第15話 勇者パート 其の3伝
昨夜に引き続いて重労働を強いられたヒロトは予想通り筋肉痛に苛まれながら何とか仕事を終えまたしてもエレナに抱っこされながら寮に帰ってきた。
実家を追い出されてから四日。
ヒロトは最初はどうなる事かと思ったがこの生活にも慣れてきて精を感じるようになってきた。
「今日も中々キツかったなー。 かなりお腹も減ったし……エレナー、今日は何を作ってくれるのー」
「労働後だからねー。 今日は塩分多めの料理にしようと思うわ」
昨夜、疲れ果てご飯を食べに行く気力どころか作る事すらままならないヒロトの為に料理を作ったエレナはついでだからと言って色々世話を焼いた。
そして今日もまた便宜上理由を述べているがまるで通い妻のような献身さに自分でも恥ずかしく思ったが、何もしなかったら野垂れ死にそうなヒロトを放っておけず。
(まさかあそこで学んだ事がこんな事で活かされるとは……唯一の救いはその相手が女じゃなくて男ってところかしら)
過去を思い出してネガティブな思考に陥りそうになったが振り払い、少なくとも分け隔てなく接してくれるこの人の前では明るく振る舞おうとエレナは思った。
そんな日常が当たり前に成りつつあった七日目。
ヒロトは見た。
その日はエレナの誕生日だと仕事後、根性根性五月蝿い先輩兵士から聞いたのでヒロトはいつも世話になってる恩を返す為にアクセサリーショップで誕生日プレゼントの吟味をしていた。
(ヤバいな……よくよく考えたらエレナの好み僕知らなくね?)
毎日会話していたのだが、いざ贈る品を選ぶ時に自分は相手の好みを把握していないと言う愚かな事実にヒロトは直面した。
(なぁーんで知らないんだよ!! こう言うことは事前に調べて知ってること前提に選ぶもんだろー!? 僕の馬鹿ぁぁ!!)
見切り発車で来るじゃなかったー!!と計画能力がない自分を恨み、それよりも今から調べていたんじゃ店が閉まってしまう。
つまり今ここでエレナが好む品を考察し、見繕わないといけないと今日までの会話、エレナの仕草や口調、性格に至るまで考察材料とし並べられている数々のアクセサリーを品定めする。
「あのー……そろそろ閉店なのですがご注文はお決まりでしょうか……?」
すると隣から声が聞こえヒロトはビクッと震えてから振り返る。
赤髪おさげの何処にでも居る平凡な少女がこちらを伺うように見ていた。
「す、すみません! 今決めるのでもう少しだけ待ってもらってもいいですか! ほんと、今すぐ決めるので!!」
頭をフル回転して考える。
が、頭を動かすより体を動かす方が得意なヒロトが幾ら考えたところで最善の物を選べるはずもなく、ただ時間だけが経過していく。
もうどうすることもできず絶望に打ちひしがれそうになるのを感じ、救いの手が伸ばされた。
「あのーもしアクセサリーを選ぶのに悩んでいるのならお手伝いしましょうか?」
「え……いいの?」
「はい。 今日はママが急用で居なくて店番をしてたんですが、あんまり人が来なくって……折角だから何か買っていってください!」
「う、うん。 ありがとう。 じゃあお願いしてもいいかな」
「分かりました!」
純粋なのか、それともあざといのか。
どっちにしてもヒロトにとっては救いの手には変わらず、戸惑いながらも頼んだ。
それを了承した少女は早速幾つか質問する。
「まずはどんなのを求めているのかですけど……えーと、お客さんは何を選ぼうとしてたのですか?」
「……その……好みに合いそうなのを選ぼうとしていて……」
「え、それってつまり考えなしに適当に選ぼうとしていたって事ですか!?」
「適当……いや、そうだね。 推測だけで選ぼうとしていた訳だし。 ごめん、こんな体たらくなのに閉店ギリギリまで粘って」
どんなに言い繕ったって相手の事を知らずに想像で選ぼうとしていたのには変わらない。それを"適当"と呼ばれようがヒロトに否定する権利はなく、素直に自分の非を認める。
「いえ、時々お客さんみたいな人が来る事だってありますし平気平気。 むしろ上手く言いくるめて高い物買わせる機会ですよ〜」
「……もしかして僕、詐欺にあってる?」
現金な少女のとんでも発言に度肝を抜かれるヒロト。
対照的に気さくな笑顔で少女は次々に質問していった。
「なるほど〜。 でしたらその彼女さんに似合う物だとこんなのとかどうでしょう」
「彼女!? いやエレナとはそんな関係じゃなくて!!」
「えぇ〜?? ほぼ夫婦みたいな生活してるくせにー?」
ニヤけながら左肘で脇腹を突いてくる少女にヒロトは困った顔をする。
「揶揄わないでくれよ……エレナとは本当に付き合ってる訳じゃないんだ。 第一彼女と出会ってからまだ七日しか経っていなんだ。 付き合うにしたって幾らなんでも早すぎるだろ」
「ふふ。 お客さんは過程を大事にする人なんですね。 ……にしても七日でそこまでの関係を築けるもんなのかよ。 ほぼほぼやってる事、新婚夫婦と変わんねーぞおい」
「………君口調移り変わりすぎない?」
そう言い少女が選んだアクセサリーを手に取る。
「エメラルド。 異界ではそう言うらしいですよ」
深い緑色をした宝石は銀色のネックレスと相まって美しく見える。
だが、
「代わりに選んでもらってる身で申し訳ないんだけど……流石にこれはちょっと、ね……」
ヒロトの言う通りまだ出会って数日しか経っていないのだ。
それなのに最初に渡すプレゼントがネックレスは重くないか?
髪留めとか、小道具の方が良くないか?
ヒロトはそう思い、ネックレスを買うのを躊躇う。
結果から言えばエレナは良識の範囲内であればなんでも喜ぶのだが……ヒロトがそれを知る術はこの場にはなかった。
「良いんですよ! 女の子はみんなキラキラ輝く物が好き! 中でも宝石の人気は凄くてその宝石を生かすには髪留めなんかじゃなく男が本能的に注目する胸もとに付けられるネックレスが最適解なんですよ!!」
だから、踏み留まるヒロトの後押しに少女はそれっぽい力説をする。
「いや、でも────」
「ええい!! まどろっこしい!! 男ならウジウジしてないで度胸みせんかい!!」
最後の後押しにヒロトを物理的に押して会計へと運ぶ。
「もう閉店時間過ぎてるんですよ! とっとと買って下さい!」
「わ、分かったよ……って高ッ!!」
ネックレスの外見ばかり注視していて値札を見てなかったヒロトは驚く。
「安心なさってよ。 少しは負けとくから」
「うっ……これもエレナの為だ……っ!!」
ついに覚悟を決めて少女が掲示した値段通りに支払いを済ませた。
「ピッタリだねー。 もうちょいくれたっていいんだよ?」
「それ以上を求められたら店を出て行かなくてはならないんだけど?」
「はは。 まあその瀬戸際を狙ってみたからねー。 当然ちゃあ当然だよー」
「マジか。 君その見た目の割に結構エゲツないな。 でも……ありがとう。 この恩は今度何かの形で返上するよ」
「そう。 じゃあその時を楽しみにしてるよ」
礼を言い、店を後にするヒロト。
「まいど〜。 またのご贔屓を〜」
少女はその後ろ姿を見送り想いにふける。
(宝石は異界でも貴重とされている。 そしてここと違って宝石に見た目以上の意味を与えた。 エメラルド、その言葉の意味は幸運、安定、希望。 そして────)
愛の成就。
おさげの少女は頬付きながら恋愛している人を見るとつい応援したくなる自分を恥ずかしげもなく誇らしく思った。
やってる事は唯のおせかっかいなのだが……本人は良かれと思って行なっているのでタチが悪い。
爛々気分で鼻歌をしていると店の扉が開かれる音がして扉の方へ見る。
「あ、ママ!」
少女は椅子から飛び退き母親の方へ走り出した。
母親は無表情に自分に抱きつく子を見つめる。
「あのねあのね!」
今日あった事、特にヒロトにした事を子供ながらの無邪気さで自慢する。
母親はそれを無表情で見つめる。
いつしか話し終えた少女に母親は近づき────
ーーーーーーーー
ヒロトは見た。
仕事終わりにいつものように着いてきたエレナを先に行ってて、と別れた。
無論プレゼントを選ぶ為にエレナを連れて行けないからだ。
その後入った店で色々あったが何だかんだとプレゼントを選ぶ事が出来た。
あとはエレナが喜んでくれるかどうか。
『あの人』以来となる友達にヒロトはその言葉以上の重みを含めて、ネックレスが入った紙袋を握る。
不安はある。
だが、エレナだったら喜んでくれる。
そんな押し付けがましい気持ちを胸にしまい込み妙に明かりのない自分の部屋に入る。
「エレナ。 その、今日君の誕生日だと聞いて……だから……き…み…に………」
人は期待した分、期待を裏切られた反動は理不尽なほど大きい。
だから。
ヒロトは失望した。
「………………あ?」
エレナに?
違う。ヒロトが失望したのは目に写っている光景でもエレナでもない。
「………………あぁ?」
例え理不尽な事でも。
例え不条理な事でも。
ヒロトは乗り越えられる。
『勇者』なのだから。
「…………………あぁぁ?」
故に乗り越えられる。
良かれと思って行なった行為が今の"惨殺"に繋がるのであれば失望した自分すら乗り越えられるだろう。
「エ……レナ…………エレナァァァァァアアアア!!!!!!!!」
額から腕の程ある長さの細い針が伸びている。
月夜に照らされ現れた顔は眠っていて、よく眠りについていて安らかだった。
「────────キィ?」
針はヒロトの悲鳴を聞き身じろく。
その反動でズルッと擦れる音と共にエレナが落ちる。
「エレナ……なんで、どうして」
針は、否。
蟷螂の胴体はそのままに、蝶の頭部を接合した化け物は2メートル程ありエレナを踏み越えてヒロトを襲いに様子を見ながらゆっくりと近づいてくる。
「……………」
ヒロトは反応出来ずにそれを見る。
エレナの……死体を踏まれても、自身に身の危険が迫っているとしても動くことができなかった。
「────────キキィ」
化け物が蟷螂の鎌を振り上げる。
射程距離内。
致死圏内。
ヒロトはもう逃げられない。
元よりその気力すらない。
「………………」
化け物が鎌を振りかぶる。
それをスローになる視界で捉える。
────もういいや────
化け物の目標通り振った先は切り裂かれ夥しいほどの血が一面を塗りつぶしていた。
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