第22話 魔剣 六大刀目
「はぁ…はぁ…はぁ…っ……」
噴煙の匂いが鼻を燻る。
激しい倦怠感に体は抗えず横たわり、稲荷は辛うじて爆炎から身を守っていた。
「ほう……あの炎の中を生き延びたのか。 つくづく最強と謳われることだけはあるな」
燃え上がる炎。その火中から男は出て来た。
操っているのか、蛇腹剣を引き摺りながら歩く男を炎は避けて道を開ける。視界は煙や熱気で良好とは言えないが目の前で横たわる女一人を見るにはわけない。
「全く……団長殿も無茶をさせてくれる。 こんな強敵、『魔剣』が無かったら返り討ちに遭ってたぞ」
見せびらかすように剣を振り、どう言う原理か鞭みたいに伸びていた刀身は些か歪ではあるが両刃直刀のショートソードになった。
蛇腹剣はリーチや連続攻撃性に優れているが通常の剣とは違い、一切りで相手を殺すのは難しい。
確実に殺すために形態を鞭の状態から片手剣に変えて、稲荷の首元に狙いを定める。
「一太刀で介錯出来ぬならすまんな」
そう言い男は剣を振り下ろす。が、
「────一瞬遅かった、ですか」
首元に鈍い一筋。
すんでのところで止められた刀が、男の首に差し迫っていた。
時が停止したと感じる一瞬の間に思考は退避しろと命じ、男は動こうとして腹部に蹴り。
相手の次の行動を予測した稲荷が両足で蹴りを入れてその勢いのまま宙返りしながら男との距離を離す。
「完全に不意を獲ったと思ったのですが……どうやら推測の一つ、厄介な展開が当たっていたようですね」
溜息をし、右腕で多少汚れた巫女装束を叩く。
「最低でも後もう一人と戦わなくてはならないですか……全く、幾ら予備の服があると言っても粗末に出来ないのに……」
稲荷は無くなった右腕の袂を見てもう一度溜息を吐いた。
ーーーーーーーーーーー
(あ、これ[魔術]じゃない。 似て非なる物だ)
男を中心に発せられた爆炎。それを何とか防いだ稲荷は袂に飛び移った火を消そうと腕を振るが、火は消えず服を燃やそうと侵食してくる。
仕方なく刀で袂の三分の一の面積を切り落としたのだが、その落とした部分を燃やし尽くしてもまだ消えぬ火に違和感を感じる。
(普通、火は何かを燃やして起こる現象。 なのにこの火は燃えている。 燃焼する為の燃料が尽きても)
[魔術]と言うのは大まかに説明すると人の身で自然現象を起こす事だ。魔力が高ければ起こせる自然現象の規模も上がり、逆説的に物理の範疇でしかないのだ。
それを、元は魔術師の家系の者だった幼馴染のエルフェイスや家名を受け継ぐのだからと指導されていた[魔術]の習い事で得た知識と経験から理解し、目の前で起きてる現象は物理外の物と判断した。
そもそも詠唱の所からして基本的な[魔術]とは違っていた。
(一般に流通しているのは口詠唱を使った、口で呪文を唱えて発動する[魔術]。 だけどさっきのアレは当てはまる所はあっても相違していた)
思い返す。
男が詠唱らしき構文を読み、その後に起きた爆炎。そして最後の一文。
(タロウさんと関係があるのでしょうか? もしそうだとしたらあの剣の正体は……)
稲荷は事の真相に勘づき背筋に怖気が走り、それよりも炎の轟音に混じって聞こえる歩く音に警戒する。
何はともあれ今は目の前の戦闘に集中しなくては、と気持ちを切り替え、敵の未知の力と構成人数を把握、それと疑問の解消のために稲荷は抜刀しやすい位置に刀を置いて床に寝た。
(これが上手くいけば『魔剣』の謎が解ける。 それを確かめるためにも先ずは、死んだフリっと)
ーーーーーーーー
かくして稲荷の目的通り死んだフリ、正確には瀕死のフリ作戦は成功し、男に奇襲することが出来た。
「我ながら穴がある作戦でしたけど……まあ結果良ければ何とやらです。 と言うわけで大人しく投降してくれませんかー! 生きてるのはわかってますー! のでここで引き退ってくれれば私も無駄に切る事がなくて済みますのでー」
「……チッ、あん爆発に耐えて尚且つ反撃を加えるとは……一体どんな手を使ったんだ化け物め」
炎が弱ばっていく。
男が持っている蛇腹剣に炎が吸収されていく光景を見て稲荷は「やはり……」と呟く。
「簡単な事ですよ。 先が見えない廊下、攻撃を拒む見えない障壁、そんな不可思議な事が連続して起こっている以上[魔術]を警戒するのは当たり前。 ならば咄嗟に逃げられるよう心構えをしとくだけです」
草履を履いた足をトンと床に叩きつける。
その動作で男は直感した。
「まさか、風の[魔術]で炎の流れを変えたのか!?」
「まだ未熟ですがね。 そのお陰でほら、袂を切る羽目になりましたよ」
腕を左右に振って残ってる部分の袂を揺らす。
そう。稲荷はあの瞬間[魔術]を巧みに操って爆炎から身を守っていた。
火では火力負けし、水では相殺できても水蒸気で体を焦がしてしまう可能性があったりと風の[魔術]でなければ防げなかった。
もっとも、完全に防げた訳でもなく誤魔化しているが爆発のダメージは心身に響いていた。
「まあでも、その甲斐あって『魔剣』についてある程度分かりました。 その剣には魔力が込められていて、特定の行動をすると[魔術]のような術が発動する。 けど、単発式なのかそう言う制約なのか連発して発動出来ない。 出来たら何発も出して私を仕留められたはず。 消費が激しいのですかね、だから吐き出した炎を吸収した。 それでももう一度使うには足りないようですが」
自分が至った答えを言い終えた稲荷の様相は平然としているが痩せ我慢にすぎない。
会話をする事で回復を図っているが内心焦っており、眼前の敵もまた稲荷と同じ焦燥に似た表情をしていた。
「その様子だと……俺らの仲間内も把握してそうだな。 いつから勘づいていた?」
「何時からっと申し上げられてもさっきとしか言えないんですけど……まあ引っかかったって意味なら私が最初に攻撃した時ですかね」
見えない障壁によって不発に終わった初太刀、けれど不発のままで終わらせない。
汲み取った違和感を抽出し、戦闘の中で分析していた。
「その剣は私の持っているのとは違い、四方八方から切り付けることが出来る。 ですが当然、持ち手も剣を動かすために降らなければならない。 そこで思ったのですよ。 どうして腕が壁に打つからない?……って」
蛇腹剣は直線で一投するのではなく鞭の要領で振るため不規則だ。
無論、腕の位置も定まらないため動きを読むのは容易ではない。しかし、ならば何故、自分を守っている見えない壁と打つからない?
それだけ動かしてるのであれば必ず何処かで打つかり、逆に攻撃の邪魔になる筈なのにその素振りどころか壁を無視する勢いで攻撃を仕掛けていた。
「ですので私はこう考察しました。 貴方が使っている『魔剣』の能力は炎を出すだけでもう一人、この空間や見えない壁を作っている人物が居る……と。 勿論、空間を維持するのに力を割いてるから炎や壁を作るので精一杯、本当は空間と炎を操る事がその一本に込められているのであれば話は別ですけど」
名探偵っぽく話しているがただの辻褄合わせでしかなく、深く考えなくても誰でも分かる事実だが回復するためには少しでも長く話す必要がある。
稲荷は剣呑な雰囲気に帯びた男を睨めるように紫色の瞳を向ける。
「………ふぅ……いやはやその通りだ。 貴殿が語った通り、俺の剣は炎しか出せない。 そして俺を守っていたのは仲間の一人の『魔剣』だ」
吐いた息と共に剣呑な雰囲気は霧散し、男は白状する。
「だがどうする? 答案が当たっていても答案用紙自体が無くなったら意味がないぞ?」
「なら今度は消えないように濃く、いっそ切り刻む勢いで書くだけですよ。 なに、何時ものことですよ後悔を知らない相手に解らせて上げるのは」
「はは。 それならば俺も書くとしようかな」
蛇腹剣が伸びる。
刀が鞘に納まる。
「タクト→フロムチレン……だ」
「神楽導稲荷……です」
構え。
両者は得意な型にて構えを取る。
一方は右肩を前に出し、左手で持った剣を下段に構えてその側を後ろに置く。
一方は腰に携えた鞘を少し前に出して下に向け、目貫に右手を置いて笄に左手を添え、小股に左足より前に右足を数寸出す。
緊迫の間合い。
互いに一瞬で相手を屠る力を持っており、刹那の見合いが────廊下奥から響く風音により鎌鼬とされた。
「「いざ尋常に!!」
月光の元、一際輝く光となりて剣と剣は真剣と化す。
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