第6話  退屈の殺し方

 「とても有意義な時間をありがとうございました! ふふっ、インジェント王国では聞いたこともない退屈の殺し方ばかりで、ひとつかしこくなった気がするよ!」

 裏表の無さそうなニコニコ顔で上機嫌にステップを踏み、芝居しばいがかった仕草で両腕を広げ、ロゾールに抱擁ほうようを求める緑髪の男の馴れ馴れしさに、ロゾールはあからさまに眉根まゆねを寄せて身を引いた。

 竜巻のようにパッと踊り出て、その時の気分で場を掻き乱し、ひとりだけ満足そうに笑うこの男が、ロゾールはどうにも気に入らないらしい。

 "なんて配慮に欠ける、やかましい男なんだ"と言いたげにロゾールは鼻を鳴らしたが、緑髪の男にとって先ほどの冗談合戦も、暇つぶしがてらのスキンシップだったのだろう。

 男の言動から悪意や、相手をおとしめようとする意図が全く感じられないだけあって、純粋なる"好意"から来る近すぎる距離感を、ロゾールは率直そっちょくに指摘できずにいた。

 男の声は、男性にしては高いと自負するロゾールよりも更に高く、あまり長くない髪を後頭部の高い位置でひとつにわえているため、ただ背が高いだけの子供のようでますます厄介だ。

 

 「ははっ……。インジェント王国の海兵かいへいさんは、言葉遊びもお得意なようだ。流石さすが、"世界の警察"の異名を持つ貴方あなたがたは、余裕が違うな」

 ロゾールは、男のまとう特徴的なセーラーえりに銀糸でわれた、いかり刺繍ししゅうを目ざとく見つけて言った。大陸から少し離れた島国のインジェント王国は、遥か昔から特に海戦に強く、国民もその事を誇りに思っているらしい。

 その影響もあってか、インジェント王国の海軍正装は特に見栄え良くデザインされているとの噂だが、どうやらその話は本当だったようだ。


 「……それにしても、本当に良く似合っている。まるで、君の立ち姿を最も凛々りりしく見せる為に考え出されたみたいじゃないか」

 純白のきめ細かい厚手の生地に、色とりどりのリボンや所属を示すであろうワッペンが、丁寧にい込まれている。

 袖の飾りボタンひとつに至るまで、細かな掘り込みが施されているのが、遠目に見ただけでもすぐに分かった。

 男の軍服を飾る金属バッジや勲章くんしょうのメダルは数多く、ロゾールは「にでも、それなりの地位があったのか」と言いたげにゆるうなずく。

 カイムラルとほぼ同じ背丈のはずなのに、上着の中心部がキュッと引き締まったシルエットの印象操作で、実際よりもずっと背が高く見え、柔和なタレ目が印象深い中性的な顔立ちも、はつらつとした明るい声や表情も、勇敢ゆうかんで頼もしい理想の軍人像のようだった。

 (きっと、平和な時代の軍人なのだろう。戦争とはまるで無縁だと言いたげな面持ちだ)

 この男がどれほどの実力者だったかなんて、爪の先ほども知らないロゾールは、頭の中で彼の経歴けいれきを好き勝手に想像して楽しんでいた。

 「いやしかし、着替えに手間取りそうな服だ。誰かの手を借りたとしても、何時間も前から用意しないといけないのだろうね」

 牽制けんせいのつもりで言ったロゾールの言葉に、男は曖昧あいまいに言葉をにごすという、とてもらしくない振舞いを見せた。

 その様子に不思議がって目を丸くしたロゾールの背後から、これまでずっと無言で事のきを見守っていたカイムラルが、控えめに言葉をはさむ。

 「もしかして、それが招待状に書かれていた"ドレスコード"というものですか?」

 カイムラルの言葉に、縦に大きく首を振る男。

 ロゾールは、身に覚えの無い招待状の存在をふたりに尋ねた。


 ふたりの話を要約ようやくすれば、ロゾールを含めた彼らは、"運命ごっこ"とめいつ謎のゲームに巻き込まれているらしい。

 招待状には肝心なゲームの内容は全く書かれておらず、あたっては、指定のドレスコードをまとって食堂に集まるようにとうながす文面だったという。

 男の話によると、目覚めた時に着ていた服のままでは、やはりダイニングルームの扉は開かなかったそうだ。

 「わざわざ服装が指定されているだなんて、まさか舞踏会だなんてことはないだろう?」

 表情を引きらせたロゾールの表情をうかがいながら、カイムラルはぽつりと呟く。

 「とにかく、指示に従って食堂に向かってみない事には、ゲームの詳細も分からぬままでしょう」

 その言葉に、三人は無言で視線を交わし合う。真っ先に声をあげたのは、あの緑髪の男だった。

 「まずは、普通に言葉が通じるって分かって安心したよ! 僕、異国語の授業は苦手だったから、言語の壁があったらどうしようって思ったんだぁ……」

 その発言に、ロゾールとカイムラルはすぐさま互いに顔を見合わせた。

 どうやらこの男は、今までずっと母国の言葉を話していたようだ。それはふたりも同じで、普通ならば、そもそも成り立ちの違う二つの言語同士での意思疎通はできない。

 そうなれば、この世界ではどんな言葉も自動的に、それぞれが扱う言語に翻訳ほんやくされるのだろうか?いいや、むしの言語を、彼らが知らぬうちに使いこなしていたという方が、この不思議な現象に説明がつく。

 戦慄せんりつの走った空気をなごませるためなのか、男はパンッと手を打って悩みなんて無さそうな笑みを振りき、カイムラルの腕を引いて小部屋を出た。

 「明かりが落ちたままだと、なにかと移動にも不便でしょ? 僕はこのまま食堂へ向かうから、君はこのホールと階段の先の廊下をお願いね」

 そう言ってカイムラルの手に大量のマッチが入ったかごを握らせると、自分は灯りも持たずに闇の中へと身を溶かした。

 「あっ……あの!!」

 あっという間に遠ざかってゆく足音に向かって、カイムラルは声を張り上げる。

 ふと立ち止まった足音が、"どうしたの?"と言いたげに振り返ったのが分かった。

 「俺は、カイムラル・メイトです。貴方のお名前を、まだおうかがいしていなかったので」

 ご丁寧に名乗りを上げたカイムラルに、男のほがらかな声がこたえる。

 「僕はギルバート。ギルバート・ケイアス」

 広い空間に反響して聞こえるギルバートの声に、世界を揺さぶるようなココン・ルティの鐘の音が重なった。

 「僕のことはギルって呼んでね、カイムラルくん」

 彼は一足飛びでは届かぬほど遠くに佇んでいるはずなのに、蜂蜜のようにとろりと絡みつく甘い声音は、まるで耳元に唇を寄せてささやいているかのように暖かかった。


>>【招待者名簿 3/12】

ギルバート・ケイアス(1889~1927年)

享年:38歳

職業:軍人

身長:176㎝

駒名:クイーン(白)

役割:前衛ぜんえい

魔法:「ワンダーラスト」


・肉体的・精神的に苦痛を受ければ受ける程、身体能力が向上する。

・この魔法は術者の意思に関係なく発動され、"昏倒"により効果はリセットされる。

・代償は小さい。


 インジェント王国海軍の中で代々囁かれている、女装を得意としていた伝説の諜報ちょうほういん

 ある時、当時捕虜だった軍人を逃がし、突如失踪。長きにわたる逃亡の末、同国の特殊部隊「ミセリコルデ」によって粛清しゅくせいされた。

 最新の研究結果から、彼が逃がした捕虜とは、後の旧キルシュライ連邦の総統そうとうレゾン・ラントカルテだと予想する学者が多い。

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