第28話 自業の残痕
「ぅ……」
暗闇が横一閃に分かれて光が蹂躙する。
「あ……れ……? 俺はどうなって……」
明快な視界とは真逆に記憶が蒙昧としている。
何か重大な出来事があり、それでいて身を震わす一連があった筈なのだが……曖昧にしか思い出せない。
「それに……ここは何処だ?」
上半身を起こす。
その反動で誰かが掛けたのか上半身から毛布がずり落ちるが今はそんな事より状況確認の方が優先だ。
見渡せば、白のタイルに覆われた壁や天井に合わすように明るい茶色の木床。その床に置いてある縦長な小棚の上では簡素な作りの灯具が淡く、薄闇の部屋を照らしている。
最後に居たはずの宿は全体的に木材で、それと比べればここが別の場所だと一目瞭然。
また、今居座ってるベッドもその宿で取り扱っている物より上質なのも違和感の裏付けになった。
「まるで病室みたいな綺麗さだ。 でも、だったらなんで……あ」
ほつほつと記憶の欠片が整う。
そうだ。あの時、変な痴女に襲われて次に変な夢を見て、その夢に出てきた男が現れ……
「………は、はははっ! んな事起きる訳ないだろ。 妄想膨らませ過ぎだ俺」
勢いよく寝っ転がって一喝する。
あぁ、なーに独り言で妄想語ってんだ。
一夜のうちに起こる出来事の量じゃない。
あまりにも非現実的で、そんなのがホイホイと起こっていい筈がないだろ。
そうだ……起こっていい筈が……ない……
「だって、そんな事起きてんなら……俺、今、なくなってる筈なんだ。 だから……」
妄想だ。幻だ。夢での出来事なんだ。
そう、思いたかった。
そう、勘違いしていたかった。
だが、現実は非情に……いや言い訳だ。
教えてくれてるだけなんだ現実は。それを俺が否定してるから非情に見えるだけで、何も変わらない。
「あぁ────視えねぇや」
ゴーグルのせいで直に触れず確かめられないが、分かる。
顔の左上の部分にある窪みから何も感じられない。
実感も、感覚も、光も、景色も何も視えないし感じられない。
あるのは空虚な想いと軽くなった罪悪感。
眼を失ったと同時に吹き返した喪失感もまた、無くなった。
だが、
「亡くなってない。 俺の命は……まだ、ここに存命している……なんで……っ!」
歯痒い気持ちで腰にずり落ちた毛布を感情のままに握りしめる。
ホント、自分と言う碌でなしが嫌になる。
「死ねばよかった。 俺みたいな奴なんて生きてる価値なんてない。 なのになんでまだ……息をしているんだ!」
室内に涙声の訴えが響く。
しかし、それは無意味な発狂で終わった。
当たり前だ。
この部屋には誰も居らず、俺ただ一人なんだから。こんな訴え、無意味でしかない。
だが理解してる上で叫ばずにはいられなかった。
死にたい。
そう叫ばずにはいられなかった。
「────死にたいのなら、自殺なりなんなりとすれば良いでしょう」
そんな無意味な行為に、会話と言う価値が与えられる。
誰だと思って声がした方へ首を動かす。
白を基調とした白衣に胸より少し下辺りで帯を結んで出来たリボンが目立つ朱色の緋袴。
素朴ながらも優美で、仕事服ながらも自然の風流を何処となく感じられる衣装だ。
「なんだ……先生ですか……」
ここ数日ですっかり定着したあだ名で巫女服に身を纏わせたその人を呼ぶ。
「はあ……まったく、『なんだ』とはなんですか貴方」
先生は溜息をしながら歩いて来る。
腰まで伸びた長い髪が棚引く。
鮮やかで、嫋やかな桃色の髪は灯具が照らす僅かな光を頼りとした室内にて一際その存在感を放つ。
いっそもう妖美と言う言葉を体現した容姿は細かい気配りが行き届いた所作の一つ一つにより一層と婀娜めかしく彼女の魅力が増す。
「様子を見に来たら大声が聞こえたので何事かと思い駆け付けたのですよ? なのに貴方は……まったくこれでは無駄骨ではありませんか」
おちゃらけた雰囲気を纏った先生は寝ている俺の隣まで近寄り頬や口角を緩める。
それはいつもの微笑みにも見えて、別の視点からは疲れからの苦笑にも見えた。
「その、ご足労をお掛けしたみたいで、すみません……」
平謝りしながらも記憶の最後に映った血に染まった巫女を彷彿する。
あれは間違いなく先生だ。
推測するに、何とか敵を退けた先生はそのまま俺が居る部屋まで駆け付け、そして俺が片目をくり抜かれた所で着いて迎撃してくれたのだろう。
その後は気絶した俺を病院かなんかに運び出した。そう考えるのが妥当と言ったところか。
俺は再び上半身を起き上がらせて体勢を先生の方へ向ける。
「あ、タロウさん。 まだ安静にしていた方が……」
「いえ、もう大丈夫です」
流石に寝たままの姿勢で話そうとは思っていない。
問題なく体を動かせるのは確認してる訳だし、気持ちを切り替えるためにもまずは体勢を変える。
顔が向かい合い、瞳を交わす。
あの時見た幻の瞳は何処までも暗く、怨嗟や怨念が混じった深淵を思わせる底のない絶望の瞳だった。
に対して先生のは魅惑的でありながらも見つめれば人の温もりを感じる優しい瞳だ。
「あのですね、幾ら自傷壁をお持ちであっても怪我人なのですからもっと自身の体を労って下さい。 ……と言いたいですが、そうですね。
声色が変わる。
甘美な声音から、威圧するような低音に様変わり。
もう黙ってはいられない。と判断して、何処か既視感を覚えながらも彼女の質問に俺は応答する。
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