第18話 魔剣 二太刀目

 激しい金属音が鳴り響く。

 咄嗟に俺は部屋の扉まで駆けて廊下へ出て、瞬間映った景色に自分の目を疑った。


「……嘘だろ」


 不自然さを微塵も隠す気もない長い、途轍もなく長い通路が延々と続いていた。


「おいおいどうなってやがる……寝ぼけてたってこんなもん見ねーぞ」


 宿なのだから長くて当然だが……それにしたって限度がある。

 両端が暗闇で見えなくなる程の距離となると貴族の豪邸くらいの高級な宿になるぞ。

 勿論そんな金はないから格安の宿に泊まってる。


「ちょっ、『観象』何やってるの!? そんな所いたら奴らに見つかるわよ!!」


 部屋から上半身を出す形で廊下の左右を見ていた俺を服を引っ張って中に戻す。

 扉が閉められる音と共にほぼ全裸に近い下着?を来た女性は声を荒げながら危険を伝える。


「今、この宿には宝盗団が来るの! いい? 私が許可するまでここに居なさい。 それまで見張ってるから、分かった!?」

「…………………」


 あの廊下……恐らく何かしらの[魔術]が使用されているはず。

 廊下の距離を単純に長くしているのか、もしくは幻覚の類だとしても何の気配も予兆も感じさせずに発動させた。

 術者はかなりの使い手だろう。


「ちょっと!! 聞いてるの!!」

 

 先生は大丈夫だろうか。

 いつ[魔術]を使われたのかは分からないが、俺が廊下に出た瞬間って訳ではないだろう。

 少なくとも先生が部屋を出てちょっと経った時くらいだろう。さもなければ出た瞬間、先生は異変に気付くはずだ。


「ね、ねぇってばぁ……」


 それにあの金属音……恐らく先生は術者と戦っている。


 魔術師は基本、剣を使わない。


 [魔術]は誰でも習得出来るし使える。

 だが、当然習得には長い年月を要するし、才能がある者でも一朝一夕で身に付けるのは難しい。

 それなのに剣術も並行して習うなど余程の天才でもなければ無理だろう。


 つまり今、先生は術者と戦ってる訳だがその術者が稀代の天才とは考え難く、術者の仲間と戦っているのだろう。


「俺も加勢に行かないとっ……!」

「いやちょ、待って」


 金属音がまだ鳴っている。

 この国に於いて右に出る者がいないと噂されている先生を相手にまだ戦っている相手だ。


 俺では力不足なのだろうが戦闘が終わるまで黙っている理由にはならない。


 気を引き締めるように頬を叩く。


「複数人いるのならその一人を引きつけるくらいは出来る。 よし、覚悟は決まった」


 護身用の剣を腰に携え、覚悟を決めた俺は扉の取っ手を回し────またしても何かの衝撃が俺の邪魔を……って、これダンベルゥゥウウ!!!


「ぁぁぁぁぁああああああ!!!! 横腹が! 横腹にダンベルがぶつかったあぁあ!!」


 チクショウ。いてーよ。

 ぜってー骨折れた……。


「はぁ…はぁ…無視すんじゃないわよ……」

「何なんだよお前……さっきと言い今と言い、折角無視してやってたのに……」


 正直言って怪しさの塊のような女だ。

 窓から勢いよく侵入したと思ったらなんか距離感近い口調で話しかけてくるし……それに何と言っても。


「────お前だろ。 俺に術掛けてたの」

「な、何のことかさっぱりだわ」

「とぼけるな。 術の効果が無くなったタイミング的にお前以外いない」

「それは当てつけじゃなくて? 確たる証拠もないのにアタシが眠りの術を掛けていたなんて憶測もはだはだしいわ」

「……俺、術掛けていたのはお前かって言っただけで何の術かは言ってないんだが……」

「なっ、カマかけたわね!?」

「……………」


 勝手に自爆しただけなんだよな……。


「で、何なんだお前は」

「あ、そうよ。 警告に来たのに何やってるのアタシ」


 女性はそう言って物を打つけられたせいで尻餅をついている俺に顔を近づけた。


「逃げなさい。 さっきアンタは一人くらいなら引きつけられると言ったけど、アンタが戦闘に加われば戦況は変わる。 最悪な展開にね」


 女はその格好が与える淫乱な雰囲気とは真逆に、真剣な瞳で俺を見つめる。


「さっきも言った通りここは今、宝盗団に襲われてるの。 誰かが奴らを足止めしてるらしいけどそう長くは持たないと思う。 だからその間に逃げるの。 いい?」

「え、嫌だけど」

「まずアタシが様子を見るから機会を伺って……え? 何て言った? 嫌だって言った?」

「うん」

「はあ!?」


 女は信じられないと言った様相で問い詰めてくるが、そもそもの話、知らん人のそれも露出魔のように大胆に四肢を晒している服装の女に危ない奴が来てるから逃げろって言われたって……ねぇ?


「そんな疑惑の目で見ないでよ……アタシは無害で有益なアンタの味方よ」

「自分で無害とか主張する奴を信じられるか。 それにさっき俺に物ぶつけたし」


 当たりどころが良かったのか幸いにも骨折はしていない……と思う。

 痛みはまだ残ってるが動かないほどではなく、壁を支えに立ち上がる。


「あれは……アンタが向こう見ずに死に急ぎそうだったからよ。 ともかくアタシはアンタに危害を加えるつもりはない」

「どうだか。 隙を伺って俺を陥れようとしてるかもしれないし。 よしんば本当の事だとしても俺に[魔術]を掛けていた事には変わりがないだろ。 危害を加えないもなにももう既にしてるんだよ。 害を」


 女の肩が震える。

 気まずそうに顔を背けた女は何を思っているのか黙り込む。


「……アタシの……信念に関わるのよ…」


 女はポツリ、そう言う。


「本当ならどんな手を使ってでも連れていた。 それこそ瀕死状態にしてでも、ね」

「は、はあ……」


 なんか急に物騒事言い出したぞ。

 目的のためには手段を選ばない系の人間かよ。


 だが女は至って真剣に話していた。

 そんな様相に推されて俺は静かに聞き入った。


「でも私はそうしなかった。 したくなかった。 誰かを傷つけてでも誰かを守りたくないから。 ……でも、アンタがこのまま拒み続けるのなら────私は何をするか分からない」


 女はそう言うと両手を広げ──蘭色の翼、先端がスペードの形をした尻尾、長く鋭く鈍く光る爪が次の瞬間には生えていた。


「なっ」


 咄嗟に女から離れ、身構える。

 旅の間ずっと[魔術]を長時間に渡って使用していた事から格上の魔術師と予想してたが。


「まさかだったなんて。 ……クソッ!!」


 鞘から抜き出した剣を向ける。


 意図しない戦いだが……相手が襲ってくるのなら迎え撃つだけだ。


 【未来視】によって何度かヒロトの戦闘を見ている。ある程度、戦い方を知ってるつもりだし、この時のために鍛えて来たんだ。


 実力で負けていようとも戦ってやる。


「………っ!」


 暫しの間、見合い。そして放たれる攻撃。


 先に仕掛けたのは女。

 充分離れていた間合いを瞬時に詰め、その鋭い爪を横に振るう。


 対し俺は少し反応が遅れたが負けじと反撃した。

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