第6話 My favoriteなダンベル
剣術において右に出る者がいないと言われるほどの強さを持つ神楽導稲荷との邂逅を果たしてから数日。
早朝、辺りはまだ薄暗く日はまだ登りかけている。
さてと────
イカレた荷物を紹介するぜ!
まずは、背負う式の鞄! いっぱい物が入るぜ!
次は、食糧! 燻製肉にパンと水!
後は面倒臭いから最後! ダンベル!
鍛えてもヨシ! 投げてもヨシ!振り回して鈍器にしてもヨシ! な万能な奴だ。
以上!脳内会議を終了する!
「はあ……手持ちが貧しい」
小銭袋の中身を見て溜息を吐く。
今は昔と比べても異界の門の発生率が多く、その都度異界の物品が飛来してくる。
その中には硬貨らしき物も含まれており、それを参考にこちらの貨幣は作り替えられた。
総額3万。
異界ではこう表すのか凄く効率がいいと思う。
昔は銅貨や銀貨を小銭袋にこれでもかと引き詰めて街に出て買い物をしていた。
勿論その分重量が増すしジャリジャリと言う音が耳障りになる時があって不便に思っていた所でとある異物研究者が紙を開発した事で紙幣が作られた事で通貨として普及された。
「うーん……一人だったら金銭稼ぎをしながらこれでも行けたと思うんだけど……」
とまあ現実逃避寄りにそんな事を思い出したけど現状は変わらず、持ち金の少なさに頭を悩まされる。
別に少なくは無い……と思う。
仮にでも助手として研究の手伝いをしていたのだ。
これでも結構多い方だと……思いたい。
「どうですかね……? 先生」
普段着なのか、巫女服に身を包まった少女の方に顔を向ける。
「私の分の経費は自分で払えるので心配ないとして、それが貴方の残金なら当面の生活費としては心許なすぎます。 食糧もどんなに節約したところで持って1週間が限界ですかね。 人としての食事を捨てれば話は別ですけど」
ですよねー。
はは……神楽導神社に来る際、馬車を使ったのだが、その分の金が結構響いてきた。
「やっぱ物を売るしか……」
「それでも僅かな額だと思いますよ? その異界の物以外は」
少女が指を刺した物、俺が結構気に入っている異界の物。
ダンベル………最近になって名前がわかったコイツは俺が鍛え始めてから数年。
もはや相棒とも言えるコイツを金銭に困ってるからって手放せる訳がない!
「出来ればダンベル以外で……は無理ですよね。 はい」
「惜しんでるところ申し訳ないのですが背に腹は変えられませんよ。 師弟と言う関係上、金銭面で私が出る事は助言くらいですし、自分で負担するしかありません」
あの後、俺の頼みに応えてくれた先生はまず都合を作るために俺の立場の確立、それと他の神社の手伝いをするためと、大まかなところではこんな感じだ。
実際はもっと色々な事情があるのだろうけど俺に教えてくれたのはこれだけだった。
気負わなくてもいい。と先生は言ってくれたが、俺が背負うべき負担も彼女が肩代わりして俺の我儘に付き合ってくれている。
ならば今、直面しているこの危機は自分でなんとかしないといけない。
(さらばダンベル)
俺は手を合わせて黙祷し、質屋に出す決意をした。
「で、ではこの度の遠征の内容を言いますね。 まずは信仰者の方々への挨拶回り、それが終わったなら各社の巡回とその補佐を…………」
そんな突然の行動に先生はギョッとしていたが、それも少しの間でいつも通りに話し出す。
今の俺はこの人の弟子。
下手に踊りの才能があったせいでその方が都合がいいからと、結局そっち方面で指導を受ける事になった。
そして各神社の納めきれなかった異界の門の後始末のついでに俺の指導をしてくれるとの事で要は現場で舞を見て学べとのことで。
この遠征と言う名の研修を終えたのちに俺は試練を受けて正式に巫覡になるらしい。
「以上が今回の目的です。 ……あのタロウさん、ちゃんと聞いてました?」
「あ、はい。 聞いてます聞いてます」
ちゃんとは聞いていた。
だが昨夜も聞いた内容だったので、ほぼ聞き流していたけど。
「いえ、嘘ですね」
汗が背から流れる。
その道筋がやけに冷たく感じる。
「なんで……そう思ったの、ですか?」
「だってタロウさん、話を聞いてない時はいつも唇を噛んでいるのですから分かります」
「な、なるほど……その、すみません」
人前では癖が出ないように気をつけていたのだが、どうやら無理矢理直した反動で別の癖に変質してしまったようだ。
この癖、一生治んない気がするぞ。
「はぁ……良いですかタロウさん。 貴方は少々自分勝手が過ぎると思うんです。 別に自分の主張がある事自体は悪い訳じゃありません。 ですが、それを押し倒そうとするところが節々から伝わります。 弟子を志願した時だって何の連絡もなかったのですから心中驚いていたのですよ?」
説教が始まり、正式名称「正座」と言うらしい異界から伝わる座り方で説教を受ける。
(これで何回目だっけ? お叱りを受けるの)
助力すると約束してくれた先生がまず行った事は説教。
それこそさっき言っていた連絡の大切さを兆しく説いてくれた。
何故そこまで言うのですかと聞いたところ、「師匠ですから」との事。
「対応したのが私で、丁度人手が足りなかったのもあって事が上手く進みましたけど、本来なら日を改めてもらうところだったんですよ? ですので連絡と言うのは先方に準備をする時間を与える重要な行為なんです。 と言うわけでこれからは重要な事はすぐに知らせる。 相談したい事があるのなら迷わず私に言う事。 良いですね?」
「はい。 心得ました」
有無を言わせぬ剣幕で説教をしていた先生に俺はただただ頷く他無く、ここ数日の日課となりつつあった説教が終え、正座を解いて立ちあがろうとした時、先生が手で静止させてそのまま俺の頭の方へ手を置いて撫で始めた。
「ちゃんと、相談してくださいね……」
「……はい」
こぢんまりとした空気が場に広がる。
俺はさっき同じようにただ頷くしか出来なかった。
「タロウさん」
名を呼ばれ顔を上げる。
「この旅は危険指定を受けている地区にも行きます。 貴方が何故強くなりたいのか私には分かりません。 ですがこれから行く場所は肉体的な強さでは到底辿り着けません」
なんて言えばいいのか分からず沈黙で返事を返す。
「心技体。 私が教えるのは心。 どんな時も折れずに曲がらずにただ真っ直ぐに生きていける。 そんな心を持てるように道標をこの旅を通して貴方に贈ります」
違和感が、何かが違う気がするそんな違和感に頭を遮られながら聞く。
「だから、この旅で得た考えを、旅の終着地で観せてください」
そうか。この違和感。
そう言う事だったのか。
「先生。 いつの間にか俺の事、名前呼びになってますけど、俺名前言いましたっけ?」
沈黙。
沈黙。
沈黙。
そして訳がわからないような表情で先生は口を開いた。
「あ…れ…? 名乗っていませんでした?」
「いえ。 最初に会った日は説教でその日は終えて、今日までの数日間は雑務をこなしながら忙しげに走る先生の姿を見て、時折俺が問題を起こした時に説教する以外は会っていませんから名前を言う機会はなかったはずです」
「…………」
「あの……なんで俺の名を───「さて、改めて自己紹介しましょうか! 私は神楽導稲荷です! よろしくお願いしますね!」」
ついさっき覚えた違和感が疑問へと転じて、その疑問について話そうとしたら遮られた。
神楽導家は表沙汰に出来ない事情があるとお訪ねする前に聞いた噂がある。
(深く詮索しない方が良さそうだな)
真偽は不明だがそんな噂が流れてる時点で不穏すぎる。
知り過ぎたら消されそうな気がして俺も話を逸らすために自己紹介をする。
「タロウ=タ・ナーカです。 これからお世話になります」
「はい! あ、そう言えば地区ごとに名前の表記や言い方が変わるって知ってます? よければ私の名前の書き方を教えます!」
赤面になって必死に話を逸らそうとしている先生の姿は失礼だとは思うけど、見ていて微笑ましかった。
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