第25話 魔剣 九太刀目

 暗闇に染まった街。


 明かりの無い道通り。


 木材で出来た家並みを超えて、人々に踏み鳴らされた地面を砂埃を舞わせて走り抜ける影が一つ。


 奔る、奔る、奔る。


 ともすれば風より速く。

 軋む脚などに構わず街中を駆け抜ける。


「はぁはぁはぁ……っ!!」


 捩れる腹は胃液を掻き乱し、固唾を飲み込む喉は枯れ果て、隈なく血液を循環させる心臓は心音と言う悲鳴を上げる。


 あまりの身体の酷使に全身の筋組織はパンクアップし、それ以上に過労で絞れていく。


 限界を迎えた体の訴えに意志は屈指そうになり、だが、一人の少年を思い、心身はそれに呼応する。


 再び前へ進む力を意志の強さにより得た影は無我夢中でかの少年がいる場所へ、行く。


「……はっ……はっ……ぁ……」


 弱くなり続ける吐息。

 もはや悲痛すら感じるほどに必死な形相。


 何がそうさせているのか、何がそこまで動かせるのか。



────そんなの決まってる。あの日、施された"空"に報いる為、それ以上に────



 影は……「神楽導 稲荷」は目的地、少年が居る宿に着くなり草臥れた脚を引き摺るように動かす。


 その彼がいる部屋へと。


「っ…ぁ、はぁはぁ……タ……ロウさん……?」


 目を伺うような光景。

 否定したい現実。


 瞼を閉じ、瞳から逸らしたい事実を、しかし直に受け止めて前へと歩を進める。


 まだ、助けられるから。


「タロウさん────を、開いてっ!!」


 断末魔の如き怒号は……少年に届きはしなかった。





ーーーーーーー





 [魔術]と言うのは万能ではない。

 基本的には物理法則に沿った、例えば火を起こすには何らかの物を媒体に熱を発生させて燃焼させないといけないように[魔術]もまた、何かを燃焼させて発生している。


 と言っても例外はあるし、その例外が俺のスキル【未来視】だ。


 誰が考えてもあからさまに物理法則の域を超えている代物が俺の眼球になっている。

 全くもって理解の埒外であるが元より自力で解明出来るとは思ってはいない。


 そしてはそれは[魔術]にも言える事だ。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛────あ……ヤバい……マジで死にそう)


 温かな、それでいて冷たく感じる鉄の匂いがする液体に浸りながら俺は……死にかけていた。


「………………」


 こうなった原因は他でもない。

 自ら切腹して自傷したからだ。


(もぅマヂ無理……気絶しそう)


 口は開かず、腹の致命傷から来る激痛を心の中で叫ぶ事でなんとか緩和……いや無理だ。


 すっっっごい痛い!

 すっっっごく痛い!


(こんなん耐えられる訳ないだろぉ……!)


 しかし、それでも俺は生きている。


 とっくに死んでもおかしくない程の量の血を流して尚、生きている。


 その理由は勿論、前述した[魔術]であり、今発動しているのは自然治癒を強制的に早める物だ。


(スキルに引き続いてやっぱこの[魔術]もおかしいよな。 治癒が物理の範囲にあるってんなら分からんでもないけど……何故でか納得出来ない)


 ともあれ、なんとか一命を取り留めている俺はうつ伏せに倒れてる形で顔の左側を地面に付けている。

 目的は木床から伝わる振動を耳で聞き取り、"あの男"が近づいてくる事を察知するためだ。


(……今のところは特に近付いてくる様子はない。 いや、そもそも近くにいるのかさえ定かではないけど)


 俺の【未来視】は未来を観る事が出来る。だが、言ってしまえばそれだけであり、予知するわけではないので観た出来事からどう言う未来なのかを推測する必要がある。


 そして、ここが一番の欠点なのだが、あくまでも【未来視】は未来を観るだけなので視覚以外の感覚は共有されない。


 ……その筈だった。


(何にしてもここを切り抜けないと。 考え方はその後だ)


 ひとまず敵と思われる"あの男"……アルマンに備えて俺は気を引き締める。


 轟々と、まだ燃え続けてる炎が轟音を俺の耳に届けて────その音に紛れて微かに聞き取れた足音に俺の心臓は飛び跳ねた。


(奴が……今、近づいているのか……?)


 確信はない。


 迂闊に周りを確認出来ない状況の中で、音でしか区別しなければならない俺にはこの足音がアルマンなのか、騒ぎを聞きつけた別の誰かなのかは判断のしようがない。


 だが、炎に拒まれて先生の元に駆けつけられないように、同様の理由で第三者がこの部屋に来る可能性は低いだろう。


(状況証拠的には奴である可能性のが高い……どうする? ここで罠を始動させるべきか否か)


 別の誰かかもしれない不安要素に俺の心は揺さぶられ、決断が 「はいはいはい成程ねェ……危うく踏み込む所だったぜ」 鈍る。


「っ!?」


 足音は血溜まりの前まで来て、止まる。

 その代わりと言わんばかりのキザな台詞に俺は思わず顔を上げてしまう。


「よう、また会ったな。 と言ってもお前さんと会ったのは妄想かな? そん中らしいけど」

「なんで……それをテメェが持ってやがる!!」


 両腕を支えに見上げた俺の目に、生涯忘れもしない記憶に刻まれた物体トラウマが映り込んだ。

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