第26話 魔剣 十太刀目
それを見た途端、俺の脳裏に悪夢が、蘇った。
驚愕で見開いた瞳にはとても実践向きではない形状の武器が、映り込む。
眼が、眼が、見てくる。
見ているはずなのに逆に見られてるような、見せられてるような感覚が俺の中に木霊し、心を崩壊させる。
「んで……それをテメェが持っていやがる!」
記憶にある形状とは一致しない。
だが、断言できる。その武器は……その剣は、
「────『魔剣』。 ……あの時破壊した筈なのに」
恐怖がその影を俺に伸ばし、それよりも大きな怒りの感情が影を殺す。
「おー怖ぇ怖ぇ。 俺タチ、一応は初対面だぜ? いくらお前さんの妄想の中で会っていても初対面の相手にそんな態度はないんじゃーねぇーかぁ?」
「…………チッ」
クソッ! イラつく!
コイツの喋り方や言動、持ってる獲物全てが俺の琴線に触れてきやがる。
しかし、激情の渦に飲み込まれては相手の思う壺だ。怒りで高まる鼓動をなんとか抑え込んで状況を整理する。
まず俺は自ら仕込んだ"罠"によって封殺されている。
(なんでバレた……いや、奴は『魔剣』を持っているんだ。 理由や過程を考えても無駄だ。 それよりも……まずはこの状況を何とか抜け出さないと)
跪くような体制をしている俺の周りには血溜まりが広がっている。
それは起爆剤。
奴が足を踏み入れたら発動しようとしていた[魔術]の罠。それが逆に俺の首を絞めて追い詰めていた。
ーーーーーーーーー
[魔術]と言うのは発動の仕方や土台となる物によって分類が異なって来る。が、それでも共通する仕込みがある。
魔力変換。魔力を例えば火などに変換する際に用いる術だ。
魔力は体内に溜められているとされている。なんでも魔力を操る器官と言うのが俺達の身体にあるらしく、そのため体外の魔力を吸収して貯蓄しているのだ。
そしてその魔力を変換し、特定の物理現象にするのが[魔術:操属]だ。
これが正式名称であるが[操◯]と略す事が出来る。(◯の所には各属性の一文字が入り、火なら操火が、水ならば操水になる)
つまるところ魔力変換は[魔術]の土台で、これが無ければ[魔術]は成立しない。
そして魔力器官が体内にあると言う事は無論、その周辺にも魔力の影響が生じる。中でも血は影響を受けやすいのか少量であるが魔力を含んでいる。
だから俺はこれらを使って奴を迎撃するつもりだった。
【未来視】で見たアルマンは、剣を使っていた。
剣の種類までは分からなかったが武器種から近距離で戦うのは流石に分かるし、それに対する策に為に自ら腹を自傷した。
血には魔力が少量だけだが混じっている。例え一滴一滴が露に等くても、多量になれば脅威に成り得り、[操属]を発動するだけならば充分に機能する。
奴の性格を完全に理解しているわけではないから用心深くトドメを刺しにくるか、はたまた傍目からは死に体にしか見えない俺を死んだと思い込んでどっかに行くのか、賭けでしか無かった。
だが、どっちにしたってどうでも良い。
後者であればそれで凌げたし、前者であれば近づいて血溜まりを踏んだところで血を魔力変換すれば良い。
そうすれば任意で発動した[操属]が発動し、無力化を測れる事が出来た。
のに……
「まぁーこの窮地の中で思い付いたにしては、中々良い線行ってたんじゃねーの? 結局のところ無駄だったけどな」
「っ…………」
どうすれば良い?
どうすればこの状況を切り抜けられる?
いや、これくらいの策と言うには些か簡易過ぎる罠を見破るだけならば簡単だ。しかし、奴は俺が生きてる事を前提に第一声を上げた。
大量の血にべっしりと血痕が付いた持参の剣がそう遠くない所に転がっている。
これだけ見れば他殺か、絶望して自害したと見るのが当たり前だろう。
なのにも関わらず俺の生死を遠くから見極めた?
一体どれだけの戦場を潜り抜けてきたんだよ。死神の目でも持ってるんか?
でもまあ……それがあり得させるのが『魔剣』なのだ。
(ともあれ、意表をつかれてまんまと動揺を露わにしたのは失策だ。 だから今度は同じ事を仕出かさないために……落ち着け、激情を抑えろっ!)
憎悪が雪だるま式に膨れ上がるのを堪える。
ここは我慢だ。
いくら過去の因縁があろうと、恨みがあろうと冷静さを欠くな。
リミットはそう長くはない。
【未来視】で見た最後の光景、それが俺の背に追い縋って来ている。
すぐ、そこまで。
「さぁてっと。 どぉうしたもんかなーこの硬直状態を解消するにはなぁ」
アルマンはそう言い背伸びをする。
臨戦体制とは程遠い姿に釣られて思わず気を緩みそうになる。
こっちは緊張を解けないってのに気楽そうに欠伸までしやがって。
「そんな睨むなよー俺様だってこの状況をナンとかしたいけどあからさまな罠に飛び込むのもナー……あ! じゃあこう言うのはどうだ? 俺様が今からその中ぁに踏み込む、そしてお前さんは罠を発動させ、俺様はそれに耐える……ってのは良い案だとは思わないか? お互いにしたい事を果たせるし、ヨォ?」
緩慢な雰囲気を醸し出し、不用心に近づく男。
もはやふざけてるとしか言いようがないその態度は童心を思い起こし、幼稚で……幼稚……で……あ…れ………?
目の前がボヤけて、次の瞬間には敵は居なくなり、代わりに────
「なんで……あなたが、ここに……!?」
────1人の少女が居た。
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