第7話 母上
諏訪四郎勝頼は8歳になりました。毎日アスレチックで汗を流し身体を鍛えています。また、たまに遊びにくる父上こと武田晴信、信玄さんにお願いして諏訪の山中に作業場を作ってもらいました。広さは中学校の体育館くらいあります。屋根付きで中には沢山の小部屋があり、職人さんが色々な物を作っています。
そこには、母上にお願いして四郎に付けていただいたあちこちから集めた人材が忙しく働いておりました。
軍師は言いました。戦には金がいると。そしてこれから起きる出来事について教えてくれました。このまま行くと武田家は滅びると。
軍師は言いました。天下人を目指しますか?それともただ生き延びる道を選びますか?と。どちらを選んでも四郎が長生きできるように協力すると言ってくれました。
軍師は言いました。来年母親が死ぬと。医者に見せても治せない病だから今のうちに親孝行しておけと。
四郎は軍師の言う事を完全には信用していませんでした。軍師は四郎に命令はしません。助言はするが決めるのは四郎だといいます。そして母親が病気になりました。労咳という病で薬はなく精をつけて静養するしかないそうです。
「軍師の言う通りになった。私はどうしたらいいのだ。未来とかいうところにいる子孫と名乗る軍師を信じて進むべきなのであろうか?」
まだ8歳の子供です。ただ、幼少期に毒殺されそうになったり、諏訪家の微妙な位置づけによる周辺豪族とのやり取りを経験するうちに大人びた考えをするようになっていました。相談する相手もなく工場へ行くと、そこには一生懸命に働く部下達の姿がありました。
この工場では色々な物を作っていますが、その中の1つが水車です。日本では水車は古くから利用されており田んぼに水を流したりしていました。ただ、この諏訪には水車がありませんでした。四郎は水車の存在を軍師から教えてもらい有効活用を始めているのです。ここで作っている水車は田んぼに水を流すだけではありません。信濃は蕎麦が取れます。蕎麦粉を作るのは人力でしたが粉にするのは大変な作業で数がこなせませんでした。四郎はそこに目をつけました。粉挽きに水車を利用したのです。これにより効率よく蕎麦が作れるようになり、その蕎麦を古府中に売りつけました。信濃、甲斐はあまり土地が良くなく米がさほど取れません。食生活が豊かではないという事は、長い目で見てもあまりいいことではありません。
軍師によると蕎麦には栄養があり他国との貿易にも使えるとの事でした。四郎は蕎麦を売ってお金を貯めているのです。軍師はそのお金を使って色々と作りたい物があるようです。
母上の事が事実となり軍師を信じる事にしました。
また、四郎は天下を取るという意味を理解しようとしていました。天下人になるか、死なないようにうまく生き延びるか、と言われれば四郎も武田晴信の子です。前者の方に魅力を感じるのは当然の事です。父が来た時に聞いてみる事にしました。
「父上。ようこそお越しいただきました。四郎は8歳になりました」
「母から聞いておる。よく学びよく遊んでいるそうだな。それと蕎麦だがありがたくいただいておるぞ。あれだけの量をよく用意したものだ」
「まだまだ作れますが、肝心の蕎麦の実が足りませぬ。もっと土地があれば良いのですが」
「そうか。ならば高遠をそちにやろう」
「高遠でございますか?承知致しました」
「すぐではないぞ。元服した後じゃ。だが、蕎麦は作って良い。本当は米がいいのだが」
「米でございますか?」
「米の飯は力が出る。越後の連中は米を食っておる。勘助に調べさせてはいるのだがらちがあかん」
米かあ。そういえば軍師が川中島とかいってたな。上杉軍は米を食べているから強い?
「ところで父上。天下人とは何ですか?」
「この日ノ本を治める者のことだ。今は足利将軍が帝に変わって治めてはいるが、戦がなくならん。わしはもっと領地を広げねばならん。そして目指すは、」
「目指すのは?」
「上洛だ。帝にお目にかかり帝をお助けするのだ。そして天下を我に持ってくる。天下は待っていてもこない、自ら勝ち取るものぞ」
四郎は軍師から父が結局上洛できなかったと聞いていました。父上を上洛させる事が武田家が天下を取る事につながるような気がしてします。父上は母上を見舞って帰っていきました。母上は労咳が感染るのを気にして合わないように言いましたが、晴信が聞く耳を持たないで会おうとするので起き上がってお化粧をしたそうです。最後に見せる顔になります。やつれた顔を見せたくなかったのでしょう。女心ですね。そして1ヶ月後、湖衣姫はお亡くなりになりました。
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