第29話 空の月。星屑の元にて光臨する
室内には椅子が無かったため、先生は右端に腰を下ろしてベッドに座る。
「では単刀直入に聞きますが、貴方のその目はスキル……魔眼で間違いありませんね?」
「……はい」
ズバリと聞いて来た問いに俺は否定せずに認める。
「ま、そうでないとお相手さんの動悸が不明ですからね。 まさか愉悦犯だとしても偶然、私達と対峙するには事が出来過ぎてますし、それも『魔剣』などと言う物を所持してるのなると奇遇とは尽くし難いですよ」
先程の質問で大凡の事を理解したのか、先生は自己完結気味で納得する。
「もう殆ど察しついてるようですね」
「まあ、この件は主軸となる命題さえ分かれば後は芋蔓式で解けますからね」
緩急のついた口調はハキハキとしており、間を置いてから再び質問を繰り返す俺と先生。
「それで『魔剣』についてですが……配慮の欠けた問いになりますので先に謝ります。 すみません。 けど、この件を放置しておく事は出来ないのでご理解を」
慎み深く、こちらを気遣って質問してくる。
正直言って話したくないが、今回の騒動に巻き込んだ負い目と命を救って貰った恩もあり、話さざるおえないだろう。
控えめな感情を抑えて俺は口を開く。
「俺も全部を知ってるわけではないので結論から言わせてもらうと、『魔剣』の正体は────魔眼です」
「……と言う事はあの剣の中に……」
「想像通りだと思います。 どうやって剣にしたかは前述した通り知らないですけどね」
神妙な面持ちで俺は嘘偽りのない、ありのままの事実を語る。
「なるほど……それは……とても悪魔じみた産物ですね」
それを先生は硬い表情で受け止める。
人の眼球を武器にしているのだ。
とても信じ難く、しかし、実際そんな事が出来るのは魔眼の類しかないと分かっているのだろう。
だから、あまりにも罪深い所業に苦虫を噛み潰したような表情になるのも仕方ないだろう。
「その……不躾な事をしてしまい申し訳ありません」
「────あ、いえ、大丈夫です。 別に話す分にはなんともないので」
「そうですか。 ……え?」
拍子抜けしたように目を丸くした先生。
「あーすみません、言葉足らずでした」
「は、はあ……」
「他の奴らについて話す分にはなんともないです」
「え、えぇ……」
頬を引き摺らせて難色を示す先生。
(まあ、そんな反応をするよなー)
こうなる事が分かっていたから話したくなかったのだ。
「……なんですかそのしけた様子は。 貴方、自分が何言ったのか理解しててその表情をしているのですか!?」
「………………?」
「っ!」
ドンッと勢いよく立ち上がり、先生は途切れ途切れにほくそ笑みながら己の右の拳を強く握り締める。
「ふ、ふふ……良いですよ。 ええ良いですとも!」
心の中で何か覚悟が出来たらしい。
顔まで持って来た握り拳を決心と共に振り払った。
その色白で整った綺麗な手が大々的に開かれてるのを見て俺のカンは告げる。
お前なにか地雷踏んだぞ。っと。
「久しぶりに燃えて来ましたよ! 元々あの細目エセ
「あ、あの先生? どうしたんですか急に……えっと……」
「ふふふ。 タロウさん、明日からの修行を楽しみにしといて下さい……ハハハ」
その後、先生は何かに取り憑かれたように覚束ない足取りで部屋を出て行く。
突然の狂乱に対応出来ず、呆気に取られた俺は先生の後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
ーーーーーーーーーー
稲荷は割と怒っていた。
不甲斐ない自分に、とか。
弟子の眼球を奪った奴らに、とか。
諸々の憤りも有ったがなによりもタロウの不遜な態度に苛ついた。
(最近は良くなって来たのにここに来てまさかこんな舐められ方をされるとは……)
いや、"舐められる"は正確ではない。
正しく言えば適当にあしらわれてる感じだ。
いやしかし粗末な扱いとも言える。
そんな風に訂正の訂正を重ねて自問自答を繰り返す稲荷。
もはや自分が何に怒ったのか彼女自身にも表現出来ずにいた。
「まあ良いですよ。 面倒事には慣れてますから。 寧ろどう修正してやろうか楽しみで……ふひひ…笑みが溢れてしまいます♪」
謎の連中に襲撃され、市街地からマラソンして、そして事故処理に昏睡状態に陥ったタロウの見舞いに休む暇が殆ど無かった稲荷の精神は先ほどの会話がキッカケで狂ってしまった。
今なら噴き出た怒りも笑い飛ばせる。
この時の稲荷はコズプレッソでしたニッコリ顔の圧力の時よりも更に不気味な微笑みをしていた。
「よーし私ー気持ち切り替えろー! 弟子の不始末は師匠の責任。 ならばそれを正すのも師匠を担った私の役目! 気持ち新たに頑張りましょう! えい、えい、おー!!」
夜中の病院で大声で叫び散らかす不祥事を現在進行形でやらかしている師匠はそう張り切ると、一転して険しい表情を浮かべる。
「……貴方が何を見て何に絶望したかは知りません。 ですが私に指導を願ったって事は何かしら思うところがある。 そう言う事ですよね。 はぁ……なら教えてあげますよ
生半可な気持ちで教える立場にいる訳ではない。
それなりの心情で引き受けたのだ。
例え動機が不純であっても、あの日見た彼の必死な様子は稲荷の心を引き動かすには充分であり、また自分勝手な思考も心を燃やすには充分な着火剤だった。
「────訂正させますから。その自殺願望を」
幾星霜の星の中で一際輝く月を見上げて、神楽導 稲荷は新たな覚悟を決心した。
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