第37話 花の楽園。またの名を至上の祭壇

 それは冬の日の事。


「……寒いか」

「……大丈夫」

「……ご飯はいるか」

「……要らない」

「……何か、欲しい物は」

「……あなた以外、要らない」

「それは……すまない、違うんだ。 僕以外で欲しい物を見つけてくれ」

「…………」


 身を凍えさせる寒気に襲われながら"花"は言った。


「────絵本を見たい」


 吹く雪は、年を越しても終わらない。





ーーーーーーーーーーー





 虫は逃げた。

 しかし元凶異界の門は未だ稼働している。


 虫を追うか門を閉じるかの二者択一。

 だが実際には門を閉じるための儀式は俺では出来ないので前者を選ぶしかない。


 選ぶしかないのだが、追跡するにも相当な体力と標的を見失わない視力が必要なのに、標的物は空を飛んで四方八方自由に移動でき、対し俺は森の中を木々に邪魔されながら常に走らなければならない。


 予測だけだが、すぐに見失う自信がある。

 結局どちらを選んでも無味になっていた。


 だが、それは"俺が対処していたら"の話だ。


(あの虫は障害物を無視して移動できる。 だけど空中にいる相手を、ましてや何処にいるか分からない相手を撃墜する方法は俺にはない)


 なら、そんな相手にどう立ち向かうのか。


 簡単な話だ。

 ようは奴を誘き寄せればいい。


「光よ、我が身に紐止める色彩よ、シルクを解き理を成せ──『操光シャイニー』。 ……風よ、我が身に糸巻く自然よ、シルクを解き理と成せ──『操風ウィンド』」


 俺では出来ない。

 俺では対応出来ない。

 だから出来る人に頼る。


 当たり前の事だし理解していた。

 けどが足りなかった。


 先の戦いでは……いやまあ当人のやる気も有ったんだろうがやはり俺が悪かった気もする。


 共闘するのだ。

 対等な立場で明確な指示を出さなければ共に戦う意味がない。


 だから俺では出来ない事、虫を誘き出す為の誘導魔術

 それが先生が唱えた光と風の魔力変換だ。


(やっぱりこれだけだと餌にはならないのか……なら第二段階に移行だな)


 実家でまだ暮らしてた時に通ってた森の中の修練場。そこを何十倍にも広くしたこの開けた大地を埋め尽くすほどに咲き誇る花。


 ここは中央都市から西の方面に向かった先にある自然が作った花園で、俺の知り合いが足蹴も無く通い続ける場所。


 そんな場所で戦闘を行うのは無礼だとは思うが、ともかく一大事だ。

 ここしかから、俺は辺りを見渡し標的が来てない事をハンドサインで先生に合図を送る。


「──巡り手繰り結び合い緒した赤い糸、」


 意図を汲み取ったのか、返事を詠唱で、続け様に魔力変換のその先の段階に移行した先生は右腕を空にかざし、魔力を集めている。


 収集された操風と操光は球状に纏められ、その内、光の魔力を糸のように束ねていく。


 眩く光り存在を表している操光とは真逆に透明だが透けて見える背景をぼやけさせている事からなんとか存在を確認出来る操風は球状を維持したまま一本の線になった操光がグルグルと操風に巻かれる。


「これが……魔術変換の次の段階か」


 魔力変換や[魔術:操属]を初級とするならば今、先生が行ってる術は中級。

 魔力を凝縮させて風の刃や爆炎、または複数の属性を混合させて新しい属性にさせたりするのが中級の[魔術]であり、先生はその後者の混合型を発動させている。


「混ざりて重なりて混線は一っ、……本へと重複する──」


 光と風の混合。

 本来であれば相性の関係で混ざり合わない二つが、"膨大な"力により反発を抑え込み生まれたのはなんなのか。


 その答えがこれだ。


「────偽糸エニシング・風光」

 

 花は揺れ、空気は荒れ、大地からは光の粒子が溢れるが当たりに広がって行く。


 [魔術]において複数の属性の魔力を合わせるのは基本的に出来ない。

 現象として、例えば水を熱すればお湯が出来るような反応は可能であるが、生成段階で他の属性と組み合わせようとすれば反発して失敗に終わってしまう。


 偽糸エニシングとは、純度を高めた単属性の[魔術]と異なる過程で新たな力に開花した術であり、異端な力である。


「中級の、それも混合型の[魔術]を発動するのは初めてだったので……失敗しそうでしたが」


 その声音を聞いて、俺は振り向くのをやめた。


「タロウさん……これで…舞台は完成しましました……よ……ウッ、」


 感謝をするなら言葉を交わすだけでいいし、顔や体を見たいだけならもっとしなくていい。と言うかその姿から目を背けなくてはならないのだ。


 なので俺は早急に感謝を述べて幻想的な風景と本人に泥を被らないように動かないと行けないのだ。


「先生……ありがとうございm「キィィィィィ!!オロロロロロ!!


 鳴き声と吐く声が入り混じる狂想曲により感謝の言葉を遮られた俺の脳はバグり、一瞬の隙を突いて目標の獲物は餌に釣られて頭を鏃に地面に特攻した。


 ……え、突っ込んだ? 地面に?


「ウワァ!?(奇想天外な動きをしてるチンチクリンに驚いてる)」

「み、見ないでェェ……」

「ウワァ!?!?(花に打ち掛けられたゲロとその余韻を垂らしてる先生を見て)」


 多分この光景を一生忘れないと思う。

 忘れてもふとした拍子に思い出しそう。


 それ程強烈な印象を与えた作戦第二段階、本番への布石は見事に役目を終え、第三段階つまり"本番"へと場の混沌さを置き去りに"移行"した。


「ーーーーーーーーーー」


 草木を分け、不当な輩を排除すべく"本番"自らその場に"移り行く"。


 そう言う意味での舞台整理。


 釣り糸は何も一つだけではない。

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