第19話 魔剣 三太刀目
神楽導稲荷は不穏な気配を感じていた。
「…………」
嵐の前の静けさと言うべきか、不気味な悪寒は警戒を募らせるには充分であり事実その直勘は当たっていた。
「最近は弟子の成長ぶりに嬉々としていたのですが……まあ、人生に転落は付き物ですし」
はあ…と溜息を零す稲荷。
タロウが[刻印魔術]を上達させる度に心の底から嬉しく思っていた彼女はこの数日の間、幸せだと感じていた。
だが幸福と不幸は
幸福を感じた次に不幸は降り注いで来る。
そして稲荷にとっての不幸とはまさに今だった。
「狙いは……古くから我が家に伝わる祭具ですか?」
独り言が廊下を木霊する。
稲荷は目を閉じ、緩やかな口調とは裏腹に周囲の気配を探る。
「それともこの刀ですか?」
体を極限まで脱し、腰に納めた刀に手を置く。
「────はっはっ、そんな訳ないだろ」
声。
気配と感知すると同時に振り向き、納刀を抜刀。
一閃。鈍色の光りが闇夜の廊下に線を描く。
しかし────
「……くっ!」
岩を切ってるかのような感触が刃を通して手に伝わる。
稲荷は背後に居た存在を仕留められなかったと理解するや直ぐさまその場から離れ間合いを取る。
「噂には聞いていたがいやはや天晴れだ。 並の剣客なら今ので仕留めていただろう。 だが」
刀を両手持ちに、足は右斜めに揃えて拳一個分隙間を開ける。
中段の構えに変えた稲荷は眼前の敵を見据える。
不幸な正体。
それは男であり、身長は1尺程高く、いっそもう怪しさを微塵も隠す気もない禍々しい蛇腹剣が地面と接着している。
「"相手が悪かったな"。 俺のこの『魔剣』があればお前など恐るるに足りん」
男はそう言い蛇腹剣を乱雑に振る。
ジャラジャラと刃同士が擦りあって不快な音を奏でる。
まるで鞭のような剣にあるまじき振り方に稲荷は身を硬直、瞬時、金属音が辺りに響き渡る。
ーーーーーーーー
目的も意図と不明。
でも敵なのは確か。
四方八方から繰り出される蛇腹剣の攻撃になす術もなく追い詰められていく稲荷。
要因は幾つもあり、その一つに。
「……っ、また阻まれた…!」
斬撃の間を掻い潜り、胴へ横薙ぎの一撃。
腹を捌いたはず、だがしかし伝わるのは肉を断ち切る感触ではなく岩を斬るような硬さ。
見えない壁のような物に斬撃を防がれる。
攻撃が通っていない事を確認し、脇を抜けて男から離れる。が、追随。
鞭の如くしなる蛇腹剣の先端が稲荷を襲う。
「っ!」
踏み込んだ右足を軸に体を捻り、回転。
そのまま距離を稼ぐと同時になんとか回避する。
(このままでは殺られる。 ですが……)
着地の瞬間を狙って上段の大振り、それを横から突いて弾く。
("何か"によって防がれる。 ……魔剣と言いましたか。 どんな代物かは分かりませんがそれのせいだと考えるのが妥当)
稲荷は技術で防いでるのに対し、男は防御を捨てて攻撃に徹するノーガード体制だ。
当然ノーガードで斬り合うにもある程度の技量が必要であり、ここまでの戦闘から稲荷相手にノーガードを押し倒すには決定的なまでに技量が不足しているのは明らかだった。
にも関わらず仕留めきれない。
その要因に魔剣と呼ばれる物があるのは確かである。
(参りましたね……この戦況が続けばいずれ耐久負けしてしまう。 そうなる前に倒しておきたいんですけど……うっ、やはりまだ、慣れない)
稲荷の攻撃が通らないが、それだけならなんとでもなる。
神楽導家に襲撃して来る数々の刺客を退けてきた経験、それにより磨かれた剣技を持ってすれば刀が使えなくとも相手を倒す事は出来る。
だがこうして追い詰められているのは見えない何かによる防御、そして……高い適応力が逆に仇となり、初見の物に対して抱く嫌悪感と吐き気が稲荷を阻害していた。
「流石に一筋縄では行かないか。 けどいつまで持つかな」
勝ち誇ったような表情で男は再び猛攻を加えようとし、動きが止まる。
「────なんの真似だ。 それは」
「両手を上げる事は降伏、または戦意がない事の表す行動です」
今までの戦意が演技とでも言うかのような行動に男は顰める。
「それで戦いを止めるとでも思ってるのか」
「いいえ。 ですが話には持ち込めます。 短刀に効きますけど貴方達の目的は何ですか?」
「はっ。 教えるかよ。 冥土の土産にしたって言えない事もあるんだよ」
会話はそれで終わり、今度こそ男は目の前の標的を殺そうと鞭の要領で蛇腹剣を振るう。
「そうですか。 それでは────」
突風。
疾風。
風が全身を切り刻むイメージが男の脳裏によぎる。
「────力ずくで聞くのみです」
一瞬で、蛇腹剣の剣戟を抜けて己の背後に立っていた稲荷に驚嘆した。
「これ以上傷つけたくないです。 なので素直に話して下さい」
そう言われて初めて自分が切られたと実感する。
腹は致命傷にならない程度に切られ血を流していた。
「……はは」
男は腹部の傷を見つめ、笑い、膝を付いた。
その男の様子に稲荷は怪訝そうに見ていたが、次に男が喋った言葉に表情は焦りに変わりその場から退避する。
「火は炎に、炎は火炎に、火炎は獄炎へと罪を糧に燃える──【開─】!!」
延々に続く無限回路のような廊下に爆炎が満たされた。
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