第34話 過剰の僕
「ドシャッアラ!!! 死ぬかぁ!!」
左足に力を入れ、体を前に傾き右足をその方向に踏み込んで一歩。
先生の関節部を虐める柔軟の甲斐があったのか、以前なら出来なかった動きで背後から迫り来る"鎌鼬"を避ける。
「危な! あとちょっとで死────ドベッ」
そして以前までならしなかったであろう転び方で顎を地面に打つけた。
「ぁう……なんでこんな事に……」
俺は今、生命の危機に対している。
地面に転倒には慣れたが服や体が土まみれになるのは未だ慣れない。
今日で何回目だったか。
片手で数えられる先からは数えてないんだけど……少なくともこの戦闘だけで十回以上は地面を舐めてる気がする。
「タロウさーん! 早く立ち上がって復帰して。 この状態、結構キツいので長時間は続けられないんです!」
そう、器用に剣で攻撃を捌いてる先生は一体何をどう鍛えたらそんな動きが出来るのか自信より2倍近く体格の大きい外敵……いや、害虫とでも呼ぶべきかの存在相手に蹴って跳ねてアクロバットに立ち振る舞う。
「いや俺が前線に出ても足で跨いだろ……あんな動きできんて」
「こう言うのは相手の意識を誘導出来るだけでも戦闘貢献できるのです! 何より今回は貴方が主役なのですから、門を早急に閉じる為にももっと、……活躍して下さいっ!」
目の前の捕食対象?を狩るべく持って生まれた己の武器を振り下ろさんとした害虫は、逆にそれを返しの刃により弾かれ無様な隙を曝け出す。
てか戦闘中でしかも割と距離離れてるのにさっきの言葉拾うとかどんな地獄耳してんだよ。
「隙は作りました! 早く終わらせて下さい!」
「あぁーやってやら!」
「狙い目は脚で叩き折る感じにして──ってそこは腹部です! 腹です!」
「切れれば何処も同じでは!?」
「頑丈さが違うんです! ……あ、タロウさん!?」
果敢に攻めたのも虚しく切ってかかった場所は有効打なり得ず。
むしろ今度は俺が隙を晒す羽目になり、そんな絶好の獲物を奴が見逃すはずも無くあり得ん角度から攻撃を浴びせやがった。
「っ……!」
まともに食らった俺は勢いのままに吹っ飛ばされ木に打つかる。
衝撃で頭が眩み、受けた箇所から血が滴ってくる。
朦朧として来た中で、刀に自身の魔力を纏わせた先生は先程とは比べるまでも無い身のこなしで害虫と十全と渡り合う。
(あの人だけでも充分だろ……)
なんでこんな事になったか、自己回復をなる早で回す俺は状況整理の為にも思い出す。
ーーーー「いや思い出すも何もないだろ」
危ない。
危うく意識を飛ばすところだった。
剣を杖代わりに、気つけ代わりに立ち上がり意識を無理でも繋げ止める。
「鍛錬→目的地に出向する→道中、異界の門を発見→で今に至る。 それ以上に思い出す物ないだろ」
強いて言うなら目の前の害虫……いや怪物か?
まあ呼び方なんてどうでもいいか。
その未知の存在との邂逅だが、姿はカマキリで頭は蝶だろうか……そんな明らか人外との出会いは門を閉じようと準備していた時に突然現れ、襲いかかって来た。
「先生の手慣れた戦い方を見るに何度か戦ってそうだし、正体は後で聞くとして、まずはアイツに効きそうな攻撃ってなんだ?」
手持ちの武器である片手剣は奴の腹を切り裂くどころか刃すら通らなかった。
つまりまともにやっては傷は与えられない。
じゃあどうするか……先生が言ったとおりに足に攻撃するか?
……いや、
「なーんか"見られてる"っぽいんだよなぁ」
バケモンは………あー面倒い。
チンチクリンだ。今からあのカマカリ野郎は通称チンチクリンだ。
ともかくそのチンチクリンは先生の行動に的確とは言えないが鋭い反応を示す。
一歩下がればリーチの差を活かして2本の足鎌を仕掛けてくるし、一歩踏み込めば捕らえるように足鎌を動かしてくる。
とにかくネチっこく攻撃してくるのだ。
しかし先生の動きが悪いのでは無く、後手だがちゃんと返しているのだ。
なのにチンチクリンの優勢は変わらない。二人かかりで攻めても殆ど意味をなさなかった……まあそれは俺の実力不足もあるんだろうが……でも。
「あの目……人のと違って外に露出させてるが、よく見ると内側に変な模様があるな」
確か複眼だったかな。
昔、異物のなんかの本で見た事がある。
魔眼と言う特殊な目を持っていたから興味持って調べた事がある。
まあ結局、言語が分からず親に頼ったんだが。
「おかしいよね。 なんで
最近は頭に対する暴力が多かったせいか、時々言動が自分でも怪しくなる。
そんな己を反省しつつ、もしチンチクリンが例の複眼持ちなら厄介極まりない。
個眼が複数集まり一つの視覚として形成された複眼は両目合わせてほぼ全周囲見渡せるとかなんとか。
うろ覚えだが、チンチクリンの行動からして大体当たっているだろう。
だってアイツ俺が立ち上がった時こっちを警戒する素振り見せたんだぜ。後ろにいるにも関わらず。
「よし、傷は癒えた。 後はどうやってあの野郎に仕返しするかなんだけど……」
全周囲を見渡せるという事は簡単に言えば死角がないって訳だ。
チンチクリンは俺が復帰の準備を終えたのをやはり視認できたのか攻撃の手を止め、もう一体の獲物の動きにも反応出来るように位置を取り直している。
一方、先生は付かず離れず、てか何も動いてない。
まるであの人だけ時間が止まったと勘違いするほどにピクリとも動かない。
(チンチクリンを倒すためにも先生の力を借りたいんだけど……ありゃ駄目だ。 完全に手を抜いてる)
別に静止状態を維持してるからとかで決めつけてるんじゃない。今までの情報を推理すると、
・先生はチンチクリンとの戦闘に慣れてる。
・今回の戦闘の発端は異界の門
・慎重なのに警戒が見られない様子の先生
・つまり何度か類似する奴らと戦っており
・戦闘場面には必ず異界の門があると仮定すると
「門からは異物だけではなく"怪物"も出てくる」
そして先生はソイツらと何度も戦い、勝っている。もしくは退けている。
参ったな。
多分これで合ってるとは思うが、だとしたら神楽導家ってかなり重要な役割背負ってんじゃん。
世間では一般的に知れ渡っているのかどうかは家に引き篭もってた俺では知り得ないが先生からしたら既知の存在であり、その対処法も勿論知っているんだろう。
異界の門を閉じると同時にあんな怪物と戦ってたなんて……正直これから俺もその日々に加わると思ったら弟子入りしたの後悔した。
ま、まあその事は一旦保留しといて、真っ正面に居たチンチクリンがどいた事で先生と目線を交わし合うことになる。
(何だよあの早く動けよって表情。 いくら未熟者だからって実践に駆り出して無理矢理強化させるなよ。 死んだら元も子もないんだぞ)
俺と先生はそれぞれが思ってる事を目で送り合って、チンチクリンは複眼故に嫌でも両者を見つめるとか言う珍妙な三角関係が出来ている。
こん中で下手に動こう物なら瞬く間にソイツが重役を背負う事になろう。
敵であろうが味方であろうが先に動いたからには率先して攻撃しなければならない……あれなんで俺味方と争ってるんだ?
(俺が主役とか言ってたけどなーんか動きの節々から手加減とは別の物が感じらるんだよなぁ……)
主役=お前が前線突っ張れ。と暗に言われた俺だが、あんな怪物相手にまともに張り合える訳がないよ。
それこそ先の腹部への攻撃が良い例だ。
なのに先生はあいも変わらず俺を急かす視線を送り続けている。
しかしこの旅の道中、幾度となく先生の自称手加減に付き合ってきた俺から見て手加減とは違う何か。
例えるなら数十回も読んだ本に飽き飽きとそれでも読み続けてる。的な感じの雰囲気が何処からか漂っている。
(うーんどうした物か……別に対抗策は無いわけではないが、アレをやるには誰かがチンチクリンを抑える必要があるのに……)
先生ーーお願いのお目目パチパチ。
前線張ってください!
俺の邪念とでも言うべきサインは、悲しきかな。送った瞬間戸締まりされた際で意図は伝わらなくなってしまった。
(あーはい。 分かってましっっっ、た! 稲荷さん、御退場です!)
こうなってしまってはどうしようもない。
そんな宿命だったんだと受け入れて、流石に援護はしてくれるだろうと信じた俺は左手をポッケに入れ、杖代わりにしていた剣を右手で持ち上げる。
「本当はこんな脚がボロボロで片目負傷な状態で
チンチクリンに言語を理解するほどの知能があるかどうかは分からないが、剣を刺し向けた甲斐あり気色の悪い不自然な頭部が注意を俺に当て直す。
片や、周り全てを視認し恐るべき反応速度に頑丈な身体、柔軟さ、体格差、力に至る生物としての性能が桁違いの戦士虫。
片や、前者に比べると、いや比べるまでもなく全ての性能が劣る上、片目はなく、治療はしたが残ったダメージが地味に響いてる人間。
歴然とした差を理解し、だが逃れられないのだから俺は弓矢を構えるようにポケットから抜いた左手、その掌に剣を引いていく。
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