第33話 強欲は害をもたらし、謙虚さは毒を積もらせる

 鬱蒼とした森林の中に滞在する事6日目。


 巫女装束の女と素朴な服装の男は向かい合わせに剣を構える。


 それは言わば間合い。

 これより始まるのは師弟の契りを交わした師匠と弟子の稽古。

 そしてまたの名を────


「は…………やぁっ!」


 ジリジリと間合いを詰め寄り、そして来たる瞬間、師匠に当たる女は相手の木刀を叩き落とし反動で跳ね返る自身の木刀をその勢いのまま喉仏に一直線の横薙ぎ。


「……………え、ちょ、おまっ!」


 まもなく弟子の喉に圧迫感にも似た衝撃が襲い、次に体が遅れて反応する。

 攻撃を食らった頭部に引っ張られるように弟子は半円を描きながら地面に倒れた。


 ────切り込み稽古という名の一方的な暴力であった。


「、、、ガハッ! ……ハァハァ……し、死ぬ……これは本当に真面目に正真正銘、ぜぇ……絶対死ぬやづぅぅ……ぅん(瀕死)」


 情けない声を上げる弟子、もといタロウは地面を這う無様な醜態を晒す。


「あ、すみません。 勢い余って強く打ち過ぎました」


 倒れてるタロウの付近まで駆け足気味に謝罪しながら近寄る。


 準備運動、素振りに続いてタロウ達は模擬試合を始めていたがその成果はあまり芳しくない。


「普通に死ぬかと思いました……ゲホッ」

「すみませんね……こう言う練習試合にはあまり慣れてなくてつい勢い余って殺意七割で切り込んでしまいました。 本当に申し訳ないです」


 と、一丁前に罪悪感を顔に出して言うが襲撃者を返り討ちにする事が日常茶飯事だった巫女はそもそも怪我人に稽古をさせてる時点で間違いだと思ってないのか。


 ともあれ、そんな鬼畜巫女はタロウを優しく起こす。

 しかし出会ってある程度の月日が経った今だから理解してるが、この人が優しくする場面は大抵次に厳しく指導する時。まさしく親虎が我が子を崖から落とすような鞭、親の甘茶が毒となるそんな飴。

 つまりタロウの頭には飴と鞭として記憶されていた。


 加えて最近は飴2の鞭8の割合と化していた。


「あの先生……近いです」

「はい。 そうですね」

「いやですから……近いです」

「はい。 そうですね」

「はい。じゃないですよ? 立ち上がらせるのに肩を貸さなくていいんっすよ?」

「でも貴方はこうでもしないと起き上がらないではありませんか」


 稲荷からしても浅くはない間柄なのでタロウの癖の一つや二つくらいは見抜いており、その上で引っ張り上げて起こすのではなく態々肩まで貸して起こす方が効率がいいと把握していた。


「強引が過ぎる……と言うか先生はこんな不純みたいな事して平気なんすか」

「平気ではなかったら殿方と長旅をしようだなんて思いませんよ。 実際貴方は照れる事はあっても劣情を抱いてなさそうですし、ほら平気でしょ?」

「……さいですか」


 無理矢理立ち上がらせられたタロウは俯き加減に剣を拾う。

 最近はこの調子で思春期特有の性意識を揺さぶられ、それを誤魔化すために運動にのめり込む事が多い。


「だけど先生、ホントにこれ以上動いたら死にます。 身体機能が」


 そう言いタロウは痙攣してる腕を差し出す。


「はあ……仕方ないですね……。 仕方がありませんから模擬試合はこれで終わりにします」


 妥協されたその言葉にタロウはホッと、胸を撫で下ろす。


 実際これ以上続けたら筋肉痛どころでは済まないと思っていたから余計に安堵していた。


「では最後に無限素振りをして終わりにしましょうか」

「断ります(キリッ⭐︎)」

「生意気言ってんじゃあありません。 とっとと動く、ほら早く」


 無理矢理スタンドアップさせられた次にはトドメの棒振りを迫られる。

 安堵感に包まれた心を死なすには充分な仕打ちだった。


「……せんせぇー」

「なんです?」

「引き続き模擬戦オネシャース」

「了解です」


 ならばいっその事、試合を続けて気絶した方がまだ楽だと思い、タロウは全く手加減されない稲荷の太刀を成すがままに食い目を閉じた。





ーーーーーーーーーーー





「……先生、なんで急に剣術も教え始めたんすか……?」

「ん? ……起きたのですねタロウさん」


 木を贄に焚き上がる炎が顔を熱する。


 先の模擬試合からどれ程の時間が経ったのか、気絶から回復したばかりのタロウには測りし得ない。

 しかしそんな事はどうでもいい程に頭は疲労感で充満していた。


 故に過去にも聞いた質問を掘り返しても起床後の寝言にも等しく、実際に寝言程度だった。

 だから答えなくても別に問題はないが……律儀にも稲荷は口を開く。


「なんで急にですか……前にも言いましたが、剣術を指導し始めた理由には貴方に三つの欠点があるからです」


 三本指を立てて宣言する稲荷。

 タロウはまだ茫然としている頭を抱えたまま寝覚まし代わりに耳を傾ける。


「一つ目は単純に"今は"貴方に[魔術]を教えられないからです」


 自分には[魔術]の才能がない。それは承知している。

 だが、稲荷の言った事はそれだけではなくコンディション的な問題も含まれている。


 人の運動能力は常に一定でなく、その日その日で変わってくるのだが、例えば四肢のうち一つでも損失すればどうなるのだろうか。


 それが次の指摘点。


「二つ目は片目の損失による視認の限界です」


 そう。

 タロウは片目を失ってる。

 それが示唆する事は視界の範囲が減少するだけに留まらず、こと[魔術]に至っては使用不能に陥る可能性がある程に重要である。


 良くも悪くも[魔術]は使用者の思考に影響される。

 そのため普段の調子によっては魔力操作の感覚を崩してしまい、結果[魔術]が失敗する要因になってしまう。


 ましてや人体の一部を損失しようものなら再び[魔術]を行使する事は叶わない。少なくとも、だが。


「人が歩くには脚が必要なのと同じように、[魔術]を使う者にも必ず起点となる箇所があります。 貴方の場合はその眼ですね」


 稲荷は二つ目の理由で一旦区切り、解説を挟む。


「魔術師に於いて起点と言うのは弱点と同じで、要は建物と一緒です。 支柱や土台が崩れれば建造物は倒壊する、それと同じ現象が[魔術]にも起きるって話です。 無論、その部位によっては[魔術]だけではなく戦闘や生活面にも支障が出て来るし貴方の場合だと特に顕著に現れますね」

(いや分かってるんならもう少し優しくしてくれよ……)


 さらりととんでも無い事をついで感覚で言い放った稲荷をタロウは『じゃあなんで稽古の時に執拗に左側を狙ってくるんだよ』と言いたげな表情を打つける。


「で、執拗に貴方の死角を狙ったのは三つ目の実践不足を補うためです」


 またも心を見透かされたように、いや実際に見抜いた上で発言しているのだろう。


 元々勘が鋭く、洞察力も人並み以上に備えてる稲荷にとっては一月程の付き合いになる相手の考えを読み取るのは造作もない。

 ましてや分かりやすく怪訝そうに顔を歪める相手ならば、尚のことだ。


「筋は悪くないのですよ。 まだまだ未熟ですが教えた事は少しづつ出来てきてますし、ちゃんと進歩してます。 けど経験、こればかりはどうしようもありません」


 剣の才能がある者でも剣を振るえなければ意味がないし、弓の才能があっても必ず標的に当てられる訳ではない。


 その時その場で実力の100%を出せるかは異なってくる。

 しかしどの環境においても100%近くに実力を引き出せるようには出来る。


 それが経験だ。


「私はどんな相手でも刃物を押しつけられます。 自慢ではありませんよ。 自分の長所なのだから押しつけれるように鍛えるのは当たり前ですから」


 流石に『どんな相手』は誇張だが、有利不利関わらず対応出来るのは確かだ。

 証拠は稲荷のカウンター主体の戦法にある。


 カウンターとは言わば反撃。

 相手の攻撃を防ぎ、逆に攻撃を喰わせる事。

 しかしその前提には"防ぐ"動作が必要。


 稲荷はこの戦法を成立する為に数々の戦闘や修練を経て、経験を積み、ようやく実戦でまともに使えるようになった。


「とまぁ、こんな風に貴方の欠点を並べてみましたが飽くまでも現段階での評価な訳でこれからの努力次第で克服出来るでしょう」


 鍛錬して行けば、いずれ自分のように戦える事が出来る。そんな意味を込めて話を終わらせた稲荷。


 いつの間にか眠気は無くなり頭は冴え始めてきたタロウは少し不満を垂れた。


「努力次第……か……。 でも強くなるどころか回を重ねる毎にボコボコにされてんすけど……」

「先も言いましたが筋は悪くないのです。 このまま続けていけば剣術は兎も角、戦闘技術は上がります。 その為にも先ずは現状の欠点もとい弱点を克服していきましょう!」


 励ましとも受け取れるそれはタロウにとっては重くのし掛かる十字架のようにも受け取れた。


「そう気を難しくしなくとも大丈夫ですよ。 直ぐには成果が出なくとも近い未来に必ず成功と言う形で結果が表れます。 何故なら貴方にはありますから」

「…………頑張ります」


 稲荷から与えられるプレッシャーは荷が重く、また、的外れな認識は精神を心を蝕む。


 タロウは確かに"特別"な存在だ。

 今は片目を失っているがその眼には魔の力を宿し、未来を観測する事が出来るのは過去の歴史を遡っても数えられる位しか居ない。


 そう言う意味で"特別"ではある。

 しかし稲荷の思う"特別"とは違う。


 そもそも根本からして間違っているのだ。

 タロウは特別な存在であって、特別な才能を持っているわけではない。あくまでも魔眼と言う異物をその眼に宿してるだけだ。


 それはタロウの平凡な能力からしても明らかだ。何か得意なものがあっても一つの特徴に過ぎず、魔眼が無ければ優秀な研究者の息子とは思えない程の普通の人間に成り下がる。


 だからこそ起きる価値観のすれ違い。

 なのに衝突しないのは、偏にお互いの自己主張の表し方の辺鄙さと自分勝手な責任感による負い目の所為だ。


「でもまず何より最優先にやる事、体を鍛える作る事が重要なのではい。 これ食べて下さい」

「はぁ………は? え、は? ファ!?」


 実際は今すぐにでも壊れそうな危うい関係だが、と言う現実逃避にも等しい曖昧な目的のお陰で首の皮一枚で繋がっている。


 決壊する日はそう遠くないだろう。

 いつか険悪な仲になるまで、この奇妙な関係は続く。

 それまでは鍛錬なり、体を動かして気を紛らせらればいい。

 何かに夢中になれるうちは現実を見なくていいからだ。


 そう……タロウに自論を説いてる最中でも手を止めずに作業──別の呼び名では料理──によって産出された肉塊とも思える肉束がメインを飾るを食べてるのが今は最適だろう。


「先生……流石にちょっとこの量は……」

「食べて下さい^^」

「いや、だから、むr「食べなさい」」


 横槍入れられ空にではなく肉扇子に仰られる。

 今は食すのが最適だからだ。


「はい……」



 天秤が傾くのはより悲劇の「から」にはためかせた方。

 舞台のカーテンはまだ、垂れ下がっている。

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