第16話 勇者パート 其の4伝

「────────────え?」


 悍ましい光景から一転、地平線の彼方まで続く無色の空間が広がる。

 まるで水の中のような透明な空間は先程まで見ていたのは幻だと言わんばかりにヒロトの目に映る。


「ここは……一体……?」

「死ンダ」

「っ!?」


 自分以外には何も存在しないと思われた無の空間にキーンと鳴る音と共に突如響く声。

 周りを見渡し声の主を探すヒロトに声はもう一度、囁くような声音で話す。


「アナタハ死ンダ。 ソシテ、運命二導カレテココニヤッテ来タ」


 いくら周りを確認しても見つけられなかった声の主は拍子抜けするほどにあっさりと姿を表す。


 ヒロトはその主の方へ振り返る。

 上下左右無色に見える空間で────


「何なんだ………お前は、あの化け物と同じ仲間……?」

「違ウ。 ワタシハ『聖剣』。 アナタハ選バレタ、ワタシノ”担イ手”二」


 ────が、浮かんでいた。


 声と共に作られた。そう錯覚してしまいそうな登場をした眼球は自身を『聖剣』だと主張し、ヒロトの事を”担い手”と呼んだ。


「………意味がわからない……何が言いたいんだ?」


 もはや理解し得る範疇を超えている。


 謎の化け物に友人が襲われ、自分も殺される場面からいきなり謎の空間へと転移など常人じゃ無くても困惑するだろう。

 その上で突拍子もない話をされたヒロトの顔は混乱を極めていた。


「事ハ単純。 ココハシンタクノマ神託の間。 『勇者』トナル者ニ、オ告ゲヲ与エル空間」


 ヒロトの頭上から見下ろすように目線を送る眼球は発声器官が無いのにも関わらず言葉を話す。


「ヒロト。 アナタハ『勇者』。 今コソ世界ヲ救ウ定ノ時。 サア────────」


 眼球が光に包まれた。


ヲ救ッテ」

「………………………………」


 言う事はもう無いのか台詞を終えた眼球は、『聖剣』と言うに値する神々しく煌びやかに光る剣へと変化した。

 それをヒロトはまじまじと見て、顔を伏せる。


「……無理だ………」

「………」


 静寂が広がる。


「僕には無理だ。 勇者なんか……世界を救うとか無理に決まっている」

「……ドウシテ?」

「……お前があの化け物の仲間だと疑っているのもある……。 だけど……だけど、僕は!!」


 友人の死に化け物の強襲。

 それだけでも精神が病んでしまってもおかしくなく、構えて神託の間と呼ばれる空間の転移、言葉を発し、眩く光る剣になった眼球の存在。

 あまりの情報量は決壊したダムのように混濁してヒロトの脳を掻き回す。


「ぼ……くは………っ!!」


 声がくぐもる。

 心臓の鼓動が速くなる。


 俯いたヒロトの瞳にはいつしか涙が溜まっており、先走る感情が頭で考えるよりも速く言葉を綴る。


「僕は──────人を殺してるんだ!!」


 罪の自白。

 告白したヒロトは昔の心的外傷トラウマを思い出して嗚咽を感じた。


「"あの人"を……大切な友人を……僕は、殺した。 そんな奴が人を救える訳がない……」


 5年前のあの日。

 未成熟だった精神に深い傷を負わせ、ひた隠し続けた思いを、感情を、ありのままに言う。

 

「本来なら生きてちゃ駄目だったんだ……でも、生きて来た」


 溢れた涙はとめどなく流れる。

 視界は歪み、張り裂けそうな心臓を手で押さえて荒い呼吸を整える。


「思い出せば自分を殺したくなるような衝動に苛まれて。 なんで生きているんだ。 ……って自分を恨んで来た」

「……………」

「だけど、……新しい友達が出来た。 エレナが、友達になってくれた!!」


 兵士になった初日、初めての仕事に手が追いつかず足を引っ張り先輩兵士から怒鳴られた時の事。

 しょぼくれて落ち込んでいた時、気さくに話しかけて来た少女が居た。


 あまり他人と話すのは苦手なヒロトはぶっきらぼうな返事しか出来ず、途切れ途切れの会話が続く中、少女はヒロトにとってある意味家族よりも重要な言葉を言う。


「────『友達になってよ』……って、エレナは……言ってくれたんだ」


 それはヒロトの胸に深く突き刺さる言葉。

 それ故に他人と仲を深める事を無意識的に拒否していたヒロトの心の扉を開けた。


「救われたんだ。 罪悪感から僕を助けてくれた。 なのに僕は……また……」


 光景が蘇る。

 額を貫かれて血溜まりに倒れる友人の姿。

 ピクリとも反応しないその体は物音を出して床に落ちて行く。


 悲鳴や吐息でさえも行えず、体を強打したのにも関わらずなんの反応をしないその姿は昔見た『あの人』を彷彿とさせた。

 

「直接か間接かなんて関係ない。 キッカケを作ったのは僕なんだ! 僕が、エレナを殺したのも同然だ……」


 自分を責めるヒロト。


 何の脈絡もない、何の理由にもなってない、元より話として破綻している。

 だが、それでも口は言葉を紡ぐし、感情は自身を責める。

 偏に罪の意識がそうさせていた。


 罪は動揺を生み、動揺は過去を発掘し、過去は現在ヒロトを破壊した。


「もういいだろ……あの日から5年、僕は生きてきた。 何度も謝罪し、何度も懺悔してきたんだ……。 だから……もう……」

「────死ナセテクレ。 ……ト、言イタイノ?」

「っ! ……そうだ……だから」


 もはやヒロトには自分で何を話しているのかが分からなくなっていた。

 でも止めることはできない。

 とめどなく続く感情という名の激流に呑まれたヒロトでは話を終わらせる事が出来なかった。


「もう……いいんd「アホクサ」……」


 言葉を遮り、今まで澄んだ声音で喋っていた『聖剣』が呆れたふうに言う。


「回リ諄イ。 ハッキリ言エ」

「ぁ…………いや、だから、」

「ダカラ? ナニ? 死ニタイカラ殺シテト? ナラ態々過去ノ事持チ出サナクテモ良イヨネ。 直接『殺してくれ』ト言エバ良クナイ?」


 『聖剣』の名は伊達じゃないのか、悲壮感と罪悪感に塗れたヒロトの心をバッサリと言葉で切り伏せた。


「長ク話シテタケド要点ヲ纏メルト「僕は人を殺した事があるから『勇者』なんか人を救う存在になれない。むしろ死にたい」……ソウ言ウ事デショ?」

「は、はい。 そうです」


 若干違うような気がするけど概ね当たっているため肯定するヒロト。


「ハア……気ガ動転スル気持チモ分カラナクモナイケド自分デ何ヲ言ッテルノカ理解シテルノ? 聞イテテ恥ズカシクナッタワ」

「恥ずかしいって……自分を棚に上げるなよ! そっちの方が意味不明で恥ずかしいだろ」

「論点ヲ変エルナ。 サッキマデ言ッテタ事ヲ振リ返ッテ考エレバ何方ガヤバイノカ明白」

「うぐ……」


 達観した口調から真逆の感情の篭った喋り方をする『聖剣』に咄嗟に思いついた事を言い返したヒロトは相手のペースに持ち込まれていた。


「……別ニ、人ヲ殺シタカラッテ『勇者』ニナレナイ訳ジャナイ。 ソモ人ガ生キル上デ殺生ハ必ズ起コル」

「それは……そう。 だけど、罪からは逃げられない。 僕は、人を殺している。 人を救うなんて……」

「……ダッタラ」


 手が見えた。

 色彩のない空間に白い膜が人の手を形作る。


「ソノ罪ヲ、晴ラス為ニ『勇者』ニナレバイイ。 生キテ、アナタガ思ウヨウニ世界ヲ救ッテ、ソシテ」


 ヒロトは死にたいと言ったが、もし『聖剣』の言う事に偽りがないのでなればエレナを殺した化け物に自分も殺された事になる。


 何故、死にたいと言ったのか。

 化け物に殺されそうになったのは事実であるし、そこから殺されたと考察するのは不自然ではない。だから、死んだと言われても信用は出来なくても納得は出来た。


 半信半疑であるが現に神託の間などと言う空間への瞬間転移など死ぬと同義の事象じゃなければ起こり得ないだろう。

 少なくともそれくらいじゃなければ説明は出来ない。


「生キレバ良イ」


 なのに、なのにも関わらずヒロトは死にたいと言った。


 その理由は簡単で、単純であり、明快であるがヒロト自身には分かりもしない無意識の行動。いや、生命としての本能か。


「生キテ」


 どちらにしても人は死にたいと思っても死ねない。


「生キ続ケテ」


 与えられた命の灯火は運命と言う使命を全うするまで消えない。


「生キ抜イテ」


 しぶとく、醜く


「生キテ行ク。 ……残リノ人生ヲ救済ニ、奪ッタ命トハ逆ニ命ヲ救ウ。 ソレガアナタニ出来ル唯一ノ謝罪ノ仕方。 懺悔」


 道は示した。

 『聖剣』は最後に一言加え黙る。


「ドウスル?」


 死んで何もかも解放されて楽になるか。

 苦しくても辛くても生きる事を選ぶのか。


 ヒロトは────選択する。

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