第12話 [体言魔術]
俺の両親は異物研究者で数週間前までその助手をしていた。
その過程で一部理解出来ないながらも異界の知識や異物に触れる機会があった。
でぃーぶいでぃーとか言うらしいのだが、媒体となる被写体にデンキを情報として送る事で映像を映す。
初めて見た時は現実味が無いながらも【未来視】と同じような客観的視点から見る光景に度肝を抜かされた。
異界とは言語が違うから何を言ってるのか分からないながらも【未来視】を封じられた俺は代わりを求めるように映像が繰り広げられる寸劇にハマり、遺物の研究と題してよく映像系の物を見ていた。
だから、その一環で踊りの映像を見る事も多々あったのだが………これは今まで見てきたどの踊りとも違う、華麗で優雅ではある。
だが違う。
もっと何かを体現した、そう"字"を体現した踊りなのだ。
「これが彼女の家系に伝わる舞を使った[魔術]、[体言魔術]や」
「[体言魔術]? なんなんだそれ?」
先生の舞に見惚れているとエルフェイスが気になる事を言ったので聞き返す。
「本来[魔術]の使用には魔力が必要不可欠ってのは君も分かってるやろ? 魔力を操り形を想像する。 そうやって[魔術]を使うんやが、今回稲荷ちゃんがやってるのは[体言魔術]。 口詠唱や陣詠唱とは違って体全体で魔力を感じて操る。 それが[体言魔術]なんや」
「はえー。 でも[魔術]を使うだけなら他の方法でも良いんじゃ……」
「魔力効率が段違いなんよ。 実用性においては他の[魔術]がええんやがこと異界の門に対しては膨大な量の魔力を消費する事になるんや」
細目を舞続ける先生に向けながらも円滑に口を回すエルフェイスを目の端で捉える。
「異界の門を鎮めるのに数十人程の魔術師の魔力を注がなきゃならんのやが、[体言魔術]は門の発生によって起こる魔力の奔流を逆に利用して体で流れを操作、舞の要所要所に挟まる全身を使って表した字を詠唱として[魔術]を調整する。 そうやって数十人分の魔力を周りの魔力を使って補填、門を鎮めるんや」
「じゃあ先生は一人でその分の魔力を補ってるって事なのか……魔力酔いとか大丈夫なのかな」
「そこが稲荷ちゃんの凄いところや。 彼女は天性の対応力で直ぐに魔力酔いを克服し、瞬く間に[体言魔術]を身に付けたんや」
自分の事のように自慢げに語るその姿は輝かしい物に心酔している幼げな子供に見えて、どこか自分と似た寄った物を感じられた。
「まあその弊害で初見の物に対して酷い嫌悪感を抱いてしまってな……直ぐに慣れるらしいけど慣れるまでの間吐き気に襲われるんやわ」
「……もしかして先生の事が好きなのか? エルフェイスお前」
こじんまりとした雰囲気で押し黙ってしまったエルフェイス。
数秒経ったのちさっきまでの饒舌した口が重く言葉を発する。
「………君流石に無遠慮過ぎへんか? いやタメ口で良いって促したのは僕やけどさあ……。 彼女とは唯の幼馴染ってだけや」
「幼馴染なんすか。 なんだか惚れてるように感じられたけど」
「うーん。 どちらかと言えば憧れやね。 彼女のあの舞が、この世のどんな物よりも美しく、僕には見えるんよ」
「憧れか……」
頭を振って追懐を遮る。
今は先生の踊りに集中するんだ。
先生の弟子になる。それはつまり神楽導家が生業とする異界の門を鎮める任を担ぐ事になるのだ。
よって[体言魔術]の習得は必須であり、自分の意志に関係なく弟子に志願した時から決まっていた事なんだ。
口は動かしているが脳の機能を先生の踊りを覚える事に意識を傾ける。
弟を助けるために、出来る事は何でもして可能性を広げるんだ!
「……君はホント変わってるな……」
より一層と集中して踊りを見ているとエルフェイスが感心した声で言う。
「僕は稲荷ちゃんの舞に惹かれてこん職に家名を捨ててでも入ったんや。 でも、何度練習しても、何度見直しても一向に理想には届かない。 こうして見てる今でも届く気すら起きない。 才能がないから幾らやっても駄目なんだと考えて練習を行う日々に心は消耗していって………だけど。 ある日あの子に出会ったお陰で答えが見えて……終わりを迎えられた」
いつの間にかエルフェイスの方を見ていた俺の肩に手が置かれる。
「遠き眼を持っていても見えない事はある。 君が僕と同じで目的を持って答えを探すのであれば────」
…………その後、先生と交代したエルフェイスは舞を初めた。
先生と違って素朴でガサツであったが、どこか、心が躍るように楽しく思えた。
ーーーーーーーーーー
「そんな事があったのですね」
「はい。 いい経験になりました」
夕暮れ時。
大体2時間近くで儀式が終えた俺と先生はエルフェイスから手土産を貰って次の街へと向かっていた。
「彼とは昔からの付き合いでその人柄も理解しているつもりです。 ですから最初にタロウさんに合わせられて良かったです」
「色々とタメになりましたよ。 共感と言うかなんと言うか……同じような人がいるんだなって」
「ですよね。 貴方もああ言う人にはなってはいけませんよ」
「………はい?」
ああ言う人になるな?
「エルフェイスさんは一度決めた事は猪突猛進で遂行する人なんですよ。 神職に入る際だって家族の反対を押し切って孤立無縁の中、父上の慈悲に浅ましく……昔から良く振り回されていましたよ。 ええどっかの誰かさんのように、ね」
「……すみません……」
「別に気付の一発で気を切り替えるのは良いのですよ。 ただ、血が出るまでやるのは幾ら何でも……後は分かりますよね?」
「はい。 自分の体を大事にします」
「宜しい」
急に説教モードに移行した先生に、だが心当たりがあるせいで何も言い返せない俺は反省と謝罪をした。
「エルフェイスさんみたく目的があっても家族を捨てるなんてしないで下さいね」
「……てかアイツ自分から家族捨てたのかよ」
「……貴方今日会ったばかりの人に向かって良くアイツとか言えますね……」
困り顔をした先生に話題を変えるようにエルフェイスから渡された物に指を刺す。
「ところで先生、これどうします?」
「開き直りがお早いんですね。 それは置物以外は捨てましょう。 彼もほぼおふざけで渡した物でしょうし」
そう言い木箱の上に並べられた品々を先生は見つめた。
四足体型の赤い何かの魔物。
変なポーズをしているゴーレム。
女性の絵集。
彩緑な品は何ともまあ……面妖と言うか……
その中の一つ、女性の絵集は記憶に新しい。
「タロウさん。 色物に興味が湧く時期とは分かってはいますけどせめて一人になった時にしてくれませんか?」
「いや、もうしませんよ。 証拠に今から禁欲宣言をしますけど……」
「しなくて結構です」
儀式の後、エルフェイスは異界の門から持って来たこれら品を「折角やから持っててや」と渡して来た。
で、最初に渡したのが例の女性の絵集なのだが……頁を一枚捲り瞬間入って来たあまりの情報量に俺は無意識に熱読していた。
……先生に白い視線で見られてる事に気がつくまで……
「フラッシャルドに着きましたよー」
睨みに近い目で見られている所で馭者さんが馬の鳴き声と共に言う。
俺と先生は馬車を降りて街を見る。
「ここが……フラッシャルドですか」
渡りの儀。
二つ目の立ち寄る街。
俺はそれを踏まえて苦笑し、先生は目を瞑る。
コズプレッソの隣町フラッシャルド。
別名、脱衣の街。
「すっごい……帰りたくなって来ました」
「……慣れますよ。 私も、慣らしましたから……」
先生率いる俺といつの間にか隣に居た馭者さんは今日泊まる宿を探しに街の中へと入って行った。
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