第4話 そうだ。参拝しないけど神社に行こう!

 『神楽導 稲荷』と言う少女がいる。

 その少女はなんでも神楽導神社の巫女で、また、四大宗教国の内の一つ、

 「種族統合自由連盟sp.プロペンシティ」随一の刀使いである。


 神楽導家はその家柄上、幾度となく賊や邪王の手先に襲われている。

 だが、神楽導 稲荷はその都度、唯の一度も敷居を跨がせず、唯の一度も追撃を許さず。

 彼女は、先代が築き上げてきた『守護』の任と『踊り』の体現をまさしく表した人物である。


 では、ここで問題。

 その巫女さんに会いに、参拝の礼儀を弁えず神社に訪れた奴はだーれだ。


 正解はこの物語の主人公、美形の家系に生まれながらも四文字で「まあまあ」二文字で「普通」の顔をし、艶やかな金髪をしている弟のヒロトとは対照的に黒くガサツに整えられた髪を地面に向け、母親の妖艶な肢体を引き継げず、父親の活発な性格と比例しないハンサムな顔すらも普通の文字で片付けられる外見をした人物。


 その者己が犯した罪を受け止められずに開き直って「まあなんとかなるでしょ」と客観視している愚か者。

 特別な眼で先を観て、特別じゃない身体で先を行く者。


 名を「タロウ=タ・ナーカ」


 良く言えば未来を切り拓く冒険者。

 悪く言えばこの世界を破滅まで追い込んだ張本人。


 さて、では彼は何故、前述した巫女さんに会いにに訪れたのか。


 未だ見えぬ最果ての地を見据え息を途絶え途絶えに吸っては吐きを繰り返して嘆く。


「………あと何段……登ればいいんだ………」


 最果ての地、別の名を196段階段地獄に最も近い道の大体40段目を登ってもなお見えない社殿を頭に思い浮かべて絶望の目を形成する。


 彼がこの地に来た理由、例の巫女さんに会いに来た理由、それは今までの出鱈目な鍛錬方法ではこの先の弟の旅について行けないと判断し、ならば強い人の元について修行すれば良いのではないのかと思い付き、思い立ったが吉日、タイムリミット残り一年、正確には11ヶ月を控えて職業探しと家族に言い訳をして旅に出た。


 因みにこの世界では15歳までに何の職業に就いてなければ強制的に兵士として家を出され国に一生仕えることになる。(何故一生なのかはご想像にお任せする)

 タロウは16歳なのだが両親の研究の助手として今日まで生活してきた。


 そんな訳で今後の活動的にも職的にも危ないタロウは強い人に鍛えてもらってついでに職業ではないが誰かに仕えている証明を示しに主にどうせ支えるのなら美人さんが良いと、腕っ節だけでなく国一の美少女と噂されている巫女さんに邪な気持ち半分使命感半分の罪悪感は小数点くらいはあるんじゃない?そんな感じで訪れようとしていた。


 まあ案の定生半可な気持ちでは第一の登竜門を越えられなかったのだが。


 底沼なのは未来も深淵も同じ。

 この階段は正しくそれを表しており、タロウは刹那に強く思った。


(ここで野宿して大丈夫なんかな?)

 

 一段一段にどれ程時間を賭けるつもりなのだろうかこの愚か者は。


 日はまだ東を向いていた。





ーーーーーーーーーーーー





 時は金なり。

 そんな言葉が異界にはあるらしい。


 前は急げ。

 そんな言葉が異界にはあるらしい。


 なら、今の状況を表す言葉はなんだろうか?


 きっと異界にはあるのだろう。

 少なくとも今思いつかない思いつけない俺の頭では浮かべられない言葉がきっと……あるのだろう……


 この、急いでるのに急がなくてもよく、切羽詰まってると言えばそうでもなく、早く動けば動くほど足を掬われるこの感覚……間違いない……これが、絶望……っ!!!


 先の見えない目的地を見て、登っても登っても登り切れないこの永久すら感じる程に地獄と形容出来るこの道、この階段は……人間との相性は抜群に悪い。


 そも人間とは永遠や永劫などの終わりなき無限を望みながらもいざ手に入ったらその退屈さに飽きてしまう。

 そう、しまうのだ。

 慣れというのは危険だ。

 例えどんなに至福で幸福な事が起ころうともそれが永遠に続いてしまえば慣れて飽きてしまう。

 だからこそ、人は一瞬の間に輝きを見る。

 その輝きを目指す。

 なればこそ、人は逆説的に永遠に抗えずされど絶望する。


 つまり────


「この階段設計した奴悪趣味だろ」


 この階段作る側にも利用する側にも両面とも不都合だろ。

 いや、高くする事に意味があるのならそれまでだけどもしそうじゃなかったら恨むぞ設計者。


「やっと終わりが見えてきた……」


 実際は一時間ちょいくらいなのだろうけど体感では数時間登った感じがする……

 とにかく疲れた。


 毎日やってた限界ギリギリまで身体を酷使する鍛錬とは違い、これは精神との戦い、言わば登り切ろうとする自分と相反する諦めようとする自分との戦い、そんな感じだった。


 だが俺は勝った。

 この苦行を乗り越えた。

 そしてゴールはこの一段。

 歓喜し勢いに任せて叫ぶ。


「登り、きっっっっっt「うぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」」


 何かが横を突っ切った。

 人型の人の言葉を話す何かが俺の叫びを掻き消した。

 振り返えようとして、だが、それ以上の衝撃が目線を襲う。


「残りは貴方一人だけです。 潔く立ち去る事をお勧めします」

「クッソォォ!!!ここで引き下がる訳ないだろ!!」


 俺ではない。

 先程吹っ飛ばされて行った人の……いや人じゃないあれは人じゃない。


 人だった場合下の方はきっとシミが出来ている事になる。

 ここは神聖なる場所だ。そんな殺人みたいな事件がポイポイ起きて良い場所じゃない。


 だから目の前にいる男の片割れは人じゃなく何かだったのだ。きっとそうだ。



 神楽導神社。

 そこは噂に違わず神聖で、居るだけでも不思議な感覚を覚える。


 境内は人が三人分くらいの幅がある石畳、鳥居の先に見える社殿はずっしりとその存在感を醸し出していた。


 そんな神社の石垣で今まさにバトっている二人が居た。

 一方は先程落ちて行った何か……うん、人らしき何かの仲間と思わしき男。


(あれは……もしかして神楽導家の人か?)


 もう一方は腰に鞘を携え、白に近い桃色の髪を棚引かせるその佇まいは優美そのもの。

 見る者を魅了する紫の瞳はまっすぐと目の前の敵を見つめていた。と思う。

 当人ではないので分からないが、その集中力は側から見ても凄まじい物を感じられる。


「あーこれヤバい奴だ……脇によってよー」


 戦いに巻き込まれないように隅に寄る俺。

 取り敢えずこれくらい寄っとけば大丈夫だろって距離まで移動した時、戦況は動いた。

 

 先に行動したのは男の方。

 右と左、両方に付いている鞘から剣を抜き取り、


「喰らえ!! 必殺、一投追連撃!!」


 男は必殺技を叫んで左手で持っている剣を巫女さんに投げつけた。

 そして残った右手の剣を中腰に構えて前へ出る。


 それに対し巫女さんはそれを見据えていたかのように剣を投げられた時点で後ろに下がり社殿の柵を踏み台に空中へと跳んだ。


 目標を失った投げられた剣はそのままの軌道で木製の柵に刺さる。


「なっ……」


 当然その異常な跳躍力を見た男は唖然として、だがすぐさま頬を笑みで歪ませた。


 それもそうだ。普通回避するにしても右か左、もしくは屈んで回避するなど出来た筈。

 なのにも関わらず空中に、それにその跳躍力があれば投剣を防いだのち一気に近づいて切り込めることも出来ていただろうになのに何故か空中に逃げてしまった。


 空中では自由に動けないのは至極当然。

 男は巫女さんの着地点に大凡の予想をつけて移動し、構え直す。


 例え巫女さんが追撃を躱しても着地の隙を突かれるし、逆に空中で剣を抜いて攻撃しようとも足場の効かない空中では大振りになってしまう。


 男はそこまで予想した位置取りで剣を脇に構え直す。


「その長物じゃあ、振るのが出遅れる。 空中に逃げて意表を突いたつもりだろうがそうはいかねーぞ。 攻撃しようが防御しようが回避しようがテメーはその一手で詰む。 噂の巫女も大したことねーな!!!」


 長い台詞を早口で言い終えた男。

 早いし遠くだしであまりよく聞き取れなかったがなんか……駄目っぽい雰囲気を漂うのを感じ取った瞬間────


「え……何が起きたの?」


 ……男はいつの間にか倒れており、巫女さんは軽やかな足取りで地面に着地していた。


 何が起きたのか理解できない俺を他所に巫女さんは男の方を見て振り返り、俺の方へ視線を送る。


「えーと……アナタもこの人のお仲間さんでしょうか……?」

「あー……いいえ違います。 頼みたい事があって来ました」


 下駄の音を境内に響かせながら歩いて来た巫女さんに尋ねられる。


 警戒しているのか、剣の柄に手を置き、絶妙な距離で戦闘態勢を保っている巫女さんに、俺は戦闘の意思がない事を証明するために両手を上げて降伏する。


 元々戦いをしに来た訳じゃないけどさっきにアレで余計戦いたくなくなってきた。


「あ、そうなんですか。 これはとんだ御無礼をしてしまい申し訳御座いません」

「いえ、別に大丈夫です。 さっきの後だし、警戒されても仕方ないと理解してます」


 野盗?との戦闘後の訳だし、仲間の一人と勘違いしても無理もないだろう。


 警戒態勢を解いた巫女さんに俺は異界研究者の助手をしていた時に培った技、初対面の相手には取り敢えず礼儀正しくしてれば好印象を与えられる。を発動する。


「にしても、凄いですね。 毎日こんな戦いをしてるんですか?」

「毎日って訳じゃないですね。 今回の方は腕に自信がある剣術を嗜んでいる人でしたけど大体は忍びやすい夜に襲って来ますよ」


 どうやら白昼堂々と戦うのは偶にで、闇討ちが多いらしい……。


(ん? と言うか待てよ?)


 夜に襲いに忍び込む?

 それってまさに────


「夜這い……」

「はい? 何か言いました?」

「あ、いいえ言ってません! 何も言ってません!」


 ヤバ、語り手癖がここで暴発しやがった!


 早くも化けの皮が剥がれそうになった俺は話を逸らして回避する。


「と言うか剣士の方なんですね、そこの人」


 仰向けに倒れてる男に指を刺して失言を誤魔化す。


「ええ。 なんでも武者修行の旅で『BBLB』から来られて来たのです」

「へー。 ……ところであの、つかのことをお伺いしますけど……」

「なんでしょうか?」

「……さっき何をしたんですか? まさか切ったりとかは……?」


 実のところ俺はこの会話中ずっと手を上げている。

 何故なら非戦闘意識を示し続けないとあの目にも止まらない剣撃が今度は自分に向けられると思ったら膝が震えて上げ続けずにはいられなかったのだ。


「ご心配なさらなくても彼等には護符を持たせていますので怪我の心配は入りませんよ」

「護符? ……あーなるほど、神様の奇跡っていう奴ですか」

「まあ概ねそうですね」


 気になる単語を言った巫女さん。

 だが俺は、ここに来る途中に聞いた黒い噂を思い出して深く詮索しない方が良さそうな気がして適当に解釈して終わらせる。


「さて、長話が過ぎましたね。 それでその頼み事と言うのは……と行きたいんですが……その、私の方からも少し頼みたい事があるのですが……」

「喜んで手伝わせて頂きます(即答)」

「え、あ、はい。 有難う御座います……?」


 下心はない。

 と言うか吹き飛んだ。


 いやだってさぁ……見えなかったんだよ。

 地面で倒れてる男を倒したところ、見えなかったんだよ?

 瞬きとかしてなかった筈なのにね。

 おかしいね。俺が捉えられる速度を超えて攻撃したとでも言うのだろうか。


 とにかく戦々恐々している俺は、それ以上の"昂揚感"を持って巫女さんの指示に従い動く。


 投擲された剣とそこら辺に落ちていた剣2本……もう1本は瞬殺された男などとして、もう1本は階段を物凄い勢いで落ちて行った何かのだろう。

 あまり想像したくないが。


「言われた通り回収して来ましたよ」


 俺は粗雑に血が出てない事から少なくとも切られて死んでる訳じゃなさそうな男の隣に置いた。


 なんか良くたら頭にケモ耳生えてら。


「これが獣人か……この後どうするんですか?」

「まあ、ここで立ち話もなんですし、別室に案内しますのでそこで先程の続きをしましょう」

「!? あの、こう言っちゃあなんですがこのまま寝かせて置くわけにもいかないのでは?」

「いえ……別に。 そもそも此処は信仰施設である程度、出入りを許可してますけど戦闘をする為の場所ではないですから。 戦いを仕掛けてくる輩には手荒く追い払うようにしてるんですよ」

「そ、そうなんですか」


 温厚で優しい一面から一転、心底うんざりした表情をする巫女さんに俺は内心同情する。


 そりゃあまあ……うん。夜襲されてるらしいし、嫌気が差すわな。


「ささ、此方へどうぞ」


 見る者を惚れさせるような美しい顔でそう言い、先を歩き出した巫女さん。


 俺も釣られて獣人の男を横目に歩く。


(アレが接客用スマイルって奴なのかな)


 感情の切り替えた巫女さんに俺は少し引いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る