第64話 駿河へ

翌朝、半兵衛に戦の準備を任せて、勝頼は武藤喜兵衛、寅三とともに古府中へ向かいました。古府中に着くとすでに重臣達が集まっており勝頼が来るのを待ち構えていました。


 馬場美濃守信春、真田幸隆、穴山信君、小山田信茂、その他箕輪城攻めに参加していなかった武将達です。


「これは皆様お揃いで。お待たせしてしまいましたか?」


 勝頼が言うと馬場信春が、


「お屋形様より此度の作戦は伊那殿に従うよう命令がありました。今日到着すると連絡があったので集まっていた次第」


 真田幸隆は、


「馬場様は北条へ、穴山様は今川へ、そしてそれがしは徳川へ行って参りました。これは伊那殿の策という事でよろしいか?」


「いかにも。お屋形様にご相談申し上げた策でございます。皆様方はどこまでご存知か?」


 穴山信君が、


「ここにいる皆は各地から戻り次第、状況を報告しあっております。それゆえ想像はついておりますが、ここはあえて伊那殿の口からお聞かせ願いたい」


「わかり申した。それではご説明差し上げる。武藤喜兵衛も同席してよろしいか?」


 皆が真田幸隆を見ました。喜兵衛の父親という事で一応気にしたのでしょう。真田幸隆が頷いたので喜兵衛を呼びます。


「さて、まずはなぜそれがしが今川の娘を娶ったかですが、今川を油断させるためです。それと貿易により戦費を稼ぐためになります」


 今川を油断させ味方のふりをします。今川が得になるような貿易を吹っかけて金をむしり取ります。武田の懐はだいぶ寂しくなってきています。金山から出る金の質が下がっているのです。


「貿易には塩硝を使いました。今頃、今川氏真はそこから手に入れた火薬を使って三河奪回に動いている事でしょう。その隙をついて我らは富士川を下り、一気に駿府まで手に入れます。あわよくば大井川を越え遠江まで手に入れたいものです」


 黙っていた小山田信茂が疑問に思った事を聞いてきました。


「塩硝とな。それは武田にとっても貴重品ではないか。それを売ってしまっては我らの火薬が不足するのではないか?」


「小山田殿。一部の重臣の方にはご報告しておりましたが、実は武田家は塩硝を余所から購入してはおりませぬ」


「塩硝は商人から高い金を払って買っているのではないのですか?そういえばお屋形様に言えばすぐに廻して頂けるようになったが、もしや」


「はい。それがしが作っております。秘密にお願いいたします。他国に狙われると厄介ですので。火薬は十分にあるとお考えいただきたい。それに、売った塩硝は今川館に保管してありますので攻めたついでに奪ってしまえば良いのです」


『なんと! 』


 全員がハモりました。四郎勝頼はこういう男なのか?ここにいる武将達は穴山を除いて一緒に行動したことがありません。義信と違い頭のいい男だと噂には聞いていましたが、鬼です。鬼の発想です。無茶苦茶頭の切れる鬼です。勝頼は皆の驚く顔を無視して話を続けます。


「今川家の重臣達は概ね調略済みです。由比、蒲原、岡部、朝比奈、そして遠江の井伊は我らが行動を起こせば味方すると言ってきています。領地安堵が条件です。塩硝も彼らが上手くやってくれる手筈になっています。主な重臣が三河へ行っている間に頂いてしまいましょう」


 馬場信春は、


「北条とは富士川を境という話にしてあります。それでよろしいか?」


「はい。北条とは今は喧嘩したくありませんので、仕掛ける前に文を出す事にします」


 真田幸隆は、


「徳川は一向一揆をが収まり東三河で戦闘中です。もうじき制圧し遠江に出てこようとしています。口約束では大井川が境ですが、我らの方が早そうですな」


「その通りです。今川氏真が遠江から三河へ出ている間に取ってしまいましょう。曳馬までは取りたいですね」


 穴山信君は、


「徳川へも手紙を出しましょう。仁義は切っておかないと。それと出発はいつですかな?お屋形様を待ちますか?」


「お屋形様より、待つ必要はないと言われております。出発は二週間後、箕輪城攻めに加わってないものとそれがしが先鋒に、お屋形様、逍遙軒様が後から追いかけてくる事になります。お屋形様が追いつく頃には駿府まで行ってしまいましょう。小山田殿」


「なんでござる?」


「東海道に出たら蒲原殿と北条の抑えをお願いしたい。無いとは思いますが北条が富士川を越えてこないようお願い申します」


「わかり申した」


「それとここにはおりませんが秋山殿と跡部殿には天竜川から長篠を抜けて曳馬を目指してもらいます。武藤喜兵衛はそっちに行ってもらう、良いな」


「承知しました」


 息子の即座の返事に満足そうな真田幸隆でした。


 時は永禄8年、三雄から聞いた歴史より時が早く進んでいます。本当なら武田の駿河攻めは永禄12年、勝頼は東海道へ出る事を急いだのです。信玄を上洛させるために。


 穴山信君が気になっていた事を聞いてきました。


「伊那殿。見事な策です。ですが奥方は大丈夫なのですか?」


「ああ、彩ですか。あれは於津禰様とは違って今川をなんとも思っていませんので。ご心配はご無用です。それよりも気になるのは寿桂尼なのですが」


 寿桂尼が生きていると色々とうるさそうなのです。味方すると言った重臣も寿桂尼には頭が上がらない者もいます。その寿桂尼ですが、病に倒れていました。於津禰の事件で心臓が止まりそうになり、気力を振り絞ってその後の彩の縁談を成功させました。ホッとしたのでしょう。気の緩みから風邪を拗らし寝たきりとなっています。そして勝頼達が古府中を出た朝、寿桂尼は息を引き取りました。

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