第21話 魔剣 五太刀目

「はあ全く、焼身自殺とかつまらん幕引きなんかすんなよー」

「……なんだ……お前は」


 いつの間にか居たのか、変な形をした剣を持った男が、やけに癪に触る甲高い声で話しかけてくる。


「っ……」


 声の主を見るべく、うつ伏せから姿勢を変えた俺の足のほうから痛みが走るのを感じた。


「悪いが足を切らせてもらった。 動かれると面倒だしな。 それと」


 足の、太もも辺りからダラダラと、血が流れている。早く失血しないとヤバそうだが……だが、状況がそれを許さない。


 男は悠々として歩いて来る。

 人を、切った事に何の罪悪感も覚えてないような気軽さ。恐らく……慣れている、人を切る事に。


「自己紹介が遅くなって悪かったな。 まあ名乗る必要はねーが相手がそれを求めてるっちゃら答えないと無礼ってもんだよな」


 男が近づくたび警戒心が濃くなる。

 コイツは危険だ、と分かりきった考えが頭を支配する。


(平気で人に刃物を振れる奴だ……早く逃げないと行けないのに……)


 麻痺したのか痛みがなくなって来たが無論、こんな怪我では足を動かせる訳もない。


(どうする……どうすればいい……っ!)


 焦燥のせいか大量の血が流れてるせいか上手く思考が纏まらない。

 心臓が速くなるのを感じながら身構える事しか出来ない。


(……クソ………)


 戦え。抗え。


 そう生存本能が呟いている。

 しかし、半ば諦めの心中は、俯き、無意識のうちに床を見ていた。


 自分では勝てない。例え万全の状態であっても気配を悟らせずに奇襲を行える相手に万に一つでも勝てる見込みが思いつかない。


 だけど、死にたくない。

 本能が囁く、生きたいと。


(考えろ……考えろ!)


 必死に頭を回す。

 持てる知識を掻き集めて打開策を模索する。


 あれは駄目だ、それじゃ無理だ、これでは……と浮かんでは消える泡のような色んな可能性を考え、でも何事にもタイムリミットはある。


 男は、足取りが確認出来るぐらいに近づいていた。


「俺様は……て、おいおい。 汗すっごい流れてるぜ?」


 頬に手の感触。

 顔を上げ────


「…………は?」


 恍惚の笑みで俺を見つめる男の顔。

 不気味な……いや、気持ち悪い表情に怖気付く。


「おっとすまねぇ。 俺様のワリィところでな、治すようにはしてるんだがこれが中々にな。 まあ何にしても焦らすのは良くないし、俺様は「ハイドロ→アルマン」。 ここよりずっと上の北の地域から来た……言っちまえば盗賊だな」


 ペラペラと自分の素性を語る男、もといアルマンは盗賊だと自称する。

 かく言う俺はその言動に呆気に取られて固唾も飲まずにいた。


「本来なら目的のモンを取ってるはずなんだが……ま、アレだ。 ここで会ったが運命だっけ? お前さんには悪いがその"眼"、返還させてもらう、ゼ……っと」


 そう言いアルマンは右手で持っていた剣を俺に向け────いつの間にかその剣先にまるで今程採ったかのように眼球が一滴一滴血を流しながらついていた。





ーーーーーーーーーーーー






「────かはっ!」


 息が詰まるような感覚と共に寝覚めの悪い起床。


「はぁはぁ……っ!」


 まるで幻想。

 そう捉えてしまうほどに非現実的な体験に思える。


 そう。アレは間違いなく────いやそれよりも……


「…はぁ…はぁ…ある……付いてる。 ちゃんと、身に付けてる」


 透明な物体から見える景色、眼輪や側頭に紐が締め付ける感覚。いつもと変わらないを確かめて俺は安堵する。


「大丈夫だ俺、いつも通りだ。 いつも通り……なんだ……はぁ」


 安堵し、落ち着いた俺は冷静になった頭で状況を整理する。


 部屋の中にはあの女は居らず、爆発はもう起きているのか扉は燃焼していた。


 【未来視】で観た映像通りならそこから出ればあのアルマンと名乗った男と鉢合わせる事になる。

 通常とは色々異なるせいで、スキルが発動したのは間違いないがそれが俺の既知している【未来視】である確証がない。ましてやこのスキルの特徴を考えると……よほど策を練らないとこの場を切り抜けられない、か。


「逃げて騎士に助けを求めるってのは……その間に先生が殺されるかも」


 先生の戦闘法は近距離で斬り合う剣士系だ。

 そのため相手の懐にまで踏み込まなければならず、遠距離から一方的に攻撃できる魔術師相手は分が悪い。


 あの爆発が[魔術]による物ならそれを2.3発打ち込めば先生は死ぬだろう。


「それに外には奴らの仲間が囲ってかもしれないし、仮に呼べたとしても到着する間に逃げられでもしたら……駄目だ。 戦うしかない」


 ここまでの事をする奴らだ。

 盗賊と言う割にその盗む物まで破壊しそうな勢いで攻めてきている。そんな奴らを野放しにすればまた今夜みたいな襲撃を仕掛けるだろう。


 騎士を呼ぶより早くに逃亡でもされたらその機会を与える事になり、迎撃しなければ俺も、先生も、殺されてしまう。


「ふぅ……もう一度覚悟を決めろ俺、今度は生死を賭けた覚悟じゃなく必ず生き残る……覚悟を!」


 腹を据えると言うのはこの事なのか。

 さっきよりも頭が冴え、周りがよく見えるようになった。


 謎の女との戦闘のせいか、部屋は[刻印魔術]に使った紙やダンベル、護身用の剣が乱雑していて……俺は目を瞑った。


 チャンスは一度きり。

 文字通りしか出来ない。


 これに全てを賭け──いや、必ず成功させる!!


「だから……その為の一歩として」


 俺は抜き身のショートソードを拾い上げる。


 そして、


「うっ……おぁっ」


 自分の腹を切った。


 夥しい量の血が辺りに広がり……血は、刻印した紙に染み込んで……


 俺は眠るように眼を閉じた。

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