第36話 勇者パート/虫の知らせ
中央都市「ヒィエロファディア」
そこは神様を信仰し、心酔し、オカズに自慰する者が住まう都市だ。
とんでもない所だが、元より種族統合自由連盟は特殊な性癖の持ち主が集まり、各々の村街が発展して出来た国であるため今更気にするような事象ではない。
そんな国の代表として矢面に立つ中央都市は別に信者以外が出入りしてはいけない訳ではなく、検査は行われるが通行や住居は基本的にフリーであり、結果いろんな性癖を箱詰めした都市として出来上がってしまった。
しかし如何に特殊性癖が凝縮された場所であってもニッチな性癖と言うのは必ずある。
例えばほら、
「く、来るなァァァァァアアアア!!」
「はなせ! まだ死に、」
「痛い、痛い痛いいたいいたいいた」
「神よこの惨状をご覧におられるであれば我等に救済のお導きヲォォォ、!!」
人が叫び慄き逃げ惑う姿に興奮する者は居るだろうか?
人が脛骨を腓骨ごと断たれ胸骨は踏み砕かれ鎖骨を噛み付かれる姿に興奮する者は居るのだろうか?
人体を貪り尽くされて、死後の尊厳を犯された後に……異形化する姿に興奮出来る者は居るのだろうか?
「…………………クソ……」
古今東西から集まった変人の国だ。
あるいは探せばいるかもしれない。
だけどこの場において、必死に逃げる人々の中にその様な者は居ない。
ましてや肉がグニュグニュと溶けて固まり人体を別の生物に置換された異形の化物、それと対面してる男にもそんな性癖はない。
「間に合わなかった……っ、ごめん……」
閉じる力を無くした目は大袈裟に大っぴらに見開かれ、顎がその機能を失ったかのように縦長の穴が些細な動きに反応して動く口。
生前の面影を残しだが何度も櫛を通らせて整えられた潤んだ赤毛は今は見るも無惨に荒らされ、少女のお気に入りだったのかおさげ髪の残痕が垂れていた。
それが助けを呼ぶ声にも思えて……。
吐き気を覚えさせる生命の侮辱を目の当たりにして、しかし不自然に残った頭は少年に真新しい既視感を覚えさせる。
「───違うよ。 発症地点はここ。 だからどんなに急いでも無意味だった」
悍ましさと醜さ、そしてそれ以上に悲しさしか生まない愚行。
カマキリの身体へ完全に置き換わった装飾品店の少女はもはや面影は頭部しかなく、それが男の逆鱗を更に掻き立てている。
そこに慰めにもならない言葉が男にかけられた。
「無意味だから……なんなんだ! 徒労とでも言いたいのか!?」
「───そう。 徒労。 無駄骨。 急いで、走って、それで助けられるのは間に合った分だけ。 ここは、最初から無理だった」
「最初から諦めたら助けられる人も助けられないだろ!!」
「───だったら、ここで争ってる、場合じゃない。 お友達を救いたいなら、尚更」
「っ! ………クソッ!」
生まれての子鹿の様に覚束ない脚部で立ちあがろうとするカマキリに半透明な剣が狙いを定める。
__
『人体蘇生ニハ大量ノ魔力ヲ使ウ』
『外ニ居ル魔物ヲ狩リ尽クセバ丁度集マルト思ウ』
『魔物ハ人ノ魔力器官ヲ媒体ニ増殖スル。カラ数時間待テバ絶対ニ必要量分集マ──ソウ、今直グニ行クノネ」
 ̄ ̄
あの不思議な空間での会話を思い出し、男は胸に使命感の釘を打ちつけた。
「エレナの為に……きみ、を……っぁ────お前を終わらせる!」
踏み出した足は剛速を叩き出し、力任せに振り切った一刀は首を両断し、支えをなくした頭は宙に放り出した体と共にドサリと地面に落ちた。
「………………これで、本当……に、……助けられるんだよな………」
「───あと、百三十四匹」
それは優しさのつもりだった。
選ばれた彼に、選んだ
せめて人と見なさなければ心の傷は少ないだろうと判断しての言葉だった。
「……了解」
だが、実際には返って苦しみが増すだけ。
男のした事が許されざる事だと認識させるだけであった。
(死体を糧に増殖する……許せない…けど、もっと許せないのは……)
死者を愚弄する行為に制裁をしているのではなく、ただ、友達のために死者を葬ってる己が許せない。
醜い自分の
ーーーーーーーーー
「まさか……ハァハァ……ここまで被害が広がってるだなんて……」
「……可笑しい」
奴の仲間なのか、急いで儀式を執り行った俺たちはある場所に向かう道中で頭が異様な形をした蟷螂に襲われた。
が、逃げたあの魔物と比べれば弱く、先生が直ぐに倒した。
「おかしいって、この状況で今更だと思いますけど先生」
「……過去に魔物が複数同時に出現した記録はありません。 なのに何で2体目が……」
「それは……事例がないだけで今回がそれに当たる事象なんじゃないんですか?」
「そう……ですね。 すみません、要らぬ心配事でしたがどうやら杞憂だったようです。 ささ、早く移動しましょ」
「は、はい?」
何やら自己解決した先生だが、微笑み掛けるその笑顔は何処か気色が悪く見える。
(なんだったんだ? この魔物に何か思い当たる節があるのだろうか……)
先頭を行く先生から目を外し、倒した魔物に目線を向け、
「見てはいけません!」
「っ!?」
気配でも感じ取ったのか、切羽詰まった様子で怒鳴り声を上げる先生。
俺の目は突然の刺激に再び元の場所に意識を集中させる。
「タロウさん……生物の死と言うのは見ている者を拐かす危険な誘惑なのです。 このひ、この死体は貴方の心を揺さぶっています。 心の乱れは冷静さを掻き、これからの戦闘に支障を起こしかねません。 ……なので」
震えながら俺の右手を掴む先生の左手は今まで見えなかった臆病さを感じさせた。
「助けられる人を助ける為に急ぎましょう」
「……………」
それはなにか因果関係が違った気がした。
だが、これ以上の詮索は無意識に立っていた禁足地の境界線を越えることになる。
今は、そんな度胸試しに付き合うより使命を全うするのが優先的で。
あるいは事実から逃げたい本能からこの場から離れた。
「うっ……あぁ!! 尻が痛い!」
「大丈夫ですか? 矢張り鞍を付けずに乗馬するのは負担が大きいですね」
「でも、お陰で普通に走って来るより早く着きましたから」
予想外なアクシデントがあったとは言え、荷車を置いて馬に乗ってきた甲斐もありなんとか日を跨がないで済んだ。
しかし、夕暮れ前に決着を付けるつもりだったのに結局日が沈むまでに事態はもつれ込んだ。
こう言う見通しの甘さは今後改善していかないとだな。
「ではタロウさん、周囲の警戒をお願いします」
「了解です」
事前に決めた手筈通り作戦の要となる先生は準備を進める。
と言ってもそんな大掛かりな物でもない。
精々が体や武器の調子を見るだけで、前段階での作戦に必要なのは"声"。
だから喉や発音の状態を確認しているが、やがて大丈夫だと判断したのか、先生は口を開き、唱える。
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