第8話 メンタルブレイク
目の前に居たのはうつ伏せになってぶつぶつと独り言を永遠に繰り返す
神楽導稲荷は目を離した瞬間に移り変わる少年を間近に見ながら絶句していた。
「………何があったのですか……?」
単純に、騒音で耳がやられただけだ。
だがタロウのリアクションが害された分以上に反応して誰かに襲われた風に見させてしまっている。
「あの……タロウさん、大丈夫ですか?」
大丈夫ではあるが大丈夫ではない。
タロウが受けている痛みの殆どは自傷した物であり、心配するほどではないが精神面はそうはいかず。
街の人達の狂気にも似た宴の片鱗を浴びて精神は摩耗している。
「えと…その…今日はもう寝ましょうか」
折角着替えた着物を惜しげに見つめた後、今日泊まる宿を探しに行く事にした。
コズプレッソは賑わっているが、街中がこんななので外から来る人は少なく、もし来ることがあっても用が済んだら街を出て行ってしまう。
そんな訳で割と部屋が空いてる宿は結構あり、今からでも宿泊するのは可能だ。
「仏仏仏仏仏」
「…………………」
問題は人混み。
信者の家を巡回した時よりも、着替えに更衣室に向かった時よりも本格的に祭りが始まったのか道いっぱいに人が歩いていた。
今のタロウの状態であの人混みに混ざるのは危険だろう。
(どうしましょうか……この場所に宿らしきお店は見えませんし)
夕陽が傾き始め、街はより一層喧騒に包まれる。
本当に何があったのか、ここで起きた事を知らない稲荷は焦燥を鎮めるように溜息を一つ吐く。
「取り敢えず晩御飯に何か買ってきますので、あの、その……じゃあ」
何度も話しかけても無視される。
今朝方注意したばっかなのに、と心中で思ったがこの精神状態じゃ致し方ないのだろうと自分でケジメをつけて気持ちを切り替えた。
「お気に入りなの…着て来たのに……酷い」
だが、稲荷とてまだ子供だ。
いくら精神面でかなり発達してるとは言え家族以外で、しかも男の人に私服を見せるのは初めてだ。
浮かれてお気に入りの着物で見せに来ただけにその反動はデカかった。
思わず出た言葉に稲荷自身驚きながらも沈んだ足取りで食べ物を買いに行く。
ついでに着替え直そうと別の服を取り、チラッとタロウの方を見る。
もしかしたらさっきの言葉が聞こえているのかもと思い振り向いたが、先程まで話しかけても反応を示さなかったのにそんな都合良く感情的な言葉が聞こえる訳がない。
見事、淡い期待を裏切られた稲荷は潤みそうな瞳を瞑り、今日までの人生で一番大きな溜息を吐いた。
人はこれを成長と呼ぶのか、タロウの身勝手さに慣れて来た稲荷は元気のない歩みで何を買うか考えていた。
ーーーーーーーーー
「祭りって楽しいなー」
心にも思ってない事で話を盛り上げようとした。
そんな見えすいた発言に、妙に元気のない先生はただ項垂れて「そうですねー」とこれまた心にも思ってない発言で、と言うか無意識で返事してるようだった。
「あのどうしたんですか先生。 そんな博打で有金全部溶かした顔をして」
「ふぇ? ああ、これですか? ええまあ初めて味わう気持ちを感じて戸惑っているだけです。 もしかして、この気持ち……これが! ……いえ何でもないです」
え、そこでやめちゃうの?
すっごく気になるんだけど?
初めて見る先生のボケに新鮮味を感じながら飯を食う。
「そう言えば明日ここの神社に行くって仰ってましたけど何をするんですか? 今日みたいに過ごすのはアレですし、何かできることがあるのなら事前に聞いておきたいんですが……」
"今日"と言う単語が出た時、先生の身体がビクッと反応したが、それよりも明日の事が重要なので気にせず予定を聞く。
「はあ……そうですね、特にこれと言ってやる事はありませんが少し荷物が増えますので荷台の整理をしといてください」
「? 何か買うんですか?」
「いえ、次の街まで同行する人が出来たんです」
と言うのも異界の門が山道付近で発生したらしく、例の神社の神主が、どうせならと先生の儀式の姿を見て参考にしたいと申し出たのだ。
「そう言う事で急遽明日人が増えるので荷物の整理と……あ、一応万が一って事もありますので武器の手入れもしといて下さい」
「了解です」
食べ終わったのか、先生は自分の分の使い捨ての容器を纏めてゴミ袋に入れた。
「そう言えばその神主とはどこで出会ったのですか?」
「巡回してる時です。 加護を貼り直してる時にたまたま出会いまして、少し談話をしてました」
「なるほど……ん? あの思ったんですけどここってその神主の担当なんですよね? だったら加護とかやっちゃって大丈夫なんですか?」
「その事なら問題ありません。 元より系列的には神楽導神社の派生ですから」
(それ権力で黙らせてるだけじゃ……)
心の中で呟く。
正直よくは分からないが問題ないのならそれでいっかと思う事にした。
「では食べ終わったら今日泊まる宿に向かいます。 そこで本日から加護の練習を開始しますので心得ますように」
「はい」
返事をした俺はご飯を勢いよく掻き込む。
何と言う料理か知らないけど美味しかった。
「……すっかり元気になりましたね」
「? どうしたんです?」
「なんでも……ありません……」
乾いた笑みで俺を見つめる先生。
どうしてそうなったのか、まあ心当たりはある。
俺がこの街の狂気に触れたところから晩飯を食うまでの間、何故か記憶がないのだ。
多分その時に先生に何かしてしまったのだろう。
記憶にないとは言え、失礼をしてしまったと思うので謝って見たのだが、大丈夫ですと連呼するだけで怒るわけでもなくただ許してくれた。
(正直そっちの方が怖いんだよなー)
どうしようもないので初めて見る先生の私服姿を見て、この人スタイルいいからどんな服着ても似合いそうだなーと思いながらご飯を食べ終えた。
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