第120話 武田三代
寺の中に入ると座っている老人がいます。武田信虎です。
「佐々木殿でいらっしゃいますか?勝頼です」
人目はないが念のために仮名で話しかけました。信虎は勝頼を見て、その横にいる信玄を見た。もう二度と会うこともないと思っていた息子と、初めて会う孫、自然と涙がこぼれた。
「涙脆くなられましたかな。お元気そうでなによりです、佐々木殿」
「おかげさまでな。なんとか生きてるよ。勝頼が立派で驚いた。義信の話を聞いた時にはどうなるかと思ったが、上手く今川も倒したしこれで武田も安泰だ、と言いたいところだが」
「佐々木殿。都の事でもお聞かせ願えれば」
勝頼はそう言って周囲を見た。チーム甲の紅が木の上で合図をしている。怪しいものはいないようだ。勝頼は信玄の顔を見てアイコンタクトしてから、
「爺様、初めてお目にかかります。勝頼です」
「父上。お久しゅうござる。まさか京で会うことになろうとは」
「わしも生きてお前たちに会える日がくるとは思っていなかった。長生きはしてみるもんだな。長生きといえば氏康が死んだそうだがわしもぼちぼちであろう。死ぬ前に会えてよかったぞ」
「爺様、そのような事を」
「父上。あの時はすまなかった。やむをえなかったのだ」
そうなのです。信玄は信虎を追い出して無理やり家督を継ぎました。それしか武田が生き残る方法がないと苦渋の決断をしたのです。あれから30年が過ぎました。
「何を今更。追い出された時は頭にきたが、その後の今川での待遇は重臣扱いであったし、そなたから十分な仕送りもあった。お陰で諸国漫遊もしたし、京へ何度も上洛できた。その縁で足利義輝様に見出され幕臣となったのだ。武田と名乗ると都合が悪いこともあるので佐々木と名乗ってはいるが不自由はないし、何より毎日が楽しいし面白い。勝頼、国を支えるのは大変であろう。しかもわしの時とは違い、数カ国の支配者だ。気苦労も多かろう。わしは気楽だぞ!」
信虎は武田家にわだかまりは無いようです。しかも元気です。今、信虎は78歳、足腰は多少曲がってはいますが杖があれば普通に歩けます。この時代では長生きしているほうになります。
「爺様が幕臣になられたのはそういうご縁だったのですね。あんなに上洛したがっていた父上より先に上洛されていたとは面白いものです」
「わしが初めての上洛だというのに、何でこうなった?」
信玄は悔しがっていますが信虎はそれが嬉しそうです。勝頼は本題に入りました。
「爺様、今回の大名集結についてはどうお考えですか?」
「いきなりきおったな。新しい公方様は焦っておられる。このままでは拉致があかないと踏み切ったのであろうが愚かなことよ」
それを聞いて信玄が
「父上。どう愚かだと思うのだ?」
「晴信よ、公方は足元が見えておらん。自分を支えてくれていると思っている者が実は敵に寝返ることもあるのだ。お前たちは知らないだろうが、穴山も小山田もかつては敵だった。昔は今川についてわしを攻めたのだぞ。今は味方でも明日はわからんのがこの戦国だ。今のあやつらは勝頼に心底惚れているようだから心配はないだろうが、人は変わる。わしのようにな、どうだ勝頼。わしが暴君に見えるか?」
「見えませぬ。もっと怖いお方だと思っておりました」
「それは晴信がわしを追い出すための口実だ。だがな晴信。わしはお前を恨んではおらん。わしが残っていたら今の武田の栄華はなかったであろう。まだ信濃を取れずにいたかも知れん。そうそう、年寄りは話が長くていかんな。公方の話だが、明智十兵衛という男がいる。こいつが織田に寝返った」
あの十兵衛が!やはり曲者だったようだ。
「爺様。それがしは明智十兵衛に会った事があります。何を考えているのかわからない不思議な男でした。知慮深いようで浅はかで、頭がいいのか悪いのかどっちにも取れるのです。ですが今の話を聞いてわかりました。野心があるのですね」
「ほう、勝頼はあやつにあっているのか。恐らくだが、あの男はいつかは織田からも離れるのではないかと思っておる。強いものに付き、最後は、だ」
「爺様は同じ幕臣ですから明智十兵衛をよくご存知なのでしょうけど、何で織田へ付いたと知られたのですか」
「わしにも情報網はあるのだ。最近はお前の後ろにいるその男も色々と教えてくれる」
「!!! 」
勝頼が慌てて後ろを見ると甚内が膝まづいていました。慌てて紅と桃が駆け寄ってきます。紅が同じように膝まづき、
「お屋形様、申し訳ありません。全く気付きませんでした。その人が甚内という人ですか?」
「そうだ。相変わらず人が悪いな甚内殿。この間は徳を助けてくれたようだな、礼を言わせてもらう」
「徳様は謙信様のご友人ですから、当然です」
信玄は黙っています。こいつがあの甚内か。以前山本勘助に聞いた事がある上杉の自慢の忍びの名前です。
勝頼は謙信が来ているのだからここにいても不思議ではないとは思いつつ、信虎の言葉が気になっていました。
「甚内殿。上杉の忍びがなぜ爺様に情報を流している?謙信殿に聞いたがお主の行動は自由にさせているそうだが、目的はなんだ?」
「上杉と武田は同盟を結んでおります」
「答えになっておらん。それにそれだけではあるまい?」
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