第3話 自業自得から始まる旅

 夢を見た。

 幼い頃に描いた理想の自分。

 果てなき願望を重ね、世界を救う英雄になると志して。

 そして……塵となり霧散する夢を。

 眼に映るはただの肉塊と垂れ流れる血のみ。

 無知なるゆえの望みは、その眼をもって、その恋をもってして、

 崩れ、死していく。


──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────ん。夢か。




ーーーーーーーーーーー。



 眩い陽光を浴びて俺は寝心地の悪い二度寝から起床した。


 クソ……なんちゅー夢を見たんだ俺は。

 カッコつけたのが悪いのか?

 死に物狂いで運命に食らいつくんだなとか言ったからか?


 なんにしても至福の二度寝をあんな過去の黒歴史とも犯罪記憶とも受け取れる物で邪魔をされるなんて……


 確かに反省点としては大事な物だがもう見たくない系の奴だわそれは。


 人間、嫌な過去ほど思い出しやすいとは言うがこれは本当に思い出したくない物だ。

 さっさと忘れる為に俺は日課であるトレーニングを行う事にした。


 動きやすい服に着替え直して外へ出る。

 当たり前だ。家の中でやったら家具にぶつかって下手したら家具が壊れる→母さんに怒られる→罰として暫くの間こき使われる。

 よって外に出る。


「と言う事で外行ってくる。 行ってきまーす」

「いやどうことで? まあ行ってらっしゃい兄ちゃん。 気をつけてねー」


 何をするでも無くただソファに仰向けで寝っ転がって呆けてる弟に出かけてくると伝え、俺は家から出た。


 家の外は草や木が広がっており、家を囲う柵以外は人工物ぽい物は見当たらない。

 うちの家は近くの町でも徒歩で一時間ほど掛かるところにある。


 俺の両親は異物研究者と言う異界からの飛来物を調べるのを生業としていて、その仕事柄上、他人に見られると不味い物が沢山あり、そう言う物は地下の格納庫に閉まっている。


 そんな事情でこんな町外れに位置する家に住んでいるのだが、俺は体を鍛える際、誰かに見られたく無いタイプだ。

 なんか見られてると集中できない。

 なので不便な事もあるが、鍛える時に限ってはいい所ではあると思う。

 あと空気がうまい。(小並感)


 そんなこんなで玄関前で軽く準備運動をして、玄関から伸びる道を小走りで駆ける。

 道は町の方まで繋がっており、基本的にここを通って町まで行く。

 その時は馬車を走らせるのだが、今回は俺が走るだけなので必要ない。


 走り始めてから少し経ち、家も遠目からは見えなくなってきた頃、少し先から道が二つに分かれてるのが見えてきた。


 この道は町に続くルートとは別に、森へと繋がっているもう一つのルートがある。

 町まではかなり距離があるのに対して森に続く道は走って4、5分くらいで着く。

 もちろん俺は鍛えてるところを人に見られたくないので右の森に繋がる道を通る。

 

 二つに分かれた分岐点を右に曲がり、森に入っていく。

 そこは今までのただ雑草が生い茂っていた道とは違い、自然のあるがままに自由に育まれ生命の神秘を感じる。

 何度も来てるところだが、来る度に圧感した感情が湧いて出てくる。

 ほら、木と木の隙間から入ってくる光とか自然観出てるくね?


 兎にも角にも走り続けて数分。

 毎日走って体力は鍛えられているが流石に息継ぎもキツくなって来た。


 だが目標地点まではまだ先だ。

 そこに着くなり本格的な鍛錬が始まるが、木の根が道の端から侵食してきて地形がデコボコと不安定で足が取られ体力の消耗が激しくなるこの道だけでもかなりの運動量を体は強いられ疲れている。


(自業自得とは言え、こんなキツいのやめたいなー)


 5年前、【未来視】によって映し出されたあの決戦の光景。

 実はその先の展開を俺は観ていた。

 言うならば、勇者は地に伏せ、邪王は満身創痍ながらも笑みを浮かべ勝ち誇ったポーズをしていたよ。



 ……………うん。

 【未来視】でその光景を見たという事はつまりそう言うことだ。

 勇者が倒れるところまで確定してしまったと言うことだ。


 ……………うん。

 自分でも改めてヤバいことしてんなって思ってるよ。

 でも仕方ないよね! 

 だって純粋無垢なガキだったもん!

 だって【未来視】がなんか観た未来を確定させちゃうなんて知らなかったもん!


 だから仕方ないよね。

 いくら生まれながらに持っている力でも、人間が自身の体について調べるまでその構造を知らないと同じように、どんなに凄かろうとそのスキルの詳細を最初っから知ってる訳ないし都合よく天から解説を受けられる訳ない。


 よって俺は悪くない。

 少なからず全部が全部俺の責任じゃないはずだ。


(仮に全責任が俺にあるとするならば、これから罪を清算していけばいい話だしな)


 おっと、あれこれ考えているうちにどうやら目的の場所に着いたようだ。


 そこは森の中だと言うのに雑草が生えておらず、地は平に固められて木が周りを円形状に囲んでいる。


 俺が5年間通い詰めているせいで草とか生えなくなったんだけどな。

 人が来ない場所、広々と体を動かせる、物とか置いても盗まれる可能性がない。

 それらの条件で当てはまる場所が偶然発見したここしか無かったんだ。


「ふぅ……さて、少し休憩したら始めるか」


 中央に置かれた人の形をした打ち込み台と無造作に置かれてる木剣、それと隅に置かれているダンベル?と言うものを見つめる。


 これらは異界から流れて来た物で、父さんたちが調べた結果安全だと判断された物を譲って貰い使っている。


 異物研究者はトレジャーハンターみたいな仕事だ。

 危険も多いが研究が上手くいけば異界の技術や知識を取り入れる事が出来る。


 うちの両親なんかがその成功例だろう。

 昔、デンキと言うのを発見した父さんはそれを現存してる技術で代用できないかを考え、[魔術]に使用される『魔力』でその代用に成功した。


 この功績によって多大な報酬金を受け取ったのだが、父さんと母さんは研究室を家に移して今も異物の研究をしている。

 そしてそのお零れを貰っているのが俺だ。


 基本的に在庫処分で廃棄する中から使えそうなのを選んでいるのだが、その中でもこのダンベルはなんで廃棄するのか分からないくらい有用性の塊だと思ってる。


 恐らく腕を鍛える為に作られたのだろうが例えばこれを投げるとしてそこら辺にある石より投石した時の危険度が高いと思う。


 なんせそこら辺の石より重いからな。


「取り敢えずはダンベルを両腕15回ずつやってその後で素振りかな」


 休憩はもういいだろう。


 左腕だけでダンベルを握り、そのまま肩の高さまで腕を曲げ持ち上げる。そして中段くらいまで降ろしまた肩の辺りまで上げる。

 これを15回。もう片方も合わせれば30回か。


 確か母さんが異界の書物と思われる物に書かれていた文字を解読した時にこのダンベルについて書かれていたらしく、そのお陰で直ぐに研究が終わった。


 処理に困っていたこれを貰ってから5年。

 毎日欠かさず持ち上げ、木剣を振り、走り続けて来た。


 一年後の、弟が勇者に覚醒する日までに最低でも緊急時でも咄嗟に動けるのを目標に鍛えて来た。


 だけど、俺は弟とは違い、戦闘の才能はなかった。


「ここが……はぁはぁ……限界か………」


 弱々しく握られていた木剣が手から溢れ落ちる。

 汗が雨のように地面に落ちていくのを見ながら荒い呼吸を整える。


 キツい。


 体を動かすのと同時に自分でも終わった事に気がつかないくらいに思考に集中力を割いてなかったら、途中で辞めていただろう。


 それ程までの虚脱感と疲労感が限界ギリギリまで酷使された身体を襲う。

 始めてから恐らく10分経ってないだろう。

 それが表す証拠は皆無の戦闘能力であり、だが必死に、死と直面するような訓練をすれば戦士くらいにはなれていたのだろう。


「でも、それじゃあ駄目なんだ……っ」


 兵士として戦うのでは……弟を、家族を……守れない。


 【未来視】は強力だ。

 単純に先の出来事を知れるのは色々とヤバい。だけど、それと同時に多くのデメリットを抱えている。


 例えば未来の出来事を固定してしまうのは勿論、実はあくまで未来を観るだけなので音が聞こえなかったりする。


 その際で、会話してるらしき場面を自分で補足していたら語り手癖とか言うのがついてしまった。

 自分でも気付かぬうちに口に出して心の中で考えている事を喋ってるらしい。


 自分でした事は自分でケジメをつける。

 弟と邪王の戦いは【未来視】で最悪な展開になってしまう。

 だが、別に手はないわけではない。

 可能性的には低いが……でもそれを成功させる為にも鍛えて、弟の──勇者の軌跡を辿る為に、影から支える為に、俺は────



「────────────戦う」





ーーーーーーーーー





「思い返せば……あの頃は色々と頭おかしかったなー」


 いつもの日課。

 いつもの日常。


 変わらない日々は、平凡ながらも安心をくれる。


 それは未来を観るよりも、もしかしたら不安だからこそ今を生きてるって感じるのかも。


 あの戦いを経て、俺の"眼"は無くなり、視力は落ちていく。

 だが、見えなくなってもその道だけは見える。


 思い浮かべた道を辿り、


 向かう先は『あの場所』。


 それは──────変わらない日々。

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