第7話 一人で喋ってる奴ほど頭がおかしい

 自由連邦東地区。

 ここは神楽導家のお陰もあり、異界の門の発生率はそこまで高くはない。

 もし発生したとしても迅速に対処されるのでそこまで問題はなかった。


 だが、近年発生率が上昇してきて、ついには一つの町が飲み込まれてしまう程の門が出てしまった。

 『大門』には届かずともこの事例に対処するべく門を鎮める秘伝の術を公開し、それを会得した者を各地に散りばめてより効率を測った。


 その目論見は見事成功し、発生自体は未だ解決してないがそれが気にはならなくなる程には被害を食い止められており、それどころか上手いこと操って異物を呼び出す者も現れるようになった。


 そして現在、俺たちは東地区の街、コズプレッソに居る。

 例の異物をを呼び出せる者はこの街に居るためその恩恵で流れてきた異物は使える物、使えない物に分かられて使えない物は中央地もしくは別の国に売ったりして金に換えられている。


 父さんもよく外出してはこの街で馬車の荷台いっぱいに買い込んで母さんに怒られていたなー。


「じゃあ使える物に分類された物はどうなるかと言えば、この街を一眼でも見れば何も言わずとも分かるよな」


 貴族かと思うほど凝った服だったり、脚部を大胆に露見させてる下手したら下着が見えてしまいそうなヒラヒラしているズボンだったり、上半身の真ん中部分に変な線があってその線をなぞって手を上下に動かすと開いたり開いたりする服だったり、すっごい肌に密着している全身を覆っている服だったり、逆に腰部分だけしか面積がなく俺が付けているゴーグルよりも小柄なゴーグルを付けて青色の帽子を被ってる服?だったり、なんかもう……人が服を着ているより毛皮が中に人を入れていると言った方が正しいような気がする服だったり。

 とにかく多種多様な、見方が違えば珍妙な服を着た人達が街中を歩いていた。


 そう、コズプレッソと言う街は異物の中でも特に服を重要視している。


「普通に考えて変なのはこの街全体なのに一周回って俺が変な格好してるように思えてきた」


 自分の素朴な服と街中を歩く人々の服を見比べてもしかしたら変わっているのは自分なのではと思い始めて違う違うと頭を振って思考回路を元に戻す。


(俺は頭がおかしい奴なのであって変な奴では断じて違う。 いや自分で言ってといて結構悲しく思えてくるけど)


 涙腺が脆くなったのか、涙が出そうになり指で目を擦る。だがゴーグルに阻まれて代わりに硝子を擦ってしまっている。

 これでは硝子を拭いているだけにすぎないではないか。クッソ忌まわしきゴーグルめ。


「にしても先生遅いなー。 巡回だけだったらすぐに終わると思うし、どんだけ話し込んでるんだろ」


 コズプレッソに来た理由は金銭を集めるだけでなく信仰者の家に訪問して魔除けの加護を貼り直す為でもある。

 と言うより主な目的はそっちである。

 金については自分でなんとかするように言われているので、加護とかまだ出来ない俺はここでお留守番と暇つぶしに金の稼ぎ方を考えていた。


(この街じゃ、異物は大して珍しくないしなー。 そもそもここで買った異物がこのダンベルだしな)


 やっぱ中央地区で換金するしかないらしいダンベルを持つ。

 本格的に暇になってきたので腕を動かして少しでも紛らわす。


「一ニ三……一ニ三……」


 持つ腕を交互に変え、少しでも長く続けられるように悪あがきをする。

 だが結局、俺は5分もたたずにバテてやめてしまった。

 数年かけて作った筋肉はだらしなくぶら下がってしまう。


「………暇だ」


 そんなに暇なら散歩でもしてくればいいじゃないかと思ったが、勝手出歩いて先生が戻った時に俺が居なかったらまあ十中八九怒られるだろう。


 そりゃあ留守番を頼んでいたのに守らずに散歩してるんだから当たり前だよな。

 馬車に乗る前に自分勝手だと叱られたのにまたやらかしたらどうなるか、まあその時は信頼度が下がるに違いないな。


「出歩くのも駄目。 体を動かすのも体力的に無理。 だとすると残ってるのは……」


 会話。

 案外誰かと話していると時間はすぐに過ぎるものだ。


 とは言ってもこの空間には俺と、俺が口を開くたびに怪訝そうな目で見つめてくる馭者さんだけだ。

 どうにも俺が一人で喋ってる事から気になってるらしいが癖なのでもう羞恥心は感じないようにしているが、一人で喋ってるのにも限界はあり、虚しさを感じ始めてきた頃。


 眠気が襲ってきた。


 丁度いい。

 このまま眠気に意識を委ねるとしよう。

 そう言う事で横になり、目を閉じる。

 眠りが……深く、染み込んで……


 パチン!

 耳元で何かが弾けた音が鳴った。

 思わず起き上がり周りを見渡す。


「?……????」


 寝ぼけているせいなのか、目の前で起きてる事象に反応出来ない。

 何が起きたのか、何も起こらなかったのか、とても形容し難い事に俺の頭は破裂しそうになる。


「いや、これって、もしかしなくてもそうだよな? うん……幸運なのかな? 喜ぶべきなのかな」


 今日がその日だったのか。

 街中は目に悪い光が点滅しあって人々を照らす。

 照らされた人達は、珍妙さが更に極まった服を着てクネクネと踊っていた。

 コズプレッソには年に一度、不定期にやる祭りがあり、それが今日だった。


(カーニバル……父さんから話は聞いていたけど目にするのは初めてだ)


 見た感想はアレに混ざったら間違いなく明日は筋肉痛になる。そんな気がしてならない。


「あ、タロウさん。 起きていらっしゃってましたか」


 声がした方へ振り向く。

 いつも通り、それしか服がないのではと勘繰ってしまう程に見慣れた巫女服を着込んだ先生の姿があった。


「…………」

「ど、どうしたんですか。 そんな見つめて……何か変な物でも付いてます?」

「いえ、違うんです……その、先生はその服以外に着る物ってあるんですか?」

「この服は仕事着です。 そして今は仕事中。 なのでずっと着ていても不思議ではないと思いますけど……あ、替えの服は勿論用意してますからね!」


 話がズレてる気がするが、先生は構わず話し続ける。


「それでタロウさん、どうしたんですか急に服のついて聞いてくるなんて」

「あーその、この街の影響を受けたのか、ちょっと服について関心が湧いてきたんです。 で、先生っていつもその服しか着ないので他に服はないのかなーって疑問に思ったんです」

「そう言う事ですか。 じゃあそれなら今日のところはこれで終わりで、後は自由にしましょう」


 そう言うと先生は自分の鞄に手を突っ込んで私服らしき布を取り出した。


「では私は着替えてきますのでもう少し待っててもらってもいいですか?」

「あ、はい。 大丈夫です。 あの、それより俺何もしてないのにいいのでしょうか?」

「いいんですよ。 貴方の担当係は私で、その私が任せた仕事をちゃんと守っていたのでそれでよしです」

「留守番って仕事と言えるんすかね……?」

「留守番の別称は警備って知ってます? 例え寝ていても荷物が盗まれないようにしていましたから仕事は達成。 さあ、切り替えていきましょう」

「それでいいんですね」

「いいのです。 では私はこれで」


 告げるが早く、一礼した後、先生は駆け足で離れていった。

 恐らく更衣室だろう。

 この街ならすぐに見つかると思うし、余程着替えるのに手間取る仕掛けではない限りそんなに時間をかけないで戻ってくると思う。


 さて、測らず出来てしまったこの待ち時間を俺はどうするか。

 目は完全に覚めてる。

 ならどうするか。


「……なんだが考えるの面倒くさくなってきた」


 暇をどうするか、考えない事にした。

 思考を停止させて呆ける。

 クネクネと踊っている人達をただただ見つめていた。


「────ね、君」

「……………」

「ねってば! 君!」

「ぼお? ……えーと何ですか」


 揺さぶられるまで呼ばれているのに気づかなかった。

 周りを見て、呼んだ声の主を見つける。

 俺よりも背丈が小さい少年が、左側に隠れるように居た。


「何って、そりゃあさっきの悪戯の感想を聞こうと思って来たんですが?」

「はあ?」


 何言ってんだこの子供は。

 歳下だと思われる少年は無邪気に笑いながら意味がわからない事を言う。


「だから! さっきの寝起きドッキリはどうだったって聞いてんだよ!」

「もしかして耳元で鳴ったあの音って君のせい?」

「勘が鈍いな! そうだ! オイラが泣く子も黙る「親泣かせ」のヒビキだ!」


 少年は景気に自分の名を言う。

 にしても「親泣かせ」って……誰だよそんな二つ名を付けたやつ。


「で、どうだったオイラの悪戯は!」

「……まあ、あまりいい寝覚ましではなかったよ」

「だろうな! じゃあな!」


 悪戯が好きな少年は一方的に別れを告げて走り去っていった。


「なんだったんだ? 一体?」


 まあどうでもいいか。

 早いが明日でこの街からは離れる事になる。

 元々特に異常とかがあった訳でもない。

 この街に来たのは加護の張り直しと資金集めだ。

 明日ここの担当の神社を訪問して、そのままコズプレッソからは出る事になる。

 ならば一々子供に付き合っておらず、気にしないで忘れるのが得策だ。


(先生はまだ来てないみたいだし、また呆けるか)


 馭者さんはどっか行ってしまって馬車の中は俺一人だ。

 目を一点に集中させて、段々それに慣れてきたら考えることを切る。

 後は無心に身を任せて────


「いえええええぇぇぇぇぇ!!!!!」

「うるせぇぇぇぇ!!!!」


 突然の叫びに遮られた俺は激情のままに叫ぶ。

 だが、それは追撃の狂気にも似た声で掻き消されて、あっという間に阿鼻叫喚の渦に飲み込まれた。


「ああ……耳がぁ……耳がぁ……」


 両耳を塞ぎ、音が聞こえないようにしても僅かな隙間から入ってきて俺を苦しめる。

 oh…コレガジゴーク。ワターシ、ハジィメテアジワイマシター。

 アハハハハクッソタレがぁぁぁぁあああ!!!!!!


 思わず荷台から飛び降りそうになって思い止まる。


(先生との待ち合わせ場所はここ。 もし離れたら色々と面倒事になる……)


 大音量のせいで上手く思考が纏まらない。

 どうしようもない事態に直面した俺は頭がおかしくならないように床に頭をぶつけて平常を保つ。

 もはやこれ自体が平常なのではないのかも知れないが、今の俺には頭を木材でできた荷台の床にぶつかる以外案が思い浮かばず、必死に頭を振り続けた。

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