趣味でレアスキル【未来視】を使っていたら、実は因果律確定の能力だった。〜自業自得で裏を掻き続ける人生になってしまった俺は罪滅ぼしの為にみんなを救います〜
第10話 効率の良い学習方法は恐怖を与えること
第10話 効率の良い学習方法は恐怖を与えること
────光景を見た。
それは返り血で染まった巫女。
────光景を見た。
それは無数の人ならざる敵を。
────光景を見た。
それは伽藍堂の土塊。
────光景を見た。
それは…………『複眼』。
幾星霜の光景が、未来が頭を駆け巡る。
痛い。苦しい。辛い。
脳の処理能力を超える情報が瞬時に流れては消えを繰り返す。まるで永遠に続くと思われたそれはだが、音と言う第二の情報源が反響して流れてくる事で更なる苦痛へと変じる。
このまま続けばいずれ……いずれ────
ああ。なにもみえない。
ーーーーーーー
「はぁ…はぁ…」
いつの間にか寝ていたのだろう。
部屋の中には先生の姿はなく、夜明け前だったのが嘘のように陽光が窓から刺していた。
「夢? ……にしては再現度が、現実のそれと遜色がない……まさか」
この感覚は間違いない。
俺がその力を自覚してから封印されるまで何度も使ってきたスキル。
「【未来視】……でも何でだ? ゴーグルを嵌めている限り発動できなかったはず」
このゴーグルは忌々しいが、耐久性能は保証できる。それこそ何度も石で硝子部分を攻撃しても傷ひとつ付かないし、誰かが留め具を解かない限り自分では外せない不思議仕様になっている。
「分かんない事を考えても仕方ない、か……取り敢えず今は何時だ?」
疑問は積もるが幾ら考えても思い当たる事がないので一旦保留にし、俺はベッドから起き上がった。
「酔いは治ってるな。 まあ俺の魔力なんてたかが知れてるし数時間あれば治るわな」
原因はなんであれ唯の酔いだ。
しばらく寝てれば症状は良くなるし、使った魔力量が少なければそれに応じて具合が悪くなる事ももない。
逆に言えば俺の魔力量が少ない事の裏返しだけど。悲しい……
「今日もいい天気だなー」
晴れやかな気分が陽光と共に送られてくる。
窓辺に立った俺はたっぷりと日差しを浴びながら落ち込みそうな気分を変える。
「えーと、太陽がちょっと東寄りだから今は昼前くらいか」
直射を避けるために手を額に置いて空を見上げて大凡の感覚で日の方向を確かめた。
実家が異物研究者で一応だが助手をしていたから異界の知識を持っている訳だが、これもその一つだ。
まあ実際の所父さんが熱弁していたのを思い出して取り敢えず実行しただけだけど。
「あの時の父さんは凄かったなー、秒を刻む毎に喋るのが速くなって……最後の方なんて何を言ってるのか聞き取れなかったし……」
タメになる事も知れるのだが、それ以上に無駄話になる事が多かった父さんの話を思い出していると扉を叩く音が聞こえて来たので、黄昏れるのをやめ扉の方へ向かう。
「あー、おはようございます? 先生」
「はい。 おはよう御座います」
扉を開けた先にいたのは案の定、先生だった。
今の時間だとおはようで合っているのか分からないが問題はなさそうだ。
「その、今から出発するんですか?」
「昼過ぎから落ち合う約束なのでご飯を食べてからにします。 私は先に身支度を済ませていますので外で待ってます。 では」
「あ……」
そう言って通路を歩き出した先生を咄嗟に出た声が呼び止めた。
振り向き、いつもと変わらない微笑みを浮かべて「なんですか?」と先生は返す。
「えと、その……」
くぐもった声が喉から鳴る。
今日昨日でどうしてこうも距離感が可笑しくなるのか、奇妙に思いながらも俺は口を開いた。
「今朝、色々と話したと思うんですが途中で寝ちゃったのかあんまり覚えてなくて……だからその、忘れて下さい! 余りいい話ではなかったですし……」
あの後話した内容を思い浮かべて思わず頭を下げてしまう。
だって重々しい感じになりそうだったから場の空気を壊したのに、自分から事の顛末を話してまた空気を重くしてしまったのだ。
恥ずかしいったらありゃしない。
「今朝? ……ああ、それでしたら気にしないで下さい」
小っ恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じて高まった感情を落ち着かせようと深呼吸していると先生から意図違いな返答が返って来た。
「才能の有無と真の強さは関係ありません。 例え弟さんが優っていても貴方は今、自ら志願して私の元で学んでいるのですから。 それが大事なのです」
それは昨日、幾らやっても成功しない[刻印魔術]の時につい漏らしてしまった愚痴、それを先生は咎めたのだが、勘違いなのかその話をしていた。
「才能のなんて言うのは過程を上手く活かせる一つの力であって、出せる結果は全て同じなんです。 だから曲げずに、後ろ向きにならずに努力し続けて、頑張り続けた先の貴方が華々しく思えるように今を生きましょう!」
「……………はい。 有難うございます」
今度こそ話が終わり、踵を返して先生は去っていく。
その後ろ姿を見ながら更に増した疑問が頭に突っかかる。
(なんで先生は昨日の話をした? 聞き間違えか? ……いや、確かに『今朝』と言ってたからそれはないはず。 じゃあなんで……)
頭がこんがらがりそうになったが、何とか纏めて結論を付けられた。
(詳細不明……と、保留だな)
世界は不思議で満ちている。俺達が見て来たものはそのほんの一部が解明されたものに過ぎない。
ならばこれもその一つとして考えるのを放棄する事にした。
支度を整えようと部屋の方に向いた時、ふと右から気配を感じて振り向いた。
「…………」
そこには超ニッコリ顔の先生の姿が。
「え、………え?」
心臓が止まりそうだった。
しょんべんちびりそうだった。
こ、こわ……昨日から垣間見えていたけど今確信した。
神楽導家は絶対裏家業的なのをやっていたに違いない。
「な、なんで……角を曲がって行った筈じゃ……」
「縮地です」
「縮地!?」
「はい。 縮地です。 それよりもタロウさんその傷はどうしたんですか?」
超ニッコリ顔の先生は話を無理矢理変えて、そのつぶらな瞳を俺の目、それよりも上の方を見上げていた。
「………持病です」
「持病ですか」
当てして先生がした同じような返答になったが、それがどうしたと俺は咄嗟に不味い予感を感じて誤魔化そうとする。
「変わった持病をお持ちなんですね。 その指の傷もですか?」
「そ、そうです。 持病なんです。 アレもこれも」
「ふーん……じゃあ床に転がっているその異物もアレやこれに含まれるんですかね?……」
先生の綺麗な指で刺された物を見た。
「ダンベル……お前、なんで赤く汚れてるんだ!」
「貴方が付けたのではないのですか」
やっべこれ怪我の原因バレてるわ。
表面の一部分が赤色の何かに染められているダンベルから目を離す。
流石に何度も叱られてれば説教を長くさせない方法なんて分かってくる。
それは真っ直ぐ目を見て真面目に受けることだ。
「すみませんでした。(真面目な謝罪)」
当たり前のことだがこれが一番効果的なのだ。そんなんで良いのかよと思うがまずそもそも説教受けてる時点で問題なんだわ。
それに正面だけ取り繕えば良いだけだし、気持ちを切り替えてるんだわ。
説教を受ける時用の態度にな。
「はあ……人は知らず知らずのうちに感情を溜め込んでしまいますが、もし今の指導の仕方に不満があるのなら言ってください。 改善の限りを尽くしますから。私も魔力限界まで[刻印魔術]をやらせるのは酷だと思ってましたので」
それは俺も思っていた。
だが、てっきり自分で自分を傷つけたら駄目でしょ。とか、自殺紛いの事を宿でしないで下さい。とか言われると構えていただけに拍子抜けしてしまった。
そんな俺とは別に先生は顔を背けて、
「────それとも、年端も近い女の元で習うのは嫌だったですか?」
……か弱い、今にも泣きそうな声音でそう言った。
「!? い、いえ思ってません。 決してそんな事は思ってません。 寧ろ厳しく指導してる分、俺の事を思ってくれてるんだなと有り難く感じてますから!」
普段見ない形相に驚き、慌てて否定する。
実際ふざけたりしたりするが敬っているのは本当だ。
だから女性であろうが歳が近くても嫌だとは思ってない。
「そうですか……ふふ。 そうなんですね」
そんな俺の気持ちが見て取れたのか、先生は顔を上げて微笑み……否、ニッコリ。
ニッコリ顔が先程と変わらず俺に向けられていた。
「なら、これからも魔力尽きるまで[刻印魔術]をしてもらう事になりますけど大丈夫ですね」
………成程。
学習するのは何も俺だけではない、と言う事か。
俺に今のままの指導でいいと言わせる事で先生はこれから何の憂いもなしに厳しい指導を行えるようになった訳だ。
「嬉しさのあまりに涙が出てますよ? タロウさん」
「ははは。 これは悲涙ですよ。 先生」
俺はこの人が本気で怒ってるところを見た事はない。
数日の付き合いなんだし当然だ。
でも、それに近い怒りを俺は今、感じている。
「さあ、これからも精を重ねて精進しましょうね?」
だって………この超ニッコリ顔、筋が動いてないんだ。喋る時以外、動いてないんだよ。こんなしているだけで疲れて解れそうな表情してるのに。
そんなある種の真顔に見つめられ身動きを取れない俺に出来る事は只々しょんべんが漏れないように我慢する事だった。
いや待って、これ冗談にならないくらいに溜まってんだけど。
いつまで続くんだろこの状況……
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