第8話 里美登場

 湖衣姫の死後、四郎は部屋に引きこもっていました。あらかじめ死ぬとかわかっていても現実になると精神的なダメージは大きい物です。軍師とは月に1回、諏訪大社で待ち合わせをしていましたが今回はすっぽかしてしまいました。申し訳ないとは思いましたが身体がいうことをききません。メンタルのダメージがこれ程とは、子供なのでわかってはいませんがこれもいい経験になることでしょう。軍師とはお互いの時間が合わない時もある事は事前に話をしていて、待ち合わせが叶わない時は翌月、翌々月と決めていましたので大丈夫でしょう。


 その軍師の方ですが、四郎を元気づけようとポータブルDVDに魔女っ子物アニメを用意して待ってましたが空振りでした。母親を亡くした子供を慰めるのに魔女っ子アニメという選択は如何なものかとは思いますがそれはさておき、諏訪の館に客人が現れました。


「四郎殿、四郎殿は何処に?」


 やってきたのは里美です。里美は武田晴信の3番目の奥様で、嫁ぐ前は女性ながら騎馬武者として活躍していました。晴信は小笠原、今川と競い合って嫁にしたのです。恋文をたくさん書いて気を引いたとか引かないとか。里美は子に恵まれず、四郎を可愛がっていました。


「ここにいたのですか、四郎殿。ああ、臭い、部屋に何か悪しきものが漂っているようです」


 勝手に襖を開けて入ってきたと思えば部屋のフル開放を始める。


「これは里美様。本日は何か御用でしたか?」


「何かではありません。諏訪の家の者から便りを貰いました。四郎殿が腑抜けているので鍛えるようにと」


「里美様へでございますか?誰がそのような文を、成敗して……」


「だまらっしゃい!!!!四郎殿は愛しきお屋形様、武田晴信の子、将来武田家をご親戚集として支えていくべきお方。それが何ですか?この体たらくは?すぐに着替えて表に出なさい」


「…………」


「グズグズしない!」


 鬼だ、悪魔だ、ちくしょう誰だ、そんな手紙書いたのは?仕方がなく着替えて表に出ると木刀を持った里美がいました。


「古府中では四郎様がなにやら不思議な遊具を作って身体を鍛えているとの噂でした。どんなものか私が見極めて差し上げましょう」


「はあ、何で里美様がそこまで」


「あなたの母上に頼まれたのです。湖衣姫様亡き後の四郎様の事を。これからは私を母と思いなさい、今度の母は乱暴者ゆえ覚悟なさい!」


 母上がそんな事を。嬉しいようななんか違うような気がしました。ですが、今は母の愛に、温もりに飢えています。四郎はませているとはいえまだ9歳、里美に甘えようと思いました。


「イタ、痛いです里美様。ギャ、だから痛いって」


「そんな動きで敵が倒せますか?それが四郎様の実力ですか?情けない」


 遠慮なく木刀が打ち込まれます。腕に足に、甘えようと思ったのは間違いでした。翌日もその翌日も里美は諏訪にいてすっかり居着いています。


「里美様。いつまでいらっしゃるのですか?」


「お屋形様の許可は取っておりますのでしばらくはご厄介になりますよ」


「それならばご案内したいところがございます」


「???」


 四郎は里美を工場へ連れて行きました。


「こ、ここは一体?」


「私の工場です。ご案内します。隆重!、里美様。この者は諏訪の一族で隆重と申す者。ここの長に任命しております。役職は工場長と言います」


「お初にお目にかかります。諏訪隆重にございます」


「隆重殿。ここは、いえ工場と言いましたね。何かを作っているのですか?」


「申し上げます。ここでは四郎様のご指示により様々な物を作成しております。主力は水車ですが、まだ形になっていない物も多くございます。四郎様のお言葉をお借りいたしますと新製品という物でございます」


「それはどういう物なのですか?それに水車ですか。諏訪では蕎麦が急に取れるようになったと聞きましたが、そうですか。四郎殿が噛んでいたのですね」


「里美様。四郎が噛んではいけませぬか?」


「いえ、そうではありません。湖衣姫様から四郎殿がたまに変な事を言うと聞かされておりました。空を飛ぶ鉄の乗り物とか衣装が突然変わると強さが増す服とか。私はそれを聞いた時に、四郎殿は天に選ばれしお方かもしれないと考えたのです。私が読んだ書物によりますとこの世には知恵者という存在が稀に現れます。突拍子もない考え方で戦を勝利に導くのです。四郎殿はきっと………」


「里美様。四郎は夢で不思議な物を見ました。その事を母に話しましたのでそれが里美様へ伝わったのですね。その夢で見た物を実現すべく父上にお願いしてこの工場を作ったのです。まだ未完成ですが、戦で使えるであろう武器も開発中です。父上が上洛し天下に名を上げるために微力を尽くして参ります。里美様をここへご案内したのは父上に見たままをお伝えしていただきたいのです」


 四郎は隆重に工場を案内させた。水車の製造場所だけでなく、ここで開発検討されている全てを。里美は翌日古府中へ戻っていった。しかも猛ダッシュで。


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