第54話 方針

 各武将の思惑はともかく、勝頼は念願??の初夜を終えまだ宴会で賑やかなエリアを避けて館の裏側にある料理人達の休憩所に座っています。三雄から聞いた策は数種類あり、どれを選ぶかは任せると言われています。その中に今川を滅ぼし駿河を取った後、


 ・徳川と組んで織田を攻める


 ・上杉と組んで北条を攻める


 というのがありました。どちらも三雄の知る歴史になかった事です。父上が上洛を目指していると説明した時、


『織田は数年のうちに足利将軍を立てて上洛する。その時に信玄はものすごく悔しがり駿河攻めを始めるんだ。そっちの歴史はこっちより数年早く進んでいる。駿河攻めを急げ、その後はまた考える』


 と言っていました。父上が京を目指すには徳川と織田が邪魔です。属国のように振舞っているのは今だけというのは勝頼にもわかっています。駿河攻めを急ぎたいのは山々ですが準備があります。


 現状は上杉と北条が関東の勢力圏を取り合っています。武田が関東へ出ているのは北条の援護ですが、実際は城をいくつか取り始めており少しずつ領地が増えています。これは北条から見ると面白くなくなにかが起きそうです。この後、勝頼が関東へ出陣するのも領地を拡げるのが裏の目的です。

 三雄の言うように駿河へ出たいのですがそうすると北条と上杉に隙を突かれてしまいます。上杉の余裕をなくし北条のご機嫌を取りつつ駿河を攻める事になりますが父上は一向一揆を利用するようです。


 織田信長は尾張内で身内間のいざこざを解決し、美濃の制圧を急いでいます。三雄の話ではここからの速度が尋常ではないそうです。勝頼は京、堺にも草を住まわせ情報を得ていますが信長の名前は結構な頻度で聞こえてくるそうです。


 徳川家康は一向一揆が始まり、しかも今まで身内だった者達が敵に回ったようで大混乱になりそうとか。これが落ち着くまではなにもできそうにありません。今川にとっては大チャンスですが、氏真は三河を攻める様子がなくよくわかりません。


「他所の武将の動きを予想して先に動く、これは難しい。だがやらねばならん」


「髄分と大きい独り言だな。彩はどうしたのだ?」


「!!!、父上、どうされたのですか?」


 突然信玄が赤い顔をして現れ勝頼はひっくり返りました。


「彩は寝ております。随分と疲れたようで」


「いたす事はいたしたのだな。ならばよし。で、何をしておる?」


「これからの事を思案しておりました。関東へ行くより駿河へ早く出る方法はないかと」


「わしの病も完治した。これで怖いものはない。駿河もそうだがわしは上杉の事を考えていた。輝虎め、なにを考えているのやら。今回祝いの品を運んできたのは忍びだ。こちらも警戒しているので館内へは入っていないだろうがどうも輝虎は勝頼を調べたいようだ。例の川中島の事を忘れてはいないだろうからな」


「あの時、目があったような気がして寒気を感じた事を覚えております。流石にあそこにそれがしがいたとはわかってはいないでしょうが。父上、上杉と手を組むというのは?」


「無くはないがそれにはお互いに利がなくてはならない。難しいだろうな」


「北条の領地を分け合うとかなら」


「小田原城は落とせない。あれは籠城されたら手も足もでんよ。攻めている間にこちらが消耗してしまう。それがなければとっくに攻めている」


 そうだよな。もっと色々調べないと方向を間違えてしまう。


「三河の一向一揆ですが、あれも父上の策略ですか?」


「あれは違う。きっかけは全く関係ないわけではないがな。物事は巡り巡って大きくなる事もあるのだ」


 なんだそりゃ。なんかしたのね。それを聞いて閃いた。


「父上、こんな策はどうでしょう」


 しばらくヒソヒソ話が続きます。






「勝頼。まずはそなたの初陣を済ませてからだ。期待しているぞ」


「はい。ご期待に答えるよう努めます。それで、先程の策とも関係あるのですが、今川へ塩硝を売りませんか?金山を手に入れるまでのつなぎですが」


 敵に塩を送るではなく、塩硝を売りつける。そして得た金で戦争を仕掛け売った塩硝は回収する。


「という作戦です。駿河攻めの際、すでに調略した者達を使って上手いことやりますので」


「任せる。嫁の伝手を使うのか?」


「違います。今日、朝比奈が来ているので氏真へ伝えさせます。まさか攻める国に火薬の原料を売るとは思わないでしょうから。油断させる狙いもあります」


「これも例の半兵衛とやらの策か?」


「これはそれがしの案です」


「それで今川と組んでわしに牙を剥く気ではあるまいな」


「それはありません。なんて事を言うのですか全く。父上を京へお連れするのがそれがしの役割です」


 信玄は勝頼の頭脳に感心しつつ、たまに意見を言い合うのも良いなと思いました。普段こういう会話は山県昌景としてきましたが勝頼の意見は斬新で違った側面から物事を考えさせてくれます。


 勝頼は冗談とはいえ信玄の言葉に動揺しています。今川と組んで信玄を、あり得ない事ですがそこまで考えなければならない当主の悲しさを身に感じたのです。


「わしは宴席に戻る。お前はここから出陣するのか?」


「はい。父上は棒道をいかれますか?」


 棒道とは、川中島へすぐに駆けつけられるように信玄が作った戦道です。小渕沢から山を越えて佐久方面へ抜けられます。


「そのつもりだ」


「承知しました。あまり飲み過ぎませぬよう」


「わかっておる。お前こそ部屋に戻れ、嫁が慌てているかもしれんぞ」


 勝頼は信玄と別れ部屋に戻りました。彩は肌も露わに爆睡していました。

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