第121話 謙信の願い

 甚内はニヤリと笑いました。


「我が殿は勝頼様を頼りにしておられるのです。上杉を継いだ以上は上杉の名を残したいと、それには次の世代でどうあるべきか、と」


 上杉謙信は元は長尾家の人間です。訳あって関東管領に上杉と縁を結んだ経緯があります。甚内は一息ついてまた話し始めます。


「先程、信玄様がお話しした通り、殿はまだ跡取りを明言しておりません。景虎に継がせれば上杉は北条の下になるでしょう。それはあり得ません。つまり跡取りは殿の中では既に決まっているのですが北条への遠慮があり明言できないのです。このまま殿がお亡くなりになれば家督争いが起きるでしょう。その時に頼りになるのが勝頼様」


「そういう事ですか。今、景勝殿に継がせる事にしたとしても謙信公の死後に、景虎と北条が組んで上杉攻めはあり得ますね。それに抑えの氏康公も亡くなってしまいました。真・三国同盟を結んでいる武田はどちらの味方もしにくい。今のうちに俺に恩を売っておこうという事ですか」


 どのみち上杉では家督争いが起こるのは避けられない。ならば勝頼と懇意にしておいた方がいいと考えたのです。中砲のような不思議な武器を持ち、ソーセージのような不思議な食べ物の知識もある底の見えない勝頼に、景勝を助けてほしいと言っています。謙信は自分が生きているうちに決着をつけようとは思っていないようです。次の世代に託すつもり?三雄の言っていた丸投げというやつでしょうか?


「それとこの甚内、信虎様とも因縁がありましてな。この歳でお味方する事になろうとは人生は面白いものです」


 それだけ言って消えて行きました。何をしに現れたのか?上杉跡取り話で言うことだけ言ってったのでそれが目的だったのでしょう。






 武田三代の三人はまだ話し込んでいます。信玄が信虎に思い出したように、


「それで父上。公方が愚かという話の途中ではなかったか?どう愚かなのだ?」


「おう、そうであったな。甚内が変な事を言うので忘れておった。公方は力の無い理想主義者だ。それなのに力を得ようと必死なのだ。力が無いのだから無いなりに工夫をすればいいのに、例えば織田や毛利をもっと上手に使いこなすとかな。だが公方は力が無い事を無力だと思い込んでいる。帝は力が無くとも皆が敬う。公方もそれでいいのだとわしは思う」


「わしは最初、上洛して公方を支えようと思っておった。勝頼と話していてそれでは上手くいかないと悟った。父上、武田幕府を作りたい。協力してくれんか?」


「武田幕府か。どのみち足利幕府はもう保たない。誰かが天下を引き継ぐならそれも良かろう。だが、わしはもう長くは無い。陰ながら見守るとするよ。この大名集結が終わればお暇をもらうつもりだ。最後に甲斐に住まわせてもらえぬか?どうだ、勝頼?」


「悪さはしないで下さいよ。もう爺様の事を知っている人も少なくなりました。勝沼のところはどうですか?」


 勝沼。信虎の弟、信友がいた家です。信友が亡くなった後、その子が跡を継ぎましたが上杉謙信へ通じた疑いでお家取り潰しになっています。実は、信玄はこっそりと小さい領地を与えて細々ながら家は続いていました。ただ勝沼とは表立って名乗ってはいません。


「ありがたい。十分だ、礼を言うぞ勝頼。いや、お屋形様。あの嫁にこの孫か、本当に長生きはするもんじゃな」


「!!!、爺様。今なんと仰いましたか?」


「しもうた!聞かなかった事に……………………、出来んわな。お市殿はうちにいるが責めないでやってくれんか。あれはあれで悩んでおるのだ。戦国の女は辛いな」


「…………………… 」


 そりゃ見つからんわけだ。信虎のところへは近づかないよう指示してたし。


「そうですか。お市がお世話に。そういえば以前爺様の事を話した事がありましたがお市の方から訪ねていったのですか?」


「そうだ。秀吉を探していたが見つからなくて途方にくれておった。お市殿の方から訪ねてこられたのでうちに置いた。そうそう、木下秀吉、あやつは曲者だ。明智十兵衛とは違う意味でな」


 信虎は信玄と勝頼に秀吉が織田家から追放された事を説明しました。どうやらそれに明智十兵衛が噛んでいることも。


「お市殿は運が良かった。秀吉がいなくなる前の京は警戒が厳重でな。しかも秀吉はずーっとお市殿を探していた。見つかって捕らえられても不思議はない」


「爺様。父上とそれがしはこれから二条御所へ参ります。実は信長からお市を連れてくるように言われています。信長に従うつもりはないのですが、結果的に信長の妹を娶ってしまいましたので一度説明は必要かと。大名会談がどうなるかはわかりませんが、後でお市を迎えにいきます。それまでよろしくお願いします」


「あいわかった。この大名集結。公方と信長、それに明智十兵衛がどう出てくるか。後で詳しく話を聞かせてくれ」




 3人は寺で別れて信玄と勝頼は二条御所へ、信虎は佐々木の家に戻りました。家来に向かって


「今帰った。すまんがお市殿を呼んでくれぬか?」


 座って一息ついて茶を飲んでいると、家来が手に手紙を持っています。お市が部屋にいなく、この手紙があったというのです。


『秀吉の居場所がわかりました。お世話になりました。お礼はいつか必ず。市』

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