第241話 伊勢沖の攻防

「かな様。う、海が!」


 武田海軍の駆逐艦欅は小型船3隻を連れて伊勢の偵察に来ていました。伊勢は織田方の滝川一益が治めています。かなは初めてでしたが、船員は以前、織田の食料や物資、兵を運んだ事もあり勝手知ったる道ではなく海のはずでした。ところが、


「えっ、これは何?」


 海が黒くなっています。何かが浮いているようです。かなは、


「やってくれたわね、クソ十兵衛。あいつあの時も性格悪そうだったのよ、嫌な奴!」


 かなは以前、徳と一緒に小谷城下に行った時に明智十兵衛と会っています。その時は敵になるとは思ってはいませんでしたが、かなの目には足利義昭の下で使えない重臣の振りをしていたように見えました。その事を徳に言うと、


「お屋形様も得体の知れない奴と言ってただわさ。かなの目は信用できるね」


「そうでしょうか?そういう風に見えただけなのですが」


「かなは戦向きなのかもしれないわよ。いーい、私の護衛だけじゃなく色々な事に挑戦してもらうからね。歌って踊れる女戦士よ!」


 徳の言っていることはわかりませんでしたが、その後、徳の護衛兼侍女として仕えるうちになぜか大砲を打つことになり今に至ります。体術も学びそこらの男には負けませんし、射撃や砲撃にも自信があります。




 かなは港に近づけない事がわかり迂回路を探しました。そのまま上陸はできません。つまり補給路が閉ざされたことになりますが少し離れれば可能ではないかと思ったのです。ところがなかなか黒い水が途切れません。結局志摩の方まで行かないと無理そうです。


 善左衛門は、


「海流ですか?」


「それだけではない気がします。はなでもいれば計算できるのでしょうけど。どうやら油を撒いたようです」


「どうされますか?」


「信豊様の命令は偵察です。駿河マークIIに合流しましょう」


 駆逐艦欅が戻ろうと反転すると遠くに船が見えました。見たことのない船で、油の中を進んできます。


「あれは敵?撃ってはダメよ。油が燃えるわ」


「全艦、砲撃は行わないこと。緩やかに離脱、あの船から離れろ!」


 武田の船にはスクリューが付いています。電動、ガソリン駆動、人力自転車駆動、ブースター用のゼンマイ駆動と船によって機構が違いますが、オールで漕ぐだけの船よりは速度がでます。


 敵の船は一隻に見えましたが大きな船の後ろに小舟が5隻隠れていました。その小舟が必死に漕いで武田海軍の進行方向に立ち塞がります。


「なんなの?足止め?」


 かなが考えている間に大きな船が近づいてきます。


「悩んでいる暇はないわね、なんかおかしいし。全速離脱、ゼンマイブースター使用して!」


 かなは前方の船を避けるように船を加速する指示を出しました。すると小舟が体当たりをするように突っ込んできます。ゼンマイブースターを使う前に衝突しました。


 5隻の小舟は武田海軍の船とぶつかり粉々になりました。敵の船員は泳ぎながら笑っています。なんなんだこちらと思っていると黒い水が浮いてきました。そしてぶつかったショックで武田の船はヨロヨロしているところに大型船が武田海軍の前方を塞ぎました。


「みんな、大丈夫?」


「はい。なんとか。かな様、敵の船が!撃ちますか」


「ダメ、燃えるわ。逃げるしかない、全船なんとか逃げて!」


 かなの指示で船は再度離脱しようとしています。敵の船の周りから黒い水が湧き出てきています。そしてそれはみるみる広がっていきます。


「かな様!」


「全船ブースターを!」


 敵の船の船員が甲板で叫んでいます。


「我は死すとも蘇る。死は一瞬、命は永遠なり!」


 そして海に火矢を打ち込みました。





 徳は戦艦駿河マークIIに乗ってゆっくりと伊勢湾に向かって進んでいます。この船には武田信豊、武田信平が乗っていますがなぜか徳が一番偉そうです。


「信豊殿。欅が遅い、偵察に行っただけでしょ。なんで戻ってこないのよ!」


「それを俺に言われても」


「欅は信豊殿にあげたのよ。だから信豊殿の管轄でしょ。大事なかなまで渡したんだから」


「かな殿は徳ちゃんに会いたがっていたよ。欅はもう戻って来る頃ですよ。焦らない焦らない」


 そう呑気に話していると物見から連絡が入りました。


「欅と思われる船がこちらに向かって来ています」


「やっときたわね。かなは元気かしら?」


「それが、船が減っているのです」


「???」


「戻ってきたのは欅だけです。他の船は見当たりません」


 徳は信豊をみました。信豊は欅を見ようと外へ出ます。それにつられて徳と信平も甲板に出ました。駆逐艦欅がこちらに向かって進んできます。ですが甲板に人が見えません。しかもまっすぐ進んでいるようでよく見ると蛇行しています。


「伊丹殿、子駿河を!」


 徳は艦長の伊丹康直に指示しました。母艦と呼ばれた船からモーターボートが出てきました。



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