第5話 Q1 先に生を送ってる人を先生と呼ぶのなら、後の生を送ってる者はなんて呼ぶのだろうか

 案内されたのは客間だった。

 では現在居る所は便所だった。


 どうしてこうなった?

 ここからだと聞こえない嗚咽が頭に響く中、振り返る。


 そうだった。俺は尿の気配を感じたからお手洗いに行ってきますと告げ、巫女さんが迷っては困りますからと直接ここまで案内してくれたんだったな。


 それで用を足した俺は便所から出て……そして聞いた。

 神に使える者にあるまじき声が……




ーーーーーーー




「はあ…はあ…すぅーはぁ……ヨシ! 大丈夫よ私! もう吐き気は治ったし、肝も据えた。 なら客人に失礼をする心配はもうないはずで、恥をかく事もない。 だったらもう対面しても大丈夫。 よし行こう。 今すぐに────いや待って、また胃痛が……クッ、なんで私はこんなにも人見知りが激しいの! 初対面の人と会って喋れないのならまだしも吐き気がするなんてあまりにも失礼極まりない! なのに抑えきれない吐き気と胃痛……巫女なのに……神職に奉仕する仕事をしているのに……不甲斐なし。 でも耐えるのよ私。 緊張で体調が悪くなって来ても、これから先、幾度にも渡って対面する事項なのだからここでへこたれてたら駄目! シャッキリしなさい私。 いつまでも母上や父上に頼っていては成長しない。 自分自身の力で困難を、短所を乗り越えていくのよ!……………………ふぅ……気持ちの整理はついた。 覚悟も決めた。 今なら大丈夫。 ─────あ、でもちょっと一回回帰してから………」


 そこから先は聞いてない。




ーーーーーーーーーーー




「何も見なかった何も知らない」


 俺の薄汚れた想像で神聖なる場所を汚してはならない。


 そう固く心の中で決めて、戒めに壁に頭を打ち付ける。邪な気持ちで来た自分に対してと頭で響いている何かの音を掻き消すように。


 数分後。

 身も心も清められただろう。

 便所で清めたとか何か意味深に聞こえるけど、とにかく清めた。


 改めて出入り口を通る。

 通路に出て、右を見ると巫女さんが最初の時のような微笑みで出迎えてくれた。


「では行きましょう」


 先頭を行く巫女さんの姿は芸術品のように優雅で様になっていた。


「すみません。 長くなってしまって」

「大丈夫ですよ。 このような事には慣れておりますので」

「慣れてるって……あ、すみません。 余計な事を」


 いかんいかん。

 揚げ足をとるな。


 更なる戒めに頬に拳がめり込もうとしていた時、巫女さんは俺のそんな疑問に答える風に話し出した。


「ははは……ここは夜間になると一段と静かになりましてね、すると、まるでその静寂を引き連れて来たかのように出るのです……」

(何が? え、何が現れるの?)


 背中がゾクっと震えた。


「まあそう言う訳で夜中まで残ってる子が怖がって来れないので一緒に着いて行って上げてるんです」

「そ、そうですか」


 深くは考えないようにした。

 人には超えてはいけない線があり、これは超えてはいけないまさしく禁足地ってだけだなのだ。


「それで、先の件ですが───」


 と、巫女さんは立ち止まり、背を壁に向け腕で奥の部屋を指し示す。


 そこはさっき通された客人用の部屋ではなく、鍛錬……そう、鍛える為の、練習する為の部屋だった。


 なるほど。

 彼女はもう俺を客としてではなく、弟子にするかどうかを見極める試練。それを乗り越えんとする挑戦者として俺を扱っている。


 その笑みは、妖しげを纏って、眼光は鋭く光る。


「どうぞ」


 ほんわかな話し方は厳つく変わって。


「その力を存分に────」


 だが、その万人を魅力する口調で置換されてまさに、


「────発揮して下さい」


 ────────まさに言霊ようだった。




ーーーーーーーーー




 神楽導家は古きから異界への門を鎮める為に代々受け継いでる儀式がある。


 この世界に満ち溢れている『魔力』と呼ばれている特殊な力を制御するために編まれた術式。それを[魔術]と言って、神楽導家はそれを応用して異界の門の発生に伴い起こる『魔力』の奔流を逆に[魔術]の基盤にして儀式を行う。


 では、その儀式というのはなんなのか。

 率直に言えば踊りだ。

 そも、聞けば異界の神事を参考にこの儀式は作られ、その参考にした儀式の名前から


「『神楽』導家が出来たのです」


 彼女は試練を乗り越えた者だけに話す神楽導家の歴史を言い終わると巻物を閉まって棚へ戻した。


「ではこれで試練は終わりです。 それでは明日からの予定としてまずは研修内容を……」

「いや、あの、ちょっと待ってください。 色々順序と言うか何か間違ってません!?」

「え?……ああそうでした。 まずは服からでしたね。 えーと確か男性用の装束は何処に……あーでも弟子の方には装束を着させて良かったんだっけ? んー確かそれ用の正装があったような無かったような気がするけど……取り敢えず明日、採寸しますので、今日のところは部屋を用意するのでそこでご就寝をお取りに……」

「違います! そもそも俺は何に合格したんですか!?」


 勢いのままに立ちあがろうとして、疲労した足は異界より伝わる名誉ある伝統の座り方を実践で教われたお陰で痺れて動かない。


「ええ素人ながらも見事な"舞"でしたよ。 これからも精進すれば私と同じくらいに踊れるようになりますよ。 その時は一緒に頑張って異界の門を鎮めましょう」

「……………」


 あーなるほど。

 これは言葉のあやと言うやつなのか。

 こちらの意図は伝わっていないようで……


 先程の威厳は何処へやら。

 緊張が解けたのかニコニコ顔の巫女さんは何やら嬉しそうだ。


「あの……俺は剣術や武術を教わりに来たのですが……」


 客室で申し込んだ弟子入り。

 「武術剣術を俺に教えて下さい」と俺はそんな感じに頼んだ筈なのだが。


「? ですから私が教えられる舞術ぶじゅつを習いに来たのでは……?」

「あー……舞じゃなくて武の方です。 戦う方です」


 上手い感じに誤解されていたらしい。

 これ、俺の言葉足らずって事になるのかな?


 足をほぐそうと体勢を変えようとしたら攣ってしまった。凄く痛い。


「はあ……成程……それでしたらここではなくその道の道場に通われては如何でしょう? よく勘違いなさる人が多いのですが、私の専門は舞であって剣術はあくまでも護身用ですから」


 正論だ。

 剣術を習いたいのならその道場に、武術を習いたいのならその道場に行けばいい。


 それは分かっている。

 分かってる上で通っても意味はないと判断したのだ。


 俺に必要なのは流派でも型でもない。

 戦い方だ。

 それも実践で培った経験を元に構築した自分だけの戦い方、それが必要なんだ。


「それに巫女と言う立場上、他との示しがつかなくなるのです。 ですので申し訳ないのですがお引き取りくだ────」


「────それを、承知して頼みます!」


 壁を支えに震える足に鞭を打って無理矢理立ち上がる。


 そして………俺なりの誠意の表し方。


「お願いします!!」

「……………」


 腰を折り、巫女に向かって頭を下げる。


 見慣れない作法がここにはある。

 異界より伝わる頼み方が他にもあるのだろう。だが、俺はこれしか知らない。なら知らならその代わりに最大限の気持ちを込める。


 暫しの沈黙。

 巫女さんはそっと口を開いた。


「何か、事情があるのですね……」


 何も答えられない。


 罪悪感から動いてる。そう言えば聞こえはいいが、結局のところ自業自得には他ならないのだ。


 そして罪の制裁が自分に降りかかるだけならそれでいい。


 でも、それが弟にも下されるのは見過ごせない。

 また、"あの人"のように自分が原因で死んでしまうのは……もう見たくは、ない!


「……………………分かりました」


 衝動で顔を上げてしまう。


 瞳に映った彼女の顔は思えば喜怒哀楽の喜と楽しか見てない気がするが、困ったように、だけど一層と深みを増して微笑みを浮かべていた。


わたくしめでよろしかったら。 貴方の旅に、助力を加えましょう」


 手を差し伸べられた。

 綺麗で、小さなその手を握る。


「よろしく、お願いします」


 彼女はそれ以上何も聞かなかったし何も言わなかった。


 俺の人生たびに、先生が出来た日だった。

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