第27話 魔剣 十一太刀目
それは平々凡々と言うに等しい毎日だった。
朝起きて、飯を食って、暇を持て余して、飯食って、昼寝して、夕方起きたら飯食って寝る。
生理現象や食寝を繰り返すだけの生活。
なんの変哲もない。なんの寸劇がある訳でもない。
ただの日常。
だが、それは崩れた。
「ねーねー君、なんてなまえなのー?」
変わらない日々に嫌気が刺した訳じゃない。
ただ、気紛れに外を探検したくなって────そしたらその少女と出会っただけだ。
「…………」
「アレ、きこえなかった? もしもーし!」
少女は近づき、身振り手振りで自分の存在をウザいくらいに大体的に示す。
「人がたずねてるのにむしするのはひどいと思うんだけど! ……ねえってば! むししないでよ!」
「じゃあ聞くけど……あなた様は何の要件があってここを訪ねてるのですか」
そう言い俺は人差し指を立てて下の方、自分が立っている地を指す。
それに対して見知らぬ少女は疑問符を思い浮かべてそうな表情で首を傾げて、何かを閃いたのか次の瞬間には満面の顔で正気を疑う発言をする。
「そんなの────"冒険"をしに来たに決まってるでしょ!!」
そう、元気溌剌な声で言ったもんだから俺も吹いたよ。
少女は「笑わないでよ」って言ってくるがあながち満更でもない感じだ。
「ああ悪い悪い。 てっきりお客さんかと思ったから」
「お客さんと言うよりは冒険者ね!」
「そっかそっか冒険者か……なるほどね……ふぅ……父さーん! 母さーん! 庭に不法しんにゅうしゃがいるー!!」
俺は、無断で他人の家の敷地に踏み入った少女を両親に訴えた。
その後は色々と一悶着が合ったが、結果的には友達になった。
それが『あの人』との出会い、そして乾かく事のない願望の始まりだった。
ーーーーーーーーーー
「なんで……ここに……」
驚愕。
これでもかと言うほどに見開かれた俺の目に、とても信じ難い光景が写る。
「────────」
何かを話してるように見えるし、何かを伝えようとも見える。
ただ目の前の人物は……俺に生きる目的を、願望を、夢を与えてくれた恩人。
そして、かけ甲斐もない友人。
「あ……あぁ……」
呆然とその姿を見る。
いや、見惚れていたと言ってもいい。
だって、その少女はあの頃から何一つ変わらずに、あんな事があったのに、まるで全て嘘かのように俺の──友達はそこ居た。
「────────」
手を伸ばし、歩み寄ってくる。
再会を祝した挨拶代わりなんだろう。
それに、その行為に、感傷に浸って俺の心は揺さぶられて。
そして────怒りが湧いた。
「ふざけるな……ふざけるなぁっ!!」
稲妻、走る。
血溜まりが蒸発したように消え、電流が周りに渦巻く。
眼光血走る目で睨める。
「殺してやる! テメーだけは絶対に!!」
怒気、憤怒、憤激、憤懣、勃然、梗概、憤然、剣幕、呵責、豪腹、激昂、業腹、赫怒、激憤。
怒りを表す言葉が不自然にだが頭に思い浮かんでくる。
だけどそんな事はどうでもいい。
「許さない……っ!! テメーはここで、今すぐ消し炭にしてやる!!」
『魔剣』による幻覚か。
あるいは別の要因か。
……どっちでもいい。
奴は……侮辱した。
よりにもよってアルマンは、このクソ野郎は俺の憧れの人を幻で再現して今はもう叶わない事をさせて、汚した。
許せない。許しておけない。許してはいけない。
コイツはここで、俺の手で、
「殺す!!」
右手を、前方に突き出す。
手のひらに力が集中していくのを感じる。
俺は変換した魔力を制御するのが苦手だ。
だから巧みに操り、技として相乗効果の乗った[魔術]を扱う事はできない。
しかし、ただ魔力を流すだけなら俺でも出来る。
電流の矛先を眼前に構え、一撃で葬る。
逆流する電撃に身は壊れそうになり、だが、俺の"憧れ"を、幻で形取って彼女を弄んでる事を思い、殺意で痛覚が消失する。
歯が砕けるほどに噛み締めて、硝子越しに狙い定めた幻に凝縮された魔力の塊を放射する時、
────声が聞こえた。
「また……破る…の……?」
それは正しく俺の記憶通りの声音で、懐かしく愛らしいその人の姿形で綴る言葉に俺は怯み躊躇った。
一瞬で片付けなければならないのに、俺の思考は止まる。
「あの時の……約束を……」
約束。その二言が胸に刺さる。
自害した時よりも、早く。
死にかけた時よりも、激しく。
鼓動が鳴る。
「酷いよ……タッちゃん……また、裏切るなんて……」
「ちが……裏切って、なんか……」
「違うの?」
幻はゆっくりと、確実に近づいて来る。
これ以上は不味い。
近寄らせてはいけない。
そう分かっているのに、体は、頭は、動かない。
「また会おうねって言ったのに」
心を抉る言葉。
頭部を左右に振って否定する。
「指切りしたのに」
胸が締め付けられる言葉。
小指を拳の中に隠して否定する。
「いっぱい話して、いっぱい語り合って、いっぱい夢を見て……なのに」
捲し立てられる言葉の数々が俺を刻んでいく。
もはや、口を閉じて黙る事でしか否定出来なかった。
「なのに────また裏切るの?」
もう……やめてくれ……その人の姿で、その人の口で、それ以上言うな。
「無理だよ。 だって、殺されたんだから」
心の声が聞こえるのか、幻は直球に言う。
「君に、裏切られて、陥れられて、殺された」
少女と目が合った。
いつの間にか両膝をついていた俺の視線の先に、見下ろすでも見上げるのでもなく同じ目線の線上で幻は佇んで居た。
もう、歩く必要はない。
腕を伸ばせば届くくらいに距離は縮まっている。
見れば口元は自嘲する声とは反して無表情で、鋭い眼光が俺を貫く。
「殺した」
……違う。
「殺した」
助けようと、……した!!
「殺した」
救おうとしたんだ!!
「でも結果的に殺した。 君の所為で、この身は死んだ。 君のその眼で、殺されたっ!!」
「……………」
瓦解する。
自尊心で取り繕ってきた精神。
背き続けてきた現実。
封じ込められていた罪悪感。
あの日から今まで取り繕って来た自分の全てが、瓦解する。
あぁ……そうだ。俺が、殺したんだ。
「分かった? でも安心して」
少女の手に剣が握られている。
剣先を、側頭骨を通じて結ばれてるゴーグルの紐に置いて器用にも切る。
「苦しませない。 その眼で奪った命はその眼に償って貰う。 だから、もう楽になっていいよ」
優しい声で幻は……いや、俺の友人は許してくれようとしている。
そうか。
楽になっていいんだ。
肩の力が下がり、緊迫で伸ばされた背筋はだらけ、腕は力なくぶら下がる。
凝縮された電流は既に空中に放電している。
だが、そんな事もう、どうでもよかった。
眼に剣が突き付けられて、グチュグチュと奇怪な音を出しながらくり抜かれても、激痛で脳の一部が機能しなくなっても、どうでもよかった。
だから────返り血で濡れた巫女が残った片方の眼に映っても、どうでも……。
そこで俺の視界は暗転した。
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