第11話 Q2 伝統は廃れ、常識も変わる時代の流れの中で唯一の正しさとは

 これから毎晩、魔力酔いに苛まれる事が確約された俺はやけ食いしていた。


「タロウさん、そんなに急いで食べてはいけません。 ゆっくり噛んでちゃんと味わってください」

「噛んでます。 食べ方汚いと思いますけどちゃんと噛んでます!」

「そう言う問題じゃないのですよ」


 焼肉定食肉大盛りを食べ終わった先生は箸を置いて手を合わせた。


「食べ方と言うのは感謝の意を表す手っ取り早い手法であって、そこに礼儀があればどんな食べ方だろうとその人の個性という事で別にそれはそれで良いと私は思ってます」


 ご馳走様。と先生はまるで神様に祈るように手を合わせて言う。


「まあつまりはちゃんと感謝の気持ちを込めて一噛み一噛み食べましょうと言うことです」

「じゃあ先生はいつもそうやって食べてるんですか?」

「そう躾けられましたので」


 伝統ある家系は何処もきめ細かく躾けられているのかな……いや、それが当たり前なのか?

 どっちにしたって一々感謝を込めて食べるなんて面倒くさいと思うんだけどなー。


 そうこう考えてるうちに俺も食べ終わったので先生に見習ってご馳走様と食事を終えて、その後は他愛もない話をしながら馬車で待ち合わせ場所に向かった。


「ここが今日会う神職さんの神社なんですね」

「ええ。 彼、「ルルイシャ・エルフェイス」は実家が由緒ある魔術師の家系で、小さい頃から[魔術]を教え込まれていたのです」

「へー。 そうなんですか。 じゃあ異界の門を操って異物を取り出してるのもその経験からですかね」

「そうらしいですよ」


 異界の門を鎮めるための儀式はやり方が違うだけで[魔術]に分類される。

 そのため[魔術]の知識が深ければルルイシャと言う人のように異界の門を操る事が出来るらしい。


「しかし何でこの職業をやってるんだ? 魔術師の家系なら一生それだけで暮らしていけると思うのに」

「それは僕が家から追放されたからやで」


 男の声が聞こえてその方向へ顔を向ける。

 先生が着ている巫女服を男性用に仕立てられた物を着ている男と俺は目が合う。


「今はルルイシャの家名を捨ててるからただのエルフェイスや。 よろしゅうな〜」


 生まれつきなのか、それちゃんと前見えてるのと問いたくなる糸目のエルフェイスさんは先生に向き直して気軽に挨拶した。


「先日お会いしましたが改めまして神楽導稲荷です。 宜しくお願いします」


 割とびっくりしている俺とは違い、飄々と返事を返した先生。


「そして此方は弟子のタロウ=タ・ナーカさんです」

「あ、タロウです。 この度はよろしくお願いします。 えーと、エルフェイスさん」

「ああタメ口でかまへんよ」


 そう言われたので敬語をやめて改めて挨拶したら先生がジッと見つめてるのに気がついた。


 え? タメ口で良いって言われたからそうしたのに何が悪かったの?


「…………まあ良いですよ。 では、挨拶もすみましたし、馭者さんお願いします」


 それを合図に昨日と同じように揺られながら次の街「フラッシャルド」へ向けて動き出す。


「いやー急に頼んで悪いねー稲荷ちゃん」

「お構いなく。 この旅の目的は人徳を高める事にあります故」


 エルフェイスと先生が話し合うのを向かい側で座っている俺は思い返す。


 渡りの儀。

 それは巫女もしくは巫覡になる為の最後の試練である。


 この世界は大まかに四つの宗教国家に分かれており、俺たちが今いる国家が「種族統合自由連盟sp.プロペンシティ」と、通称自由連盟と呼んでいるのだが、この国家に存在している街や村または道中困っている人がいた場合可能な限り手助けをする。

 つまり渡りの儀は国レベルにまで範囲を広げた慈善活動と言うわけだ。


「それにしてもこん古臭い伝統まだやってたんやな」


 古臭いって……


 いやでも確かに面倒くさいなとは思ったけどそれでも伝統ある事だし人助け自体は良いことだから行う意味はある筈。


「全くその通りですよね」

「先生!?」


 それ貴方が1番言ってはいけないのでは?!


「だってですよ、タロウさん。 就職させるのに態々こんな手間の掛かる事なんてしなくても良いと思うんですよ。 それこそ私達の職であるのなら舞の審査を行なうだけで済みますし」

「た、確かにそうかもしれませんが……それでも人を助ける点だけは有意義な行為だと思いますよ!」

「それもそうなのですが……私が初めてこの儀を体験した時に思ったのですよ。 まるで人の不幸を探しているみたいだなって」


 そう言われればそう捉えられなくもなかった。

 見方を変えるだけでこんなにも違う意味に感じられるんだな。


「だけど人助けをするのは良い事で、私も賛成しですけど、こう言う機会でしか行わないのであればする必要性はないかなっと」

「こう言う機会?」


 まるで今回みたいな事例じゃないと人助けをしないみたい言い草だな。


 そんな風に思っていたら先生とエルフェイスが奇怪な物でも見るかのような目線が送られていた。


「え……タロウさん貴方もしかして道端で困っている人が二人いるとして、その何方を助けますか?」

「いきなりなんですか? まあ……どちらかではなく両方とも助けたいと思いますけど……」

「それが例え片方しか出来なくとも?」

「いやどっちかと言われれてもそんなの答えられないですよ」


 話の流れからして人助けの話なんだどうけど、だとしても質問の意図がわからない。


 普通どっちも助けるのが "正しい" のではないのだろうか?


「ふむ……にしては珍しい価値観を持ってるけんどな、僕らの職は人の営みをするための日銭を稼ぐ仕事であって人を救う正義の活動をしてる訳やないんや。 だから困ってる人皆んなを助けようとか葛藤無形な思想はやめた方がええで」


 先生の質問に頭を悩ませていると、エルフェイスが神職の仕事について語り出した。


「そもこの職はな、元を辿ると異界に繋がるんや。 飛来してきた文献を解読し、そこから効率の良い部分を取って改良したのがこの世界の神職なんやわ。 なあ稲荷ちゃん」

「そうですね。 複雑極まる文献の中から形式と命名をお借りしてるんです。 だから実際のところ神職と名乗ってはいますけど特に何の神様を祀るわけでもなく、効率を重視した結果ですね」

「そう言うわけや。 あくまでも仕事として、それ以上をするのならこん職は辞めたほうがええ。 さもないと身が持たんからな」


 仕事と両立して人助けをするのは難しいと言う事だろうか。

 意味ありげに語ったエルフェイスは場の空気を切り替えるようにパチンと手を叩いた。


「まあ今日会ったばかりの奴にどうこう言われたかあらへんやろ。 さあさあ他の話をしようや」


 それから釈然としない俺を他所に、時折馭者さんも交えて先生達は話題の変わった話をしていると馬車が止まる。


 どうやら目的地に着いたようだ。


「タロウさん、これとこれを持って行って貰っても良いですか?」

「あ、はい。 分かりました」


 胴の幅を越える木箱とそれよりも一回り小さい木箱を渡され、大きいのを下に小さいのを上に重ねて持ち上げる。


 そして異界の門が発生した場所を知っているエルフェイスを先頭に俺達は各々木箱を持って歩き出した。


「ところで先生、この木箱の中身には祭具が入ってるんですよね?」

「ええそうですがどうかしましたか?」


 木の薪に躓かないように気をつけて歩きながら先生に声をかける。


「儀式に必要なのは分かるんですがこんなに持っていく必要ってあるんですかね?」

「形式的にも体感的にも必要なのですよ」

「あー結構重要なんですね」

「重要って言うよりはあった方が良いって感じですね」


 体感ね……


 異界の門を鎮めるのに用いる儀式は身体を使って執り行うって聞いてはいるけど、どんななのだろうか。


 結構[魔術]に関与する職業だけにこれから行われる儀式に俺の知的好奇心は滾っていた。


「着いたよー。 ここが異界の門の発生地点やで。 タロウくんは初めて目にするんやったな。 これ機に覚えておきや。 僕ら呑気にしてる割と危険な事象だったりするからな」


 空間に穴が開いていた。


 そう形容するしかない程に見たまんまな異界の門に……いやこれ門?

 どっちかって言うと穴だよね?


「いやこれ穴じゃねーか」

「そう思うやろ? 僕も初めは思ったし今でも思う」


 慎重に木箱を下ろしながら視線は門の方に向ける。

 幾度も門を鎮めてきたエルフェイスでさえも穴にしか見えないようだ。


「昔の人には門に見えたのでしょう。 今と昔では感性が違うのですからお二人共、禁句ですよ」


 先生に注意されながらも木箱から祭具を取り出して言われた通りの順で並べる。


 祭壇と呼ぶのか簡易的に置かれたそれらは先生と合わせて神々しく感じられた。


「では、これより儀式を始めます。 はっ────」


 キーンと耳鳴りをしたのを錯覚する。


 場の空気が先生を中心に集まるのを感じながら先生は舞った。

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