第32話 急遽始まったスパルタ鍛錬により俺の体はボロボロだ

「いて、イテテテテテテ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタッ! 痛いです! すっごい痛いです!!」


 森林の奥地、薄暗闇の空間にて聞くも無惨な絶叫が鳴る。


 それは自分が出してる声で、自覚しているが堪える事が出来ない程に肉体への拷問に悲鳴を上げる。


「何言ってるんですか。 まだ初めたばかりですよほら、もう少し頑張って下…さい!」


 そう言って声の主は俺の背中を更に前に押し倒して……股関節からあらぬ音が聞こえた気がした。


「うぎゃァァァァァアアアア!!!」


 自分のとは思えない甲高い声が周囲に轟く。

 とてもじゃないが立ち上がる事は出来なさそうだ。


 俺は横伏せになって目を瞑る。

 そして心の中で黙祷を唱えながら今まで出会ってきた人々に別れを勝手に告げた。


(俺はここまでのようだ……さらば母さん、父さん、ヒロト、その他の人達に先生……)


 既に真っ暗になっている瞳からは涙は流れず、自分の体の貧弱さに打ちひしがれながら俺は────死んだ。


 ざんねん!!

 わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!!


──

───

────


「いやまだ準備運動の段階ですよ? 根を上げるの早過ぎませんか」

「だ、誰だって関節の可動域を限界まで攻められたら死にますって……」


 謎の集団に襲撃された日から二週間後。

 俺と先生は森の中に居た。


 理由は至極簡単。

 金が……ないからだ()


 金がないから宿に宿泊出来ず(俺が)、ましてや食事もままならないので(俺が)、予定を変更して先週、やっとの事で事故処理を終わらせた俺達は直接首都に向かおうと滞在していた街から出発し、近道であるこの森を突っ切っていた。


「何事にも堅実に、です。 準備運動だからって手を抜いて実戦で全力を出しきれると思いますか? いつだって誠心誠意努める事が強くなる近道です」


 森の中で野宿する事早数日、これまでとは比べ物にならないほどの過酷な、鍛錬により体はボロボロなのにも関わらずパンパンと手を叩いて起き上がるのを催促する先生。


 そんな煽りを受けながら軋む下半身を奮い立たせた俺は精神的反動から数日前の先生との会話を思い出していた。





ーーーーーーーーーー





「え、今なんと?」


 若干間抜けな口利きで聞き返す。


「ですから、今日から少々内容を変更して本格的に始めようと思っているのですよ」


 それに対して机を挟んで向こう側に座る女性はなんの情緒もなく事を告げる。

 だが、それは会話の一片でしかなく、本当に聞きたいのは次に語る事柄であった。


「これから貴方には渡りの儀、その最後の試練に備えて先ずは素振り千本を出来る様になって頂きます」


 冗談を言ってるようには見えない。

 なんの感情も現れない先生の不変の表情は至って真面目そのもの。曇りのない眼光は俺を一身に貫いてやまない。


 体が身震いしてるのが分かる。


 鍛錬の内容に、ってのもあるが何よりもその最終的な目的が先生を倒せと言うところに何故だか狂気じみて見えた。





ーーーーーーーーーーー





 ただ拒否権なんて言う高等なモンは弟子入りを志願してる身で捨ててるも同然で、指導されるがまま先生に従い今に至る。


「全く脆弱な。 高々準備運動如きで果てていては強くなれませんよ」

「その準備運動で死にかけたら元も子もないと思うんですけどぉお……?」

「それは貴方の体が貧弱だからです」

「体の柔軟さと強度は関係無くないですか!? むしろ弱い方が良いと思うんすけどっ!?」


 数日前から先生は……なんと言うか口調が柔らかくなった言うか、距離感が近くなったと言うか……どちらにしても初対面の時とは印象がガラリと変わった。

 それこそ俺を咎めるような毒突きが多くなった。


「まあ確かに強度と柔軟性はあまり関係ないですね。 如何に筋肉量が多くても体が柔らかい人はおり、その理由には筋肉膜を良く解しているから。 そもそも柔軟とは〜〜」


 そんな件の先生は熱が入ったのか、なんか自然な流れっぽく自身の知識をひけらかすがあんまり頭に入って来ない。


 講義が始まってものの数秒で集中力が切れた俺とは対照的に先生は熱弁している。


 本当に最近はこんな感じだ。

 変わったと先生を評したがそれは自分にも当てはまっており、なんだか前のめりに熱意が溢れてる先生とは逆に俺はやる気が湧いて来ない体たらくだ。


 今だって与えられた事を義務的にこなしてる以上の行動原理がない。


(こんな状態になったのも全部あの晩から……いや、それは言い訳か……)


 原因や理由があるにせよ、その状態から脱せられないのは自身の問題だ。気持ちを上手く切り替えられないから所謂鬱症状みたいな感じに陥るのだ。


 自分を責める事で緊張を与えて心を引き締める。そうでもしないと集中が続かないと思ったから。


「と言う理由で、例え筋骨隆々の方でもしっかり柔軟してれば体が柔らかくなります。 なので貴方も頑張れば私並みに柔軟を出来るようになりますよ」

「……なるほど……でもこんな無理な体の動かし方では逆効果になると思うんすが……」

「? ですがこの程度の無理難題は乗り越えなければなりませんよ?」

「……………」

「いいですか。 どんな困難でも諦めずに立ち向かう、そんな屈強な精神に貴方を成長させるにはこの程度で根を上げてもらっては困ります。 ほら、次は素振りですよ早く準備して」

「……はい」


 全くもって贅沢な悩みだとは思う。

 ほぼ無償で指導してもらって尚且つ[魔術]などの貴重な知識を教えてもらっているのだ。

 それなのに不満を持つなど、我儘過ぎる。


 しかし、俺には……もう理由がない。


 鍛錬をする、その根本的な目的を失ってしまった。

 なのに過去の因果が引くに引けない状況を作り、封じ込め、箱の中で踊らされる。


「タロウさん、昨日も言いましたが握り手は左手が重心に右手は添えるだけです。 それから────」


 ただ単に命じられた事をこなすだけの操り人形。


「はぁ…はぁ…っ、はい…分かりました……」


 俺は今の自分の事をそう思わずにはいられなかった。

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