第31話 今生の別れへの決心
「売りたくないです」
早朝。
太陽の日差し眩しく宿内を照らす。
暖かいと言うには少し気温が高めな空調に身を苛まられながら開口一番に出た台詞がそれだった。
「面白い事を仰いますね。 どれ、座布団を……と言っても今は有りませんから代わりに正座でもしていて下さい」
「椅子に座るのに膝を畳む必要ないと思うんす」
「それもそうですね。 ハハハ」
そう言ってお茶を啜る。
自家製茶葉らしく、製法は教えてくれないが独自に栽培した茶葉を持って来ていた。
どうやら先生の一日はその茶葉から作った茶で始まるとのこと。
あれ? と言うかこの流れ……
「濁さないでくれます?」
「濁していませんよ。 お茶は濁ると美味しく有りませんから」
「いやですから話を濁さないでって意味です」
「成程。 これは一本取られました」
ズズズゥとお茶を飲み干し、一呼吸置いてから先生は席から離れようとする。
「さ、今日で丁度1週間に成りました。 初日は互いに粗相を掛け合いましたがまあ何とか鍛練内容を変更せずに続けられました。 ここでの業務も概ね終わりましたし、それでは首都に向かって動きましょうか」
「話を! 濁さ! ない! で、下さい!」
完全に話を終わらせに掛かって来た先生をなんとか止める。
気分を害されたように、実際害されているであろうが先生は顰めっ面を隠さないが一応止まってくれた。
「濁していませんよ。 そもそも意図が不明の話題など濁す必要なく泥水で塗れていますから」
「それ俺が言った話を理解した上で逸らした裏付けになりすよ! つまり不純物だらけと仰いたいんですか!?」
「仰いたいですね。 あまりにも下らない話なのに返答してあげたのですから茶化しても致し方なしだと思います」
「と言いますか、一本ってなんですか。 大喜利とかしてる訳じゃないんですよ!」
「あら大喜利をしてたんじゃないのですか? さもなければそんなつまらない冗談聞き入れられませんよ」
踵を返して立ち去ろうとする先生。
流石にこれ以上は堪忍袋に触ると思ったが、だけど俺としては怒られても構わない程に大事な話なのだ。
小走りで先生を出し抜いて両腕を広げ、前に陣取り立ち塞ぐ。
「大切な……仲間なんです……」
「いや道具ですよね」
「長い間……心を支えてくれたんです……」
「いや逆です。 その腕で支えた方です」
「大事で……大事な人物なんです!!」
「"人"、の一言は要りませんね。 それに貴方結構粗雑に扱っていましたよね?」
あー駄目だ。
説得出来ねーや。
所詮、俺如きの泣き落としでは陥落しない砦ってか?
いいゼェ……俺の本気、見せてやるよ(暗黒微笑)
「貴方如きの土下座で落ちる程、安い
「心を読まないでください」
「手に取るように読める短絡的な思考してるのが悪いです」
そう言って先生は脇を通って今度こそは足止めされずに立ち去っていった。
「ですよねぇーそうなるよなぁ……」
腰に手を置いて溜息混じりに独り言を吐く。
今は周りに人が居ないため独り言をしても怪訝そうな目で見られる事はない。
「お金がない。 深刻で由々しき事態なのに何処か落ち着いていられるのはアテがあるせいなのか……いっそもう開き直ってるからか……」
本当は病院に入院した時点で持ち金は無くなってる筈だったのだが、そこは先生が立て替えてくれた。
しかし事件の後始末とかで一週間ほど滞在する事になった為に宿泊費で金は溶けていった。
なんなら昨日に至っては雀の涙ほどしかない残金であるために荷車で寝過ごしたのだ。
「今日でここを旅立つ……いきなり始まったスパルタ教育も暫くは出来なさそうだし、当面の金銭問題を解決すれば心安らぐ旅が出来るはず……だ」
一週間前の、と言っても魔剣使いに襲われた日から俺が昏睡してる期間も含めれば九日なのだが、その期間分に巡回する予定だった街を飛ばす羽目になった。
いや行く事自体はできるが資金が足りなくなるのだ。
いかんせんこの国は国土が広く、また東西南北から人が集まるので人口が相乗的に増加してその分、街も多い。
1〜2時間で行ける所もあれば、二日や三日掛けて着ける所もある。
だが今回はそれらを飛ばしていきなり首都に向かう。
それもこれも全部、金がないからだ。
「首都に居るかなー? 確か前にあった時は2年前だからあると思うけど」
俺らが抱えている金銭問題は割と深刻だが、今から神楽導神社に引き返す分には余裕はある。
渡りの儀だって本来は2、多くて5か所を巡るだけで良く、ここまで大掛かりに行う必要はない。今から戻っても巫覡にはなれる。
では何故そうしないかと言えば先生が律儀に俺との約束を守ろうとしてくれてるからだ。
(この後に及んで何ゴチャゴチャ言ってんだ俺。 先生が俺のために動いてくれてる以上、自分で出来る事はなんでもするって決めたんじゃないか!)
己を叱咤して気持ちを奮い立たせる。
取り敢えずは首都に居るであろう父さんの助手をしていた頃に知り合った異物研究者に会う。
そして────
「我が愛おしのダンベルよ。 悪いが売らさて貰う」
昨日寝泊まった荷車に戻ってきた俺は自分の鞄からダンベルを引き出すやいなや物議を醸さない私物に別れを告げる。
「今まで世話になった例だ。 首都に着くまでピカピカに磨いてやるからな。 ……少しでも値打ちを上げる為にもキレイキレイにするよ」
子供を愛でるようにダンベルを撫でる。
固く、硬く、後なんか冷たいのと一か所感触が違うところがある。
その箇所だけ赤く染まっていたが……まあ気にしないで持ち手を持って鞄の中に突っ込ませた。
「多分あのオッサンなら買ってくれると思うけど……まあその時に色々と交渉してみるか」
頭の中で高く買わせる方法を画策していると、歩いて来る先生の姿を確認したのでその元に向かった。
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