に言わせると『よくできておる』だそうだ。


 今度は、その集めたつもりの気をロクに送り出すイメージをすると、ロクがするするっと吸収するのである。これをロクとシャルに交互に行う。行為そのものはなんてことないのだけれど、三回ずつの計六回もすれば後で疲れがどっと来るのである。筋力的な疲れはなく体は至って元気なのだが、なにせやる気が起きない。無気力になり何もしたくなくなるのだ。生気を吸われるというのはこういうことかと、身をもって理解した。


 僕の霊的エネルギーで、どの程度ロクとシャルの回復に繋がるのかがイマイチ判然としなかったので、途中からロクが変化で表現してくれるようになった。三十パーセント未満は小学生ロク、三十パーセント以上七十パーセント未満はいつもの少女ロク、そして七十パーセント以上は美女ロクという具合だ。結果、一回のエネルギー補充で一進化が可能だとわかった。


 その様子を見ていたシャルも変化形態を覚えてくれた。それまでは『枯渇してしまうほどの邪霊と戦ったことはありません』らしく初挑戦だったわけだが、僕を回避させる行動だけで小さなシャルになるには、ロクは完全にエネルギーを使い切り、一度フル回復をして、更に小学生ロクになるまで攻撃し続けなくてはならなかった。つまり、ロクに四回の回復をして、シャルに一回の回復をするといった割合である。ようやく現れた子供シャルは、僕ですらギュッとしてやりたくなるような、とても愛らしい姿だった。あんまり可愛らしかったので、しばらく回復を躊躇ためらっていると、


「この、ロリコンっ!」


 ロクの逆鱗に触れ、ロクに死ぬ寸前まで生気を吸われた……。子供シャルが慌ててロクをなだめてくれたおかげで、僕は一命をとりとめた。それでも怒りが収まらないロクは、僕にエネルギーを戻さずに子供シャルに横流しをし、いつもの姿に戻ったシャルが残りを僕に戻してくれた。

 しばらくご機嫌斜めのままのロクであったが、ねこ父が『休憩にするかのぅ』と茶菓子を持ってきてくれ、その中におはぎがあったおかげで、とりあえず機嫌を直してくれた。



「今の様子だと、ロクに四回復でシャルに二回復で、僕の霊的エネルギーとやらはなくなる計算だな」


「わたしは二回復活できるということでしょう? それだけできれば十分ですよ」


「うん、まあそうなんだけど……。ただそれでも実践でお前が攻撃を受けて、それを回避したり治癒したりすることを考えたら、もう少し僕のエネルギーの総量を増やすか、質を高めるかはしておきたいところなんだよなぁ……」


「わたくしももう少し効率よく、タカを運べるようにした方がいいということですね」


「うん。シャルにはぜひともお願いしたい。

 ところでロク、さっきは本当にすまなかったんだけど……」


「本当ですっ! あー、思い出したら! もう! また頭に来た!!」


「悪かったって。ホラ、なんというか、可愛らしいぬいぐるみを見つけたような気分だったんだよ」


「全然っ、謝罪に聞こえませんっ!! なってませんっ!!」


「確かに……、今の発言はタカが悪いと思います」


「す、すみませんでした……」



 僕の目の前にあるおはぎを差し出してみたが、もうおなかはいっぱいらしく、効果はなかった。初めておはぎを食べたシャルが目を輝かせていたので、今度はちゃんとロクの了承を取って、シャルに回してやった。ねこ父はというと、ロクが買ってきた『ささみフリーズドライ』にはまっていた。ロクもどうやらねこ父の好みがわかってきたらしい……。



「で、なんですか? 何か言いたげでしたけれど」



 なんというか、刺々しい。言いにくい……。



「いやぁ、ロクが怒って僕の霊的エネルギーを吸い上げたろ。あの時、ロクの許容以上を吸い上げてたんじゃないかと思って……」


「あら。そうかもしれません」


「あと、それをシャルに渡したわけだから、お前たちの間でも霊的エネルギーのやり取りができたってことだよな」


「本当ですね。ロク、ちょっと試しにやってみましょうか?」


「ええ、そうですね」



 ロクとシャルの霊的エネルギー相互交換は比較的容易にできるようで、これは戦略として使えそうである。仮に僕とロクが離れてしまったとしても、シャルに運搬役をしてもらうことができそうだ。

 ロクの霊的エネルギー過剰貯留の方は、それっきり出来なかった。『もしかして怒り心頭のときにだけできるのか?』と思い至ったのだが、その状態を作ることは、つまり僕が痛い目に合うということなので、そっと心の内にしまっておいた。




     ※     ※     ※




 まあ、そういった経緯を経て、現在の模擬戦中のエネルギー補充である。戦闘機の空中給油みたいなものだろうか。とにかく動いている中で気を集めるというのが難しい。目に見えているものであれば、少しはイメージしながら出来そうに思えるのだが、なにせ僕は自分の作っているものを見たことがないのだ。まあ、見えたところで出来るという保証があるわけでもないんだけれど……。ついでに言えば、戦闘中は目をつむることすらできない。僕もこれでも一応、体をひねったり、ねじったりしているのだ。

 それでもなんとか出来たと思われるものを送り出すのだけれど、その量は一定ではなく、小学生ロクが小学生ロクのまま、なんてことが頻発した。



「目を瞑らないと、気が練れないのですか? それなら、目を瞑ったままロクの攻撃を避ければいいんじゃないでしょうか」



 少しばかり快活になってきているシャルは、素は天然かもしれないと思わせるようになっていた。



「簡単に言ってくれるなシャル。僕はお前たちみたいに気を感じて攻撃を避けたりはできないんだよ」


「そうなんですか。あんなに綺麗な気を作れるのに、なんだかちょっと残念ですね」


「……。ロクには言われ慣れてるから、なんてことないんだが、お前に言われるとちょっとショックが大きいぞ」


「あ、ごめんなさい! ごめんなさい!!」


「ああ、いや、大丈夫だ。悪いのはうまくできない僕の方なんだから」



 まだまだシャルとの会話には注意を払わないといけないらしい……。

 ともあれ、女性二柱は着々と進化と成長をしているのに対し、僕はというと何も変わっていなかった。それでも、以前の幽体離脱出来ない事件のときのように、泣き言を言うつもりはなかった。


 自分のできることで最善を尽くす!

 ロクだけでも生かしてやりたい!


 この気持ちだけは揺るぎないものになっていた。

 今回は僕がなんとか出来そうなものであったし、やるべきことは、三つもあるのだ。



 ・霊的エネルギーの気を集めることが、いつでも自然に出来るレベルにする

 ・その所要時間をできるだけ短くする

 ・可能な限り、霊的エネルギーの質を高める



 一つ目は、日常に取り入れた。食事中も休憩中も入浴中も、とにかく気を集めているのが当たり前になればいい、という作戦である。部活動を始めて筋力アップしたいから、日常から筋トレを含むような生活にしよう! みたいな感じである。できたためしはないのだけれど、それでも幽体離脱よりは実現に可能性がある。


 二つ目は、慣れの要素が強いので、一つ目の延長上にある。が、意識してやらないとダメだと思い、時間を測ってタイムアタックの訓練をメニューにいれた。ストップウォッチや筆記用具なんかはお遣いに行ってもらい(近頃はロクとシャルの二柱で仲良く行くようになった)、買ってきてもらった。


 未だ方針が定まっていないのは三つ目である。最初の二つが出来れば、自ずと達成されるものとも思えるのだが、いかんせん基準がないのである。スタミナ値とか体力値のようにゲームの世界のような基準があればよいのだけれど、やはり現実世界では、たとえ霊界であってもそういうものはなかった。エネルギーそのものの数値がないところに、その質の良し悪しを測るものなどあろうはずもなく、すべては『感覚』ということになる。体力エネルギーの基準なり指標なりを作ることができれば、それはきっとノーベル賞モノであるに違いない。現世での発見が先か? 霊界での発見が先か? 見ものである。


 そういう訳で、『霊的エネルギーそのものを判定するような何かを、そのスゴイという霊子コンピューターとやらで作ってくれ!』と、ねこ父に依頼をしているところである。ついでに『敵の霊的エネルギー量がわかるスカウターなんかがあるといい』とも言っておいた。


 いずれにせよ、僕は絶賛訓練中なのだ。

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