第24話 魔剣 八太刀目

 蛇腹剣が張られた瞬間、稲荷の頭によぎったのはあの爆発だ。


 吸収していた炎の量からして爆発力は然程ないだろうが至近距離で喰らえば話は別。

 轟々と燃える炎に飛び込めばどうなるか、文字通り火を見るよりも明らかだ。


 思考が一旦止まる。がすぐに立て直す。


 爆発を喰らわない方法?

 そんなの安全圏まで突っ走ればいい。


 [魔術]の効力はまだ残っている。

 足に力を込め、跳躍。


 同時に刀を投げ抜き。

 蛇腹剣の網を潜る時に引っかからせない為とワザと衝撃を与える事で気をそちらに向かわせ、隙を作らせると同時に近くに来た事を隠させるのが目的だ。


 駆け巡る策略は音速じみた速度で進む稲荷と比例せず、あまりの速度に視界が追いつかないが直勘でカバーし、炎が通る前に隙間を通り抜けフロムチレンの背後へと着地した。


 結果的に爆発ではなく炎の壁だったのだがこの行動が功を奏しフロムチレンに関節技を決めて拘束することが出来た。


「さあ……話して貰いますよ。 洗いざらい、全部、私が気になってる事、全部。 何故なら本気で殺しに来た貴方は本気で殺さないようにした私に"大敗"したのですから。 圧勝した私に報いるのは当然ですよね? 何故なら命を救って上げたのですから」


 図々しい事この上なし。

 柄にもなく意地の悪い事を言う稲荷にフロムチレンは溜息と共に一言。


「巫女の姿か? これが…」

「お黙り。 私は今とっても眠いし疲れてるしで疲労困憊この上ないのです」


 夜更かしは肌に悪いと言われているが稲荷もまた、女性であるため肌の手入れなど美容には気を遣っている。

 しかし身を削るほどの激戦の後だ、今夜はそんな事など置いといてグッスリと眠ってしまいたかった。


「まあ……ゆっくり休ませてくれる暇もないみたいですが、はあ……睡眠何時間分でしょうかね」


 迫ってくる感触に押されて後ろへ飛び下がる。


 フロムチレンは満身ながら稲荷とは逆に前へ前進し、その姿が頭部から肩、腹までの上半身が見えなくなったのち下半身も徐々に消えていく。


「お仲間さんが倒れるまで補助に徹し続けていたのは彼の火力の際でもあるようですが、この空間の維持に専念する方が大事で、その空間維持していたご本人自らが出て来たって事は他には仲間が居ない。 違わないですよね?」

「────うっせぇなぁ」


 空間が裂ける。

 裂け目から小柄な男が現れて、少年の見た目に反しない身の丈に合った短剣の刃先を目の前の女に向ける。


 狙いは刺突。


 息を吐いて吸って緊張感を再び体に充満させる。


(刀は……燃え切ってしまいましたか……まあ無理もありませんよね。 あんな炎の中に放り込まれて炭にならない火炎耐性なんて持ってないですし、もしかしたら刀身は残ってるかもですけど)


 稲荷は下がる足元に真っ黒影になった刀を惜しみながら遠ざかるのを見送る。


 少年はそんな稲荷の、間合いを取るには離れ過ぎていて、今なお下がり続ける様子を怪訝そうに傍観する。


「おいお前、一体何して────」

「ま、代わりになる戦利品を貰いましたから今回は良しとしましょうか」


 それを合図に駆け出す。


 言うなれば陸上選手のような見事なスタートダッシュを決めた稲荷はフロムチレンの仲間を置き去りに廊下を突っ走る。


「ぇ…………て、逃げぇんじゃねぇぇえええ!!」


 一瞬の絶句。

 過ぎ去る稲荷を呆然と見ていたが気を取り直して追いかける。


「にしても、本当に持ち難いですねー。 鞘とか無いんでしょうか? まあ形状からして無いんでしょうけど」


 ギザギザな両刃、刀身から柄まで赤く塗装された剣を稲荷は走りにくそうに持ち去る。


 フロムチレンの手から『魔剣』が離れ、効力が切れたのか蛇腹剣はそれが通常状態なのか伸びた刀身を片手剣のように戻っており、稲荷は拘束を解く時、床に落ちた『魔剣』を抜け目なく盗み出していたのだ。


(そう言えば彼、フロムチレンさんは最後の攻撃でアイトワラスとか言ってましたけど……もしかしてこの剣の名称なのでしょうかね)


 冷静に、努めて冷静な心情で行ってる言動は外道な巫女は盗み出した物品について考える。


(能力を解放?するには専用の呪文らしき詩と2字の言葉が鍵。 それ以降は同じ事をしなくても任意で発動出来る……[魔術]とは根本的に違うみたいですね。 あっちは逐一呪文を唱えなくちゃ使えませんから)


 先程の戦闘でダメージは残っているが走るには問題なく、小走りよりは速いが本調子ではないスピードで無限に続く廊下を走る。と、不意に背後が気になりチラリと見て稲荷は感心した。


「おお……この空間を保つに力を使ってるから余裕がないと思ってたのですがまだ、余力があるようで」

「………お前のせいで……それすら無くなり欠けているが、なっ!!」


 アクロバティックに宙を舞い、軽やかに強かに壁を蹴り、稲荷を追いかける少年はサーカスのようなアクションを異能な力を駆使する事で再現し、脅威の追跡能力を発揮している。


 そして、稲荷との距離が充分縮まったのを視認し、次に踏み込む足に精一杯の力を加えて壁を思いっきり蹴る。

 一気に間は縮まり腕を伸ばせば稲荷に短剣を突き付けられる所まで来て床に着地、すぐさま刃先を稲荷に向けて────刺突。


「はっ!」


 気を吐き出した掛け声に続いて繰り出される攻撃は真下から突き上げる形で稲荷を襲い、対象の視界外、つまり、真下と言う人が視認しずらい死角に襲撃する。


 振り返る余裕はない。

 何故ならそれよりも先に刺突が命中するからだ。


 しかし敵の位置を確認しなければ至近距離の攻撃を防ぐにも避けるにも難しく、稲荷の主力とするカウンターもまた、道理である。


「……チッ、やっぱりか……」


 ただしその問題は歴戦の猛者ならば容易く解決でき、日々、数々の襲撃者や挑戦者を相手とって来た歴戦の猛者であるこの巫女もまた、容易に掻い潜れる。


 敵が懐近くにまで近づいた事を察知し、攻撃されるタイミングを数多の戦闘を経て得た経験から来る直勘で予想し、バク転。


 結果、逆に少年の背後を取る事で刺突を回避した。


「で、結局貴方達は何者なんですか? この奇妙な剣と言い使用した術と言い……とてもじゃありませんが真面な手段で仕入れたとは思えませんね。 それに────」


 盗んだ『魔剣』を少年の首筋に刃を向ける。


「────何故、私を殺せる時に殺さなかった」


 積もる不自然さ。

 彼らはこれ程の強大な力を持っているのに何故に自分は今生きているのか、敵から奪った剣で脅迫している現在だって殺そうと思えば殺せるはず。

 空間を操る力ならば稲荷の四方八方を囲み閉じ込め収縮させれば圧殺することなど容易い。


 それをしないのはつまり彼らには何かしらの目的、使命があるから。


 それを裏付けてカマかけた稲荷は、綴る敵の言葉に絶句する事になった。

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