相死相愛なれど思分かち会え

第2話 団欒


 むしゃむしゃと、塩で味付けされたもやしの炒め物を噛み締めながら昔のことを思い返していた。


 5年前、勇者と邪王の戦いを幼い頃の俺。

 両者は自信が持てる力の全てを尽くして今、激闘が開かれるそのいい時に母さんに呼ばれて中断しざる終えなかった思い出。


 そんな時事をいつまでも引きずってんじゃない。と母さんから言われたことがあるけど、俺にとってはとても重要な事だ。

 理由は色々あるけどとにかく重要なことなのだ。


 それはもう虹色に光るキノコを食べた人のように、手が震えてしまうほどに。


「まーた未来の出来事のこと考えてたの? 何度も言うけど、お母さん、ゼッタイ外しませんからね。 そのゴーグル」


 俺の考えなどお見通しだと言うかのように忠告する母さん。


 何度も何度も何度も同じ言葉を繰り返す母の姿にイラつきを隠さずにいつも思う疑問を問いかける。


「なあ……なんで母さんはそう思ってるって思うんだよ」

「だってアンタ、その事を考える時はいつも紫色した液体を飲んだパパみたいに手が震えて目がパチパチするじゃない」


 俺はどうやら、定期的に紫色した液体を飲んだ父さんみたいな感じになるらしい。

 てか、それって死にかけてるって事じゃない?

 何を考えたらそんな劇物を飲まなければいけなくなるのか少し気になったが、それよりも自分の欲求のが大事だ。

 ここはもう最終手段を取るしか……ないっ!!


 すっと立ち上がり、自分の分の食器を片付けている母さんを前に俺は────


「じゃあ見させてくれヨォ!!!」


 駄々をこねた。


「駄目です」

「なんでだよ!!!」


 即答だった。

 まるで最初から言う言葉を決めていたかのように即却下された。


「それは危ない事に繋がるのと、人の話を聞かなくなるからです」


 確かに俺は一つのことに集中すると周りが見えなくなる傾向がある。あるが、それでも見たい。

 見たいんだ。

 見たくて見たくて観たくて観たくて観たい観たい観たい観たい観たい観たい観たい観たい観たい観たい観たい観たい観た────


「観たいのでコレ外してくださぁい!!!

お願いします。一生のお願い分を費やしてお願いします!!!」

「駄目。 いくら懇願してもその強制未来視阻害眼帯ゴーグルは外しません」


 冷徹に断言された……

 恥を惜しんで駄々こねた意味がなくなってしまったぞ。


「それよりも早くご飯食べなさい。 お母さん、色々仕事溜まってるから」

「………はい」


 洗濯物干す前に片付けときなさいよーと、言い残して服を干しにベランダに向かう母さんを尻目に目の前に並べらているご飯をガラス越しに見つめる。


 強制未来視阻害眼帯ゴーグル。略してゴーグルは何の捻りもなく、だからと言って何かいいネームがあるかと言えば何も思いつかなかった俺の両親はそれを俺に被せた。


 理由は簡単。

 俺が持っている【未来視】という魔眼スキルが余りにも危険だったからだ。


 魔眼スキルとは

 この世界で特別な者だけが持てる力で、生まれながらに行使できる者もいれば、後天的に授かった者もいる。

 そんな俺は前者の方のタイプで、気づいた時には未来を観ていた。

 

 まあそんな訳で当たり中の当たり、レアスキルと称される未来視を持っているお陰で俺は、四六時中ずっとゴーグルを被らされる生活をしている。


 未来を観るだけなのに何故危険なのか。

 それは一言で語るには余りにも情報量が多すぎる事なのだが、あえて纏めるのならそれは───


「兄ちゃんおはよー」


 ……俺っていつも話を遮られてる気がする……多分きっとこれからも邪魔が入りそうな気もする。


「あ、また語り手癖出てたよ」


 足音を忍ばずに、気配を駄々漏らせて登場したのは俺の弟の「ヒロト=タ・ナーカ」だ。


 近い未来に世界を救う勇者となる弟はだが、世界を救う者としては無作法に歩き、これから数々の強敵達と戦うことになる戦士としては脱力しきった感じで椅子に座り、作法も優雅さも微塵もなく食事を始めた。


「……ん。 兄ちゃんその癖いい加減直した方がいいよ。 遠目から見てもキモいから」


 目線の食い物にありつきながら俺の癖を指摘する弟。


 失礼な奴だ。

 こっちとらスキルを封印されてからこうする事でしか欲求を満たせないんだ。

 それをキモいとはなんだ。キモいとは。


「そう思うんならお前の方から母さんと父さんを説得してくれよ。 未来視が使えれば治る癖なんだから」

「いや、治ってないでしょそれ。 だって未来視のせいで出来た癖なんだから」

「………考えてみればそうだったな。 いつの間にか出来ていた癖だから分かんなかったよ」

「その時点でもう重症じゃん」


 呆れ顔で見つめてくる弟。

 だけどしょうがないじゃないか。

 自然に出来ていたのだから。

 人が呼吸するのと同じように自然にしてしまうのだからしょーがないじゃーないか。


「しょーがないじゃーないかって思ってると思うけど後々に響くからね」

「うっせーなー、別にいいだろ一人の時にしか口に出さないんだし。 誰かと一緒にいる時は心の中でしてるんだから。………多分」

「それだと駄目だから言ってるんだよ。 一人でぶつぶつ喋ってるのを誰にも見られないと思ってるの? 無理でしょ? だから弟である僕が、兄が嘲笑や悪口の対象にならないように注意してあげてるんだよ」


 弟は俺を律するような口調で話す。

 そりゃあ確かにそんな所を見られた暁には余程の仲でもない限りは人間関係は崩れる。

 少なくとも今の弟のような温かい目で見られる事は間違い無いだろう。


 だが、気に食わない。

 弟にそんな事を言われたくはない。

 俺のプライドがそう叫んでいる。

 そっちがそう促すのならこっちも言えることがあるんだぞ。


「………ヒロト、お前もその食い方やめた方がいいぞ。 折角の美顔が台無しだ。 ほら、その犬みたいな食い方のせいで顔にもやしが付いてるw」

「………人のより自分の癖のを気をつけた方がいいよ。 いや、別に注意してくれる分にはいいけど有難いけどまずは自分のを治してから言ったほうが説得力あると思うな。 僕は」

「それならお前も言えねーな。 さっきまでのは聞かなかった事にしてやるからまずは"自分のを治してから"言おう、な?」

「…………………」


 静寂が食卓を包み込む。


 箸を置いて食事を中断する弟とは対照的に、俺は見本とばかりに食事をする際の作法を再現する。


 見惚れるほど綺麗には出来ないが、それでも最低限、犬と思われないくらいには動物とは違う、人らしい食べ方で残ったご飯を食す。


 水を飲み。喉を潤した俺は小生意気な弟に向けて皮肉たっぷりに言う。


「ご馳走様。 分かったか? これがモノを食べると言う事だ」

「ふふ……外へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……」


 売り言葉に買い言葉。

 俺の挑発に乗った弟は椅子から立ち上がり、親指で外を指す。

 俺もそれに従うように立ち上がろうとした時、耳を塞ぎたくなるような甲高い声が聞こえてきた。


「はっはっはっ!!! お前らはいつも元気がいいな!!!!」


 アンタはいつも元気が過ぎるよ。


「はあ……おはよう父さん」

「おう。 さっきまでの元気はどうしたタロウ」

「おはよう父ちゃん」

「おう。 ヒロトもそんな萎えた顔しないでもっと元気よく、さっきまでの怒りをぶつけるように声を張り上げろ」


 この喧しいまでのウザい声の主は、

「ヨウコウ=タ・ナーカ」

 俺の父親で、母の「シズミ=タ・ナーカ」と夫婦である。


「朝からそんな元気が出るのは父ちゃんくらいだよ……」

「そうか? そうか!」


 この知性のかけらもない会話をする父。

 そんなんでも学者として有名なのだから不思議なもんだ。

 どっちかって言うと兵士長とか、小隊長とかやっていた方が似合ってる。

 いや、兵士長や小隊長の方々に失礼か。


「あ、……そう言えば父さん、さっき母さんから聞いたけど何か紫色した劇物を飲んだって聞いたんだけど?」

「ん? ああ、あの件か。 大した事はない。 『異界』の研究がてら飲んだだけさ」

「飲んだだけって…」


 それで死にかけてる奴はどいつだよ……


 席を交換するように父は俺が座っていた椅子に座り、俺は食器を片付けるために台所へ食器を持って向かう。


 弟はいつの間にか座り直していて、さっきまでとは違い、ゆっくり丁寧に噛み締めてご飯を食べている。

 だが、慣れないせいで時々箸で運んでいた物を落としては指で拾い口に直接入れては歯痒い顔をしていた。

 

 食器を片付けた俺はそんな弟の様子を見て愉悦に浸る。


 んぅ〜〜面白い。

 出来ない事を必死こいてやっては苦悩してる人を、見 る の は 。

 HAHAHA。我ながら性格悪いな。


「じゃあ俺部屋に戻ってるから。 誰も来ないでね」

「お。 男の情事か? 安心しろ。 お父さんはそんな無粋な事はしないさ! イクらでもするとイイ」

「あのさぁ……やめてくれない? 普通に寝るだけなんだけど?」

「父ちゃん……食事中にそんなこと言わないで……食欲失せるから……」


 親指を立てて謎の応援をする父は見ていて苛立つものがある。

 そんな父の相手を弟に任せて俺は部屋に向かう。


 廊下を出てすぐ右側に位置する12段の階段を登り、その奥にある部屋へと入る。


 目に広がるのは見慣れた光景。

 床はゴミや埃で散らかっていて、空気はとてもじゃないが吸うのを躊躇われる。


 窓のカーテン越しから指す太陽光以外は照明がないこの部屋は、まさしく俺が寝やすいようにクリエイトした場所だ。

 なんと言っても俺は、どんなに綺麗な所でも1週間あれば汚くする事ができる。


 たびたび部屋に入っては勝手に掃除をする母さんからは浮浪者の部屋と呼ばれているが、部屋とは人の心情と人生を表していると俺は考えている。

 つまり、これは俺と言う生まれ落ちて約十数年を物語った所であり、これから先ここ以上に落ち着ける所はないと言う言い訳。

 正直言って片付けるのが面倒くさいだけだ。


「はあ……あと一年か……」


 この部屋で唯一綺麗にしてあるベッドへ俺はダイビングする。


 どんなに生活習慣が乱れてても寝床だけは綺麗にしておくと言う我ながら意味不明な心掛けの元に3日に一度、掃除をしている。

 そのベッドの上でこれから先の事を考えながら目を瞑る。


 【未来視】は、目を閉じる事によって行使できる。

 他にも色々な長所や短所があるのだが、今はこの封印の呪いが込められたゴーグルによって封じられている。

 だから目を閉じたって未来が観える訳でもないが、観えなくっても見えている物がある。


 それは瞼の裏でもあり、あともう一つ大事な物を思想する。

 一年後、俺はそんな大事な物の為に死に物狂いで運命に食らいつくんだなと思いながら眠りについた。

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