第5話  魂の片割れ

 もしも、カイムラルが見た"夢"が、彼の最期の景色なのだとしたら……。

 次々とマッチをり、暗闇を切りひらいていくカイムラルの後ろ姿を横目に、ロゾールは堂々巡りの思考をクルクルとまわしてゆく。

 (これが、大切な人をのこして死についた者が、みな等しく抱えるとがなのだろうか)

 今更いまさらのことながら、自分の知らないカイムラルの姿があるということが、ロゾールにとってどうにも心地が悪いらしい。

 当然、ロゾールがこの世を去った後のことなどは知るよしもない。しかし、カイムラルが殺される原因を作ったのは、世間にうとまれていたロゾール自身であったのならば……?

 正直なところ、思い当たるふしが多すぎる。もういっそのこと、「貴方のおこないのせいで、俺は殺されたんだ」と、カイムラルに厳しく糾弾きゅうだんされた方が、ロゾールの心は幾分いくぶんか救われただろう。

 (しかし、なぜあのカイムラルが?彼を聖職者にと望んでいたのは、他でもない教会に仕える彼らだったはずなのに……)

 人並み以上に信仰にあつかったカイムラルは、ロゾールと特に関わりの深かったグラウ・エレット教会に立ち寄るたび、針仕事や力仕事の手伝いをよくこなしていた。

 物腰柔らかで、誰にでも分けへだてなく優しいカイムラルは、老齢ろうれいの聖職者たちから愛され、「貴方にもきっと、神の御呼びかけがありますよ」と常々つねづね言われていたらしい。

 そこでロゾールは、脳裏をよぎったひとつの悪い予感に、喉ぼとけを上下させて生唾を飲み込んだ。

 (エインに、何かあったのだろうか……)

 エインとは、血の繋がらないロゾールとふたつ違いの兄である。

 元々は、同じ師匠のもとで切磋せっさ琢磨たくまし合う関係性だったふたりは、互いに魂の繋がりを感じて人知れず兄弟のちぎりを交わした。

 やがて、野心溢れる大人に成長した彼らは、少年時代に誓い合った約束をその手で叶えるべく、着々と手筈てはずを整えていった。


 かの教会に仕え、その頂点に君臨くんりんして実権を握った兄は、戦後不況にあえぎ、流行はややまいや災害に苦しむ人々の心に、薄れかけた信仰心と教会の権威けんいきつけた。

 はかららずも忌み嫌われた弟は、兄のかかげる導きの光をより際立たせるため、"異端"の象徴しょうちょうとしてけがれた黒を身にまとい、生涯、影から兄を支え続けた。

 ふたりの企みは、おおむね成功した。少なくとも、ロゾールが帰らぬ人となる間際までは、確かにそうだった。

 (私達の作戦が、世間に露見ろけんした……? そうなれば、エインは失脚しっきゃく、もしくは処刑されただろう)

 だが、そこまでの考えを、ロゾールはかぶりを大きく振って否定した。

 (そんなことはありえない。結局のところ、この作戦には教会の誰もが加担していたのだから)

 だとすれば、カイムラルはなぜ教会に殺された?もっと言えば、エインはどうして、兄弟の罪をそそにえに、カイムラルを選んだのだろうか。

 (……逆か? 真実がおおやけになる前に、カイムラルの口を封じたか)

 だとすれば、カイムラルは一体、兄弟の秘密を知ってしまったというのだろう……?


 「…………カイムラル?」

 気がつけば、ロゾールは独りぽつんと、その場に取り残されていた。

 随分ずいぶんと熱心に考え事をしていたようで、足元には"物音がしたので、隣の部屋を見てきます"との走り書きの紙切れが落ちている。

 周囲を見回せば、いくつかある扉のうちひとつだけが、大きく開け放たれていた。

 点々と灯された蝋燭ろうそくの明かりを頼りに、薄暗い壁際かべぎわ沿って進む。

 カイムラルは何かを探しているのだろうか?明るい部屋の入口から伸びる長い人影が、モゾモゾと動いている。

 そして、その影が腰あたりから真っ二つに分かれ、四本の腕が絡み合い____?


 「カイムラルッ!!」

 引き絞るようなロゾールの悲鳴を遮って、鼻歌混じりの上機嫌な声が聞こえてきた。

 「あぁっ!僕はなんてラッキーなんだろう! 」

 慌てふためきながら小部屋に駆け込んだロゾールは、目の前の光景に、唖然あぜんとして立ち尽くしてしまう。

 部屋のすみに追い詰められたカイムラルは、ロゾールに背を向けて立つ緑髪の男の両腕の間に閉じ込められていた。

 緑髪の男は、逃がすまいと言いたげにカイムラルの両足の間を片膝で割り、今にも唇が触れてしまいそうな程に顔を近づけているではないか。

 「ねぇねぇねぇ! 君、お名前はなんていうのかな? とってもキレイな言葉づかいだね! 爪の先までお上品で、まるでおとぎ話に出てくる王子様みたいだ

! 金の髪ということは、もしかしてアルカ人? セカンダリースクールのクラスメイトには、君と同じような髪の子はいなかったなぁ。緑の瞳は、純血の特徴なんだよね? ねぇ、今年でいくつ? 僕より少し年下かな? 甘いものは好き? どこの国の人? 僕と、お友達になってくれないかなぁ!?」

 「失礼」

 ロゾールは居ても立ってもいられず、ポンと緑髪の男の肩を叩いた。

 "君の頭の中が、おとぎ話の間違いだろう?"

 危うく口から滑り出しそうになった皮肉を飲み込んで、男をカイムラルから引き剥がそうと、肩にかけた左手に力を込めた。

 マシンガントークに気圧けおされたのか、ポロポロと涙を零すカイムラルの視線につられて、眼球だけを動かした男の眼がロゾールをとらえる。

 爬虫類はちゅうるいのような縦に鋭く尖った妖しい緑色の瞳が、話に割って入ったロゾールをギョロリとめつけているようだった。

 その視線に本能的な恐怖を感じながらも、ロゾールは少し砕けた様子で肩をすくめながら続ける。

「ごきげんよう。悪いけれど、もうそろそろ私の弟子を開放してはくれないだろうか? 見ての通り、普段から控えめな子でね。あぁ……もしもそれが熱烈な口説くどき文句ならば、君の手には負えないだろう。まずは、天気の話から始める事をおすすめするよ」

 うっかり、口先だけの嫌味が漏れてしまったが、ロゾールはニッコリと笑みを深めるだけで、とりなす様子は微塵みじんも感じられない。

 振り返った男は、おっとりとした目尻を更に下げて、人懐っこい笑みでこう言った。

 「おっと、これは失礼しました! 半世紀前は、"お前たちは天気の話しかできないのか?"って、他の国の人に茶化されていたらしいんですけれど……。今度は、僕らが"お天気の話はもう飽き飽きですよ"と言う番ですね!」

 男は可愛い顔で、"半世紀たって、やっと僕らの社交辞令に気づいたんですか? でもそれ、もう時代遅れです"と皮肉っているのだろう。

 ロゾールの頭の中で、開戦の鐘が鳴り響く。これは口が達者な者同士、いい勝負になるかもしれない。

 そうして始まった笑えない冗談合戦は、険悪けんあくなふたりの雰囲気に耐えられなくなったカイムラルが声を上げて泣き出してしまったため、今回は引き分けという形で収束しゅうそくしたという。

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