第20話 魔剣 四太刀目
戦闘というのは当たり前だが実践経験が求められる。
戦場を実際に経験した者とただ傍観してた者、どちらが強いかと言われれば明らかに前者に決まっている。
「グハッ」
勝負は一瞬で方がついた。
俺の反撃に対し女は攻撃を中止、避けた後無防備になっている脇腹に肘打ちを決める。
まともに喰らい、膝から倒れて四つん這いの姿勢になる俺。
胃液が逆流するのを感じ、口元を片手で覆って何とか耐えるがそれだけで精一杯だ。とてもじゃないが戦闘を続行出来そうにない。
「ク…ソ……っ!」
いくら力を入れても、いくら意思を込めようとも体は姿勢を保つのが限界で精々が顔も動かすくらいだ。
「分かったでしょ。 ……アンタじゃアイツらに勝てない。 犬死どころかそれ以上の酷い結果しかないのよ」
まるでその場面を見たかのように加勢しに行っても無駄だと言い切る女。それが無性に腹が立って仕方なかった。
「……んなの、やってみなくちゃ分かんない……だろっ……!!」
「………そう……」
嗚咽を無理矢理飲み込んで吐いた言葉に女は暗い表情で残念そうに言う。
何故そんな顔をする……一体何がしたいんだ……。
訳も分からず女の顔を覗いていると、女は近づいて────瞳。妖しく光る。
「脅迫観念から生まれた善意はやがて朽ちる。 ……だけど、その時が来るまではせめて夢想していなさい」
強烈な一撃に意識を失わないように堪えていた頭が……眠気が、気が遠くなり……視界は紫の光に包まれて……。
「………あ…れ、どうなって……」
焦げた匂い。火の音。
クラクラとする頭を抱えて立ち上がる。
「……なんで燃えて……いや、俺は何をしてたんだ」
先生が部屋から出て行ったところから記憶が曖昧だ。それ以降の出来事がうろ覚えにしか思い出せない。
まるで……夢のように………。
「いや、それよりも……先生だ」
部屋の中はところところ燃えており、ドアに至っては完全に燃え切っていた。
ドアがあった場所を潜る。
不思議なことに痛みも吐き気も無くなっている。
「うっ……何が起きているんだ……?」
木材部の廊下は焦げて黒く炭になっており、より一層増した焦げ臭い匂いに鼻をすがめる。
(そう言えば、母さんが言ってたっけ? 火事の最中では煙を吸うなって)
詳しい事は知らないが母さんがしつこく何度も警告してたのを思い出して、取り敢えず服の裾で鼻を抑える。
「にしても……酷い有様だ。 何をしたらこんな焼けて……」
果てが見えないほど長く続く廊下に端や天上、至る所に広がってる炎。
熱気が凄く、勢いよく息を吸い込めば喉が火傷してしまいそうだ。
不幸中の幸いなのか、右に行くほど炎の勢いは無くなって俺がいる所は炎に気をつけてさえいれば燃えて死ぬ事はない。
左側にさえ行かなければ、だが。
「地獄だな……まるで」
【未来視】によってこう言う場面は何度か観た事はある。それこそ邪王との対峙する場所がそうだ。
だが……実際に、生で見るのとじゃ全然違った。
轟々と燃える炎は奥に行くほど勢いを増し、最早なんでこの宿は燃えて崩れないのかが不明なくらいの業火で、肌身に恐怖が植え付けられる。
「先生は……逃げて……いや、あの中か?」
金属音が鳴ったと思われる方角と炎の出所が一致する。
つまり先生はあの炎の向こう側に居る事になるが……いくら先生が強かろうとこの炎の中、生きてる筈がない。
心が揺れる。
逃げろ。と、どうせ無駄なんだ。とあの日を思い出して自分を殴りつける。
「バカか俺は……っ!! 勝手に抱いた希望でも捨てる事なんて許される訳がないだろ!!」
あの日の後悔はもう二度としない。
その為に自分を鼓舞し、無謀な賭けではあるが炎の中を突破する策を練る。
「この炎は確かに燃えている。 だけど、燃えてる音が鳴っていない」
普通、物が燃えてる時には音が鳴るはずだ。
けど今、目の前に写る炎は燃えているだけで燃やしている音が聞こえない。
それに加えて金属音だ。
突き当たりが見えない廊下で俺の方まで届いた。しかもハッキリ聞こえるほど。
「これだけ離れてハッキリ聞けるなんて可笑しい。 聞こえたとしても耳を澄ましてやっと聞き取れるくらいだ」
以上の考察からこの炎は廊下を燃やしたのは本当なのだろう。
だが目の前に広がる火炎地獄と形容するに相応しい光景は恐らく幻覚の一種だ。
「じゃなければ俺は入った瞬間、火達磨になって死ぬだけだ。 ……一か八かだ。 逃げてもここに突っ立ていても先生を見捨てる事になる」
それだけは駄目だ。
例え神が許しても俺は自分を許さない。
決心が固まる。
服の裾を鼻に当たるのをやめて走る構えを取る。
安全を注視するのは終わりだ。
これから先は犠牲の覚悟で進まないと行けない。
「……はぁ…はぁ…すぅ…はぁ……」
炎を見つめて、荒くなる呼吸を整える。
炎の柱が勢いを上げて、下げて、上げて、下げて、上げて────今だ。
タイミングを測って炎の中に飛び入る。
足は徐々に速さを上げて、ある全速力に至った時──俺の目は床を見ていた。
「………あ? なんだどう言う────っ」
痛みが、足の部分から痛みを感じる。
「おいおい危ない所だったな。 俺様が切ってなければ死んでたぞ。 お前さん」
やけに陽気な、聞いてると腹立たしく感じる声が耳に入って来た。
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