第9話 同じ部屋に男女が二人…
宿を借りて、ベッドに横たわる。
固く、臭く、寝心地悪かった。
「コホン。 タロウさん、開始早々寝ようとしないでください」
「すみません……」
先生に注意され、俺は格安なだけあってお世辞にも上質とは言えないベッドから上半身を上げて座り直す。
「えーでは本日から加護について教えていきます。 まず加護と言うのは護符に印をつけて祈りを込める事で出来るのですが、分類的には[魔術]と遜色ありません。 印は陣、祈りは魔力、護符は依代、とこのように変換してもらって構いません」
先生はそう説明すると人差し指を立てた。
「では問題です。 [魔術]の一つにこれと似たような物があります。 それは何でしょうか?」
加護と似た[魔術]……そんなのがあるのか?
いや、あるからこそ先生は質問してるのだ。
よく考えろ。ヒントならすでに教えてくれている。
印は陣、祈りは魔力、護符は依代。
これらの共通点は何だ?
「ん? うーん……」
小骨が喉に詰まったように中々答えに辿り着かない。だが、詰まっていると言う事はこの答えに心当たりがあると言う事だ。
頭を捻らせ考える。
印と陣、陣は[魔術]の詠唱の一つ。
通常[魔術]の詠唱には口で唱える他に陣を用いて簡略化する方法がある。
陣に魔力を込める事でそれに記されてる内容に沿って魔術が発動する。
ただ魔力を注ぐだけなので口詠唱よりも早く発動する代わりに一発限りなので事前準備が必要なのだ。
(加護における印は[魔術]では陣……そこの関連性は何かに書く事)
今何か引っかかったぞ。
何だ?何が引っかかった。
[魔術]…加護…違う。
印…陣…"書く"…これだ!
書く事。
護符、[魔術]用語なら依代だがそれに陣を書いて魔力を込めて初めて発動する[魔術]は───
「────[刻印魔術]!」
「正解です。 私たちの業界では加護と揶揄してますが実際はそんなに大差はありません。 ただ先に編み出したのが私達であったから加護と名称してるだけです」
異物研究者の助手をしていた時に[魔術]について習っていた事があるのだが俺には[魔術]の才能もないらしく、全く使えないわけではないが勇者の素質として弟に殆ど持っていかれたみたいだ。
だが、[刻印魔術]なら……。
「と言う事はこれから教わるのは……」
「そう。 [魔術]です」
これはすごく貴重だ。
[魔術]と言うのは才能の有無はあれど魔力があれば誰でも使える。
だが、実際に[魔術]を習って魔術師になれるのはそれほど多くない。
その理由としてそもそも習える機会が少ないからだ。
魔術師や剣聖を纏めて育成する機関はあるにはあるのだが、決して少なくはない額を支払わなければならず、更には試験で躓いて金だけ払って終わった者も居れば、例え入れたとしても定期的に行われる試験に一度でも落ちてしまうと叩き出されてしまうなど、とにかく厳しいためそれに比例して排出される魔術師も少ないのだ。
だから、先生が今から教えてくれる[刻印魔術]は本来相当な額を払わなければ教わる資格すら与えられない物なのだ。
「え、いいんすか? 教えてもらって大丈夫なんですか?」
正直、加護とか上手いこと相手の心理を突いて金を搾取する感じの商売かと思っていただけにかなり戦慄している。
「大丈夫ですよ。 巫覡や巫女を目指している方は必ずしも通る道なので」
この人に弟子入りして本当に良かったかもしれない。
有名な魔術師は自分の家系のみに伝授するか貴族とかの位の高い人だけに教える者が多い。
一つ使えるだけでも後の人生で困らなくなるくらいには大量の金を得ることが出来る。
それなのにも関わらず、指導してくれる先生は流石神に使える者としてとても寛大な心をお持ちなんだなと崇めずにはいられなかった。
「ああでも、それを知ったからにはもうこの職は辞められませんので。 加護と揶揄している理由の一つに[魔術]目当てで弟子入り志願をする人を無くすためもありますから」
と、先生は注意する。
まるで獲物を視認した狩人のように、鋭い目つきはいつもしている笑顔を恐怖の対象へと転じさせる。
「いや待って、怖いんですけど。 先生、その秘密を知ったからにはもう逃げられると思うなよって感じの笑顔やめてください!」
浮かれた気持ちは何処へやら。
戦慄は、更なる刺激で恐怖へと変わっていた。
「前置きが長くなりましたね。 ではお待ちかねの加護改め[刻印魔術]。 そのやり方を教えます」
「お、オネガイシマス」
長い長い夜の始まりの鐘が頭で鳴った。
そんな気がした。
ーーーーーーーーー
「疲れた……疲れました。 もう、休ませてください………」
「駄目ですよ。 まだ出来るはずです。 ほら、こんなに力んで……発言とは別に身体はまだ元気いっぱい♡ ならまだ出せますよね?」
「う、うぉぉぉぉおおおお!!!!」
「ふふ。 そんなに声を荒げちゃって……あ、流れてます! 今までに一番濃い、濃い、魔力(別称)が! 陣(別称)に沿って、注がれて依代(別称)を[魔術](別称)へとさせてます! 凄い。 こんなにも飲み込みが早いなんて……っ!!」
「はあ…はあ…もう、ホントのホントに限界で────「何を仰ってるんですか? まだ本番はこれからですよ。 もっともっといっぱいに、精を重ねて精進してやっと一人前になるんですよ〜。 だから、もっと、いっぱいに、出して出し尽くして[刻印魔術](別称)の真髄に呑まれて♡」
あ、あぁ───────────────あぁ─────────────────あぁ─────────────────あぁ─────────────────あぁ────────────────あぁ───────────────あぁ──────────────あぁ─────────────────────────────────────────────────────────────ちがぁぁぁぁうぅぅぅぅぅぅ!!!!!!
そんな官能的な展開じゃなかっただろーーーーーーーー!!!!!
「はぁはぁ……ヤバイ夢を見た。 咎められてもおかしくない夢を見た」
寝ぼけた頭を寝覚まし代わりにダンベルをぶつけて
「はぁぁ……顔洗いに行こ……」
顔を洗いに立ち上がったところ、反動なのか身体が怠い。
そう、昨日は[刻印魔術]の基礎を学んで実践していた。
紙に陣を書いて、魔力を込める。
簡単だが、とても繊細な技術が必要で、ちょっとでも線がズレたら陣として役に立たなくなり[刻印魔術]は失敗する。
失敗したらまた繰り返し同じ手順をやる。
つまり、陣を書く→魔力を込める→失敗すると言うのを魔力が切れるまでやり続けた。
「うっ。 吐き気がする……あんな最低な夢を見た自分に対してもだけど、それ以上に魔力酔いが酷い……」
魔力酔い。
それは[魔術]を始めた者によく現れる症状で、急激に魔力を消費した時、無くなった分の魔力を補給する。
しかしこれに慣れないうちは一気に送り込まれる魔力に脳の情報処理が追いつかず酔ってしまう。らしい。
正直、そこら辺はよく分かっていない。
ただ、症状は使った分で変わってくるのは理解しており、今回俺は全魔力を消費したので割と洒落にならない酔いに襲われている。
「まあでもあれから数時間は経ってるし、魔力の補充は既に終わってるから後は安静にしとけば治るか」
おぼつかない足取りで洗面台についた俺は水で顔を洗う。
「あ、血出てる」
ポチャと血が一滴落ちた。
あ、結構出てる。
ついでに今更痛みを感じてきた。
「ヤバイかなーこれ。 でもなんか清められた気がするし……いっか」
洗面台から帰ってきた俺は先生が居ないのを確認する。
日は出てるとは言え窓から見える外はまだ暗く、朝ではあるがまだ寝てる人が多い時間帯にも関わらず先生の姿はなかった。
当たり前だが男女が二人、同じ部屋で一晩明かすというのはいくら師弟関係でも出来るはずがなく、先生は俺が寝たあとで恐らく借りた別の部屋に戻ったのだろう。
「どうしよっかなー。 仕事は速く終わらせた方がいいとは言え、こんな朝っぱらからやる事ではないしなー」
流石に血を流れっぱなしには出来ないので服の袖を負傷した箇所に当てて瀉血する。
今日はやる事があり、同行者が乗るために荷物整理をして場所を開ける事だ。
借りた荷台はそこまで大きくはなく、それに対して仕事道具が場所の半分以上を占めていた。
幸いにも俺の荷物が少なかったお陰でそれ以上は圧迫される事は無かった。
「そう言えば一応武器の手入れをしといてくださいって言われてたな」
思い出してダンベル…ではない。
いくら評価を上げようが、実践で使った事がなければ机上の空論だ。
それにコイツとはお別れしなければならないのだ。これ以上未練を作ってはいけない。
ダンベルを鞄の中にしまい、その隣に置いてあった剣を取る。
剣の才能はないが、あるに越した事はないため持ってきた安っぽい剣。
「で、これをどうやって手入れするんだ?」
未だ痛みが引かない頭を抱え悩ませる。
剣を使って鍛えてはいたが、あれは木剣で、真剣とは違い手入れをしなくても使い続ける事はできた。
対し、真剣は戦場でその価値を発揮する。
故に手入れは必要不可欠で、怠れば命に関わる。
まあ俺は元よりこれ一本に命を預けるつもりは毛頭なく、いざとなれば使い捨てるまでだ。
「磨いたりすれば良いのかな? こう、鞘から取り出しやすくする為に」
左手は傷口を抑えている為、もう片方の手で剣を膝に置いて布でゴシゴシと擦る。
柄から剣先まで、上下に動かして、手が滑って指切ったぁぁぁ!!!
「痛ぇ……今日これから肉体労働するのにこんなんで平気かよ……いや駄目だな。 魔力酔いがまだ治ってない調子崩してる時にやる事ではないな」
あれだ、寝よう。
痛みと酔いが混合して頭を襲い、気分が可笑しくなっている。
眠れそうにないが、横になって頭を落ち着かせた方がいい。
いつの間にか出血が止まっていた傷口から手を離し、剣を鞘に入れて鞄の側に置いた。
そしてベッドに身体を預ける。
固い、臭い、血の匂いgいやこれは俺のだ。
(あー脳が働かん。 思考を捨てよう)
呆と、頭が真っ白に染まり、目が真っ暗になった時
────扉が開く音が耳に入ってきた。
「タロウさんは……まだ寝ているようですね」
(起きてます)
心の声が漏れたのか、まるで泥棒のように静かに入って来た先生は小声で話す。
多分俺を起こさないように気を使ってくれているのだろう。
(なんか……申し訳なくなって来た)
夢とは言え、先生を恥辱に塗れた展開で犯してしまった。
それは年頃だからと言い訳できない事はないが、それでは収まりがつかない。
(やっぱり起きて、正座と共に教わった異界風謝罪術、DO☆GE☆ZA☆をするしか……でもいきなりやっても困惑するだけだよなー)
全身全霊の謝罪をするか、このまま寝過ごすか、どちらの方が得策か迷っていると先生が何かを呟いた。
「これで良かったのでしょうか……彼を私の弟子なんかにさせて……」
その言葉を聞いた時、まるで操り人形のように俺の体は自然と動いた。そして、
「あの……先生? どうしたんですか?」
「!?」
先生は目を全開きにして俺を見た後、勢いよく首を右に振って顔を晒す。
「……聴こえて………いますよね? 流石に……」
「まあ、はい……」
場の空気を壊した甲斐あって何だか気まずい流れが出てきた。
それでも、きっかけ一つで雪崩れ込んできそうな重い空気は無くなっていた。
「「…………あの」」
同じタイミングで声が被ってしまいさらに気まずくなる。
「………お先、どうぞ」
「……では、お言葉に甘えてまして、タロウさんは、その……いえ、やっぱり何でもありません」
「えっと、じゃあ次は俺ですね」
言葉に詰まったのか、それ以上は話せない先生に変わり話し始める。
「俺が、この旅を始めた理由について、話します」
寂静とし過ぎた空間の中で、自分の身の上話を始めた。
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