王の灯 アラン②

 ローズを見送った後、私は自室で更にグラスを傾けた。何かで読んだオリエントの古い説話を思い出しながら。すなわち――




 聖者の来訪を祝うため、王は一万もの灯火を飾らせた。金や銀の細工物に象牙や宝石をあしらって、無数の蝋燭で夜を昼のように輝かせた。

 一方で貧しい老婆がいた。彼女も聖者を崇めていたが、王のような財も権力も持ち合わせていなかった。老婆は物乞いで集めた金で、聖者のためにかろうじてただ一本の蝋燭を立てた。

 そして嵐の一夜が明けると王の贅を凝らした灯火はひとつ残らず消えていた。ところがどうだ、老婆の貧相な蝋燭は、一晩たっても明々として決して炎を絶やさなかった。




 驕れる王者の虚栄に満ちた施しよりも、貧しい者が身を削って差し出した真心の方が尊いという教えだという。


 だが私は敢えて言おう。これは欺瞞に過ぎないと。 


 王の寄進に真心がないなどと、いったいどうして言えるのだろう。尊崇する聖者を讃えるために、権と財の全てを尽くすのは当然のことじゃないだろうか。心からの思いがあるからこそ、それを誰の目にも明らかなように示したいのだ。口先で信心を唱えるのは簡単だ。あまりに簡単すぎて誰にでもできる。目に見えない思いだからこそ形で証すことが必要なのだ。


 他者からの施しで蝋燭を購った老婆よりも、私財を投げ打った王の方が信仰が篤いとは言えないだろうか。


 ローズはリディがずるいと言った。まったくもって同感だ。私の気持ちをずばりと言い当ててくれた。私がずるいと思うのはジャンに対してだけれども。


 貧しい者は恵まれている。身を削って犠牲を払う特権を与えられているから。金や力を使う代わりに血を流してその赤い傷口を誇らかに見せつけることができるから。

 ジャンと抱き合うリディを想像すると、嫉妬と憎悪で胸が灼けるようだった。全てを捨てて逃げようというジャンに、リディの心は動かされた。ジャンの持つ全てなどたかが知れているというのに。


 私だってジャンと同じ立場だったらリディのために何でもするに決まってる。それこそ当たり前のことじゃないか。


 貧しく生まれたというだけで、ジャンの献身の方がリディには尊く見えるのだ。

 ならば、私はジャン以上の献身を見せなければならない。愛のために。愛のためなら何でもできると、リディに分かってもらわなければ。形あるものでは足りないというなら、形のない行いで。


「ジャン、ローズの気持ちに気づいてやれよ」


 低く呟く。誰に向けた訳でもない。ジャンはここにはいないのだから。だが、ジャンに届けば良いと思う。私がリディを、ローズがジャンを手に入れれば全てが丸く収まるのだから。


 ジャンに会ったら教えてやらなければならないだろう。彼がローズにどれだけひどいことをしてきたかを。彼女のためにもリディのことは諦めろと言ってやらねば。




 私はグラスを置くと立ち上がった。向かうのは、普段は開けない鍵のかかった抽斗ひきだしだ。ジャンが聞き入れてくれれば良いが、そうならなかった時のために必要なものを手入れしておかなければ。


 ……私はそちらの方を望んでいるのかもしれないが。


 ジャンと違って私は持っているものが多すぎる。仮に私が全てを捨てるなどと言ったとしても、リディは恐らく信じない。全財産に等しいほどの宝石だって喜ぶことはないだろう。ジャンに倣って二人きりで落ちようと誘っても、どうせいつかは実家に頼るのだろうと思われるだろう。

 ならば、私はどうすれば良い? どうすれば、身分も財産もリディのためには無に等しいのだと証すことができるだろうか?


 貧しい老婆の故事が語るように、真心からの行いは、形あるものよりも尊いらしい。


 リディへの愛を示すために、私がすべきこと。それは、私の全てを擲つことだ。




 抽斗の鍵を開けると、それは随分前に収めたままの姿で鎮座していた。前に触ったのがいつだか思い出せないのも無理はない。私は狩りを好まないし、我が家は武をもって仕える家柄ではない。実際私の腕前も大したものではないのだが、恐らく問題はないだろう。今度の獲物は兎や鴨よりずっと大きい。


 私は拳銃を手に取ると、その重さと冷たさに震え、そして笑った。銃弾がもたらすであろう確かな結果を夢想して。嵐の夜の灯火のように、私の希望となる標だ。

 リディのためなら人殺しだって厭わない。そのために罪に問われ爵位を失っても構うものか。そうなれば彼女のために全てを捨てることができたということだから。


 そうすればリディも私の愛を分かってくれるだろう。

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